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『権力と反面教師』 1000字小説

 「うるさいなあ、もう」
独り言のように呟いたその言葉は、
ぼくが思ったよりも大きかったようだ。
その証拠に手元のノートから目を離し頭を上げると、
みんなの顔がぼくの方を見ていた。
担任の代理で自習時間に来ていた先生が
怒りに震えた声でこう言った。
「今言ったことを、もう一度言ってみなさい。」
教室中の視線がぼくに集中し、期待と緊張感に包まれる。
誰も自習中のノートのページをめくろうともせず、
ただぼくたちの行く末を見守っている。
「…うるさいなあ、もうです。」
ぼくは仕方なく答えた。
それと共に代理教師の怒りは沸点に達した。
「うるさいとはなんですか、私はあなたたちの先生の代理で来ているため、あなたたちに静かに自習させる必要があります。あなたたちのためを思って言っているにも関わらず、私に向かってうるさいとは何事です。担任の先生に報告しますからね。いいですね。みんなも自習の続きをしなさい。まったく、教師に何という口答えを…」
担任の代理で来た女教師は、ぼくたち小学5年生を相手に
ヒステリックな話し方で怒りを撒き散らした。

 大人は、ぼくたちの意見なんて聞かない。
なぜ、ぼくがその言葉を発することになったのか、その過程はどうでもいいのだろうか。その過程にこそ意味があると思う。因果関係が成り立たない。ぼくは小学校5年生の冬に、理不尽なこの社会に愛想を尽かした。
ぼくが、「うるさいなあ、もう」と言った理由は、
自習時間に漢字ドリルの書き取りを
みんなが一生懸命している間中、
担任代理がぺちゃくちゃ話しながら、
教室中を闊歩していたからだ。
自習時間に静かに勉強したいがために、出てしまった心の声
その思いは、勉強意欲は、
それほどまでに相手を激怒させ、担任の先生に報告され、
さらにみんなの前で叱られるようなことなのだろうか。
後日ホームルームで立たされて
担任の先生による事実確認が行われた。
確かに言い方は失礼だったかもしれないが、
ぼくは静かに勉強がしたかっただけだ。

大人は「あなたたちのため」といい、
ぼくたちを型にはめようとし、ルールで縛ろうとする。
ぼくたちは何も分かっていないわけではない。
「あなたのためを思って」この言葉はぼくたちではなく、
発する者のための言葉であることをぼくたちは知っている。
教師と生徒としての立場を利用して、
無防備な生徒に怒りを盾にし攻撃してくる教師たち。
そんな大人たちを見て思うことはひとつ、
ぼくたちはこうならない。


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