ノンフィクション書評サイトHONZ(2011−2024)のアーカイブ
「お腹すいたなあ……」 ラーメン店の長い列に並ぶ人たちをぼんやりと眺めながら、つぶやいた。2024年2月、小豆島にあるヤマロク醤油で行われた木桶サミットの会場で、私は本を売る店番をしていた。視線を机に並べた本に落としたその時、すっと横から、真っ白なおにぎりが2つ入った容器が私に差し出された。びっくりして顔を上げると、隣に出店していたお兄さんがにっこりと笑って、元気よく「どうぞ!」。 これが、滋賀県北部、ちょうど琵琶湖の北の端あたりの西浅井を拠点に地域おこしをしているグルー
天正10年(1582年)、甲斐の名門戦国大名・武田家が織田信長の軍に攻められ、今まさに滅亡しようとしていた。追い詰められた武田勝頼に、律義にも暇乞いに来た足軽大将がいた。 その足軽大将・小幡豊後守の腹部は膨れ上がっていた。「水腫脹満」とは古くから農民を中心に甲府盆地の人々を悩ませてきた、太鼓腹になってやせ細り、やがて死に至る病であった。 しかし次第に、これに似た病が日本全国に点々と存在することが明らかになってくる。本書はこの奇病を克服しようと原因にせまり、その原因を断つべ
みぞれまじりの空の下、車窓から鉛色の海が見えた。いかにもリアス式海岸らしい入江になっていて、風があるのか波が高い。「この先、津波浸水区域」と書かれた道路標識を、私たちを乗せたバスは通り過ぎて行く。あれから13年。 「広田湾だ! 高田だー!!」山側の座席にいたはずの竹内さんが、海側の席に移ってきて、はしゃいでいる。彼女は何度も通った道だが、私が陸前高田を訪れるのは初めてだ。きっかけは、1冊の本だった。2016年11月に刊行された『奇跡の醤(ひしお)』。 陸前高田に200年続
「え? なに、この本屋さん、もしかして……なんか、すっごくおもしろくない!?」 スーパーの広告にアイスの特売が告知されていた。それだけの理由で降り立った、京王井の頭線浜田山駅。ふと見ると、駅前に本屋さんがある。吸い寄せられるように店内へ。一見、ふつうの本屋さん。でも棚を眺めているうちに、冒頭のような興奮がわき上がってきたのです。 90年代半ばくらいまでは、駅前や商店街には必ずといっていいほど、個人経営の「町の本屋さん」がありました。すっかり数を減らしてしまった町の本屋さん
突然ですが、浦賀駅に向かっています。車中のお供はこちらの本です。 浦賀といえば、江戸末期に黒船がやってきたことで有名ですが、訪れるのは初めてです。うんちの本がまだ途中ですが、浦賀駅につきました。 朝の弱さが尋常ではない私がなぜ早起きをして午前9時前に浦賀にいるのかというと、潮が引くのが10時頃だからです。 じつはこの日、私はかねてより考えていたことを実行に移しました。それは、「本と実体験をつなげてみよう」という実験です。私は本をつくることを生業にしていて、なかでも
2018年8月、瀬戸内海に浮かぶ山口県の島で、2歳の男の子が行方不明になった。警察や消防が150人体制で3日間探しても見つからなかったその男の子を、大分県から駆けつけたボランティア男性が捜索開始からわずか20分で無事見つけ出したニュースを覚えておられる方も多いだろう。「スーパーボランティア」と呼ばれたその男性こそが、尾畠春夫さんである。 5万5千円の年金暮らし、災害があれば全国へボランティアに飛んで行く。そんな生き方が大きな話題となり、尾畠さんは一躍「時の人」になった。その
「ああ、ついに起きてしまった……」 そのニュースを知ったとき、思わずそうつぶやいた。今年6月、札幌市街地にヒグマが出没し、4人の方が襲われて負傷した。 数年前から札幌市街地でのヒグマの目撃情報は寄せられていたが、今年は異例と思えるほどヒグマによる人身事故が北海道各地で報じられ、複数の犠牲者も出している。 しかし、なぜヒグマは市街地に出没するようになったのか? 一般的には「山に食べ物がないから」「ヒグマの数が増えているから」などと言われるが、これは本当なのだろうか?
自信を持って断言する。恋愛コラム本なんて、私は買わない。たとえ176頁税別1300円の本が150円で売られていても、買わない。ただし、著者がメレ山メレ子さんならば話は別だ。 メレ山さんは、昆虫大学の学長である。「昆虫大学」が何か気になる方は、検索して調べてみてほしい。そして「虫? そんなのマニアの世界の話でしょ」と思ったみなさん。昆虫は地球の陸上生物では、圧倒的マジョリティー。個体数でいえば、われわれ人間の方がずっとマイノリティーなのだ。軽くみてはいけない。 それはともか
「全米が泣いた!」――ひと昔前のハリウッド映画の陳腐な宣伝のようだが、本書はアレックスの死によってまさに「全米が泣いた」場面から始まる。ニューヨーク・タイムズ紙をはじめ、さまざまなメディアが彼の訃報を伝え、著者のもとには多くの悲しみの声や励ましの言葉が寄せられた。 本書は、科学者の著者と、彼女の30年来の研究パートナーであるアレックスとの回想録である。……と言っても、アレックスは人間ではない。彼は、ヨウムという鳥だ。 ヨウム(洋鵡)をご存知だろうか? もとはアフリカに生息
2003年1月、ワシントンD.C.――スミソニアン国立動物園のほの暗い展示室で、薄桃色の毛のない小動物がうごめいている。「何かの赤ちゃんかな?」展示ケースに近寄った私は、思わず息をのんだ。 な、な、なに?? この動物、なに??? それが、ハダカデバネズミと私との衝撃的な出会いだった。ハダカデバネズミ、漢字で書くと、裸・出歯・鼠。名は体を表す。裸で、出っ歯の、鼠である。 動物好きではなくとも、名前くらいは聞いたことがある方も多いかもしれない。今やハダカデバネズミ(以下、
「とりあえず加藤さんに会うことかな」 右肩下がりの出版業界。同業他社の友人たちと話していても、明るい話題は聞こえてこない。器用でもなければ体力もない自分が仕事の質を落とさずにこの業界でやっていくのは、もう無理なんじゃないか……と落ち込んでいたとき、HONZの成毛代表がかけてくれた言葉が、上記のものだった。 加藤さん――加藤晴之さんは、講談社で数々の話題作を世に送り出した敏腕編集者。週刊誌編集長時代には、自宅に銃弾を送りつけられたという逸話もある。現在は個人事務所を構えて変
はーい、こんにちは。好評だった箱根本箱に続く、2回目のブラHONZは、本の街・神保町です! 神保町といえば、世界最大の古書街で、たくさんの出版社が集まる、まさに本好きの聖地。第1回の箱根本箱に続き、私・塩田春香と足立真穂が、神保町散策&マンガアートホテル宿泊をレポートします! ――というわけで、やってきました、神保町(私、会社が神保町にあるので、 わざわざ「やってきた」わけではないのですが……)。 足立とは宿泊するマンガアートホテルで落ち合う予定。それまで一人でぶらぶら
動物が人間を襲った事例でよく知られているのは、大正4(1915)年に北海道三毛別で起きたヒグマ襲撃事件だろう。これは8人が犠牲になった悲劇として語り継がれるが、それとほぼ同じ頃、ネパールとインドの国境地帯で人々を恐怖に陥れていた動物がいた。それが、チャンパーワットの人喰い虎――436人を殺害したとされる雌のベンガルトラである。 本書はそのベンガルトラの足跡を追い、ジム・コーベットという伝説のハンターとの対決を描いた記録である。また、トラが人喰いへと追いやられていった背景を
仏教誕生の地、インド。だが、みなさんはご存知だろうか? インドでは一時、仏教が存続の危機にあったことを。その激減した仏教徒を1億5000万人にまで増やす偉業を成し遂げた最高指導者が、日本人であることを。「仏教徒を増やす」ことは、ほかならぬ貧困や差別との闘い、「不可触民」と呼ばれる人たちを救うためであった、ということを。 本書で描かれるのは、今もそのインド仏教の頂点に立つ、佐々井秀嶺(しゅうれい)氏の生き様である。 1935年に岡山県で生まれ、32歳でインドに渡った。自殺未
八甲田山雪中行軍遭難事故――日露戦争を前にした訓練で、厳冬期の青森県八甲田山麓に入った陸軍歩兵第五連隊が遭難。199人もの死者を出した、世界最大級の山岳遭難事故である。この事故が100年以上経つ現在も広く知られているのは、新田次郎の小説『八甲田山死の彷徨』によるところが大きい。 だが、それはあくまで「小説」であって、史実ばかりではない。実際の雪中行軍は、どのように行われ、なぜ遭難したのか? その実態を追及したのが、青森の自衛官であった著者の前著『八甲田山消された真実』である
秋晴れの澄んだ青空に映えて、赤や黄色に色づいた木々の葉がまぶしい。小高い丘を登りきり、小さな盆地を見下ろす高台に建つ飾り気のないコンクリートの建物――それが、無言館だった。 先月、長野県上田市を訪れた私は、せっかく来たのだからと、ガイドブックに載っていたこの小さな美術館まで足をのばした。その受付で販売されていたのが、1992年に単行本として刊行され、今年になって文庫化された本書である。 表紙をかざる、浴衣姿の少女の絵。第2次大戦中に出征先の満州で戦病死した画学生・太田章氏