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ひらかれる介護とその周辺。『かいごマガジン そこここ』


『かいごマガジン そこここ 2号』。平山昌尚さんによるカバー絵が目をひく。

私にとっての介護とは、身近なはずなのにどこか遠く、想像ができないぶん暗く、重かった。実際のところはどうなのだろう。介護にまつわるいろいろは、ごく自然に、日常のそこここに存在している。

3年前に亡くなった祖母について。私が実家に帰るのは年に2回ほどで、祖母の介護には全く関わっていなかった。それどころか、母との電話で祖母の介護の愚痴になると耳を塞いでしまったりしていたから、せめてもっとちゃんと聞いてあげられたらよかったなと思う。祖母にも母にも申し訳ないことをした。体調が悪化して半年も経たないうちに、祖母は逝ってしまった。

固形物がほぼ食べられなくなっていても「千疋屋のゼリーだけは食べられる」というので、ときどき実家に送ったり、入院先の病院にお見舞いに行くときに持参したりしていた。どんなに具合が悪くても食欲だけは落ちない私は、完全に祖母の血を引いている気がする。祖母は私の前ではよく食べていた。優しい祖母のことだから、もしかするとがんばって食べてくれていたのかもしれない。

祖母が亡くなった翌年には愛犬のシェルティーが、昨年秋にはダックスフントが星になった。犬たちとは私が中学生の頃に我が家にやってきて以来ずっと一緒に暮らしてきたし、実家を離れても帰ったときに会えるのがいつも楽しみだった。
老いのせいもあるが、2匹の身体にはそれぞれに悪いところがあり、最期が近づくにつれ目に見えて弱っていった。それなのに、私が実家に帰ると気配を感じ取り、なんとか頭を持ち上げて白くなった眼をこちらに向けるのだった。
今となっては、むしろケアされていたのはこちらのほうではないか、とさえ思う。家族に対して私は何もしてあげられなかったけれど、素直に「ありがとう」という気持ちが込み上げてくる。

* * *

一条道さんが編集・発行する『かいごマガジン そこここ』。この雑誌との出会いは2019年。ちょうど1号が刊行されたばかりだった。平山昌尚さんのカバー絵が目に留まり、ページをめくると冒頭で述べた私の「介護」へのイメージは覆された。泣いている文章もあれば、歯を食いしばっているような強さも感じる文章もある。かと思えば朗らかに笑っている。淡々としながらも寄り添うような目線の文章が心地良い。そうか、これが「かいご」か。と思いながら一気に読んだ。

今年2月には2号が刊行された。鮮やかな蛍光色のバナナのカバーが目をひく。紙の加工は前回と変わり、ページボリュームもアップ。それぞれの連載は、当事者の現場ならではのエピソードや介護へのさまざまなアプローチが新鮮だ。なかでも「暮らしの椅子」という企画は、雑誌でなければ表現できない形のような気がして、勝手に嬉しくなった。
読みごたえのある特集には一条さんと縁のある人が登場する。お母様の自宅介護を20年間行った斧あやさん。愛犬との暮らしと介護の日々を綴った平野友夏理さん。カウンセリングを受けながらパニック障害と向き合っているご友人のMさん(こちらはまた別の企画)。

愛犬と暮らした日々の思い出と介護の記録を綴った「特集3  とらのこと」。
「暮らしの椅子」のポートレート。いわいあやさんの写真が力強く美しい。

〈特集2〉は、一条さんがよく行く近所の喫茶店で顔を合わせていた男性客――何度か話すうちに親しくなったという精神科医の野田慎吾さんとの対談。医師の立場での話と好きな音楽の話が並列に、お二人にとって馴染みのある空間で展開されているのがとても心地良かった。野田さんの好きな音楽家は、七尾旅人、石橋英子、澁谷浩次(yumbo)、マヒトゥ・ザ・ピーポー(GEZAN)、青葉市子など。ちなみに誌面の野田さんのプロフィール写真は白衣を着ていない。キング・クリムゾンのTシャツ姿でアルバム(1st)ジャケットの顔をしている。社会における人間関係はそれぞれの立場の上に成り立っているけれど、フラットな状態からはじまるコミュニケーションは、こうした思いがけないところに着地することがあるから面白い。

さいごに、個人的に印象に残っている対談中の言葉を以下に引用する。

「日々を生きていく上で、精神科に通っている人と健康な自分というふうに分けないことが、自分を助けることにもつながるのではないか」
(一条さん)

「医療も薬も大事だけど、文化はそれ以上に大事だと思うんです」

「医者じゃなきゃできないことが減ればいいと思っています。商売上がったりになってくるかもしれないけど(笑)。薬はもちろん大事だし、医者じゃないと出せないけど、それ以外のちゃんと適切で有効なもの。自分で取り入れられてラクになれたり、前向きになれたり、豊かになれたりするもののレパートリーが増えればいいですね」
(野田さん)

カウンセリングだけが、セラピーあるいはケアではないのかもしれない。ある人にとっては、スナックでお酒を飲みながら愚痴をこぼすのもセラピーかもしれないし、「推し活」はケアでありセラピーなのかもしれない。好きなものや好きなこと、好きな人とちょうどいい距離で付き合うことは、セルフケアにつながるのではないか。「かいご」=ケアをひらくことの重要性と、これからの可能性を感じた。

編集・発行人である一条さん自身もご家族の介護をしている。介護する側も心身ともに健康でいることが大切だと話していた。「このままいくのもいいけれど ここらでやすんでみませんか」
左が1号で右が2号。こういった雑誌が、街の喫茶店や美容院などに設置されていたらありがたい。もしくは一家に一冊。手にとってパラパラめくり、気軽に読めるのが雑誌の良いところ。



◯そこここ 2号 もくじ
特集 1. 母と20年、そしてこれから
2. 精神科の先生と喫茶店で
3. とらのこと
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ウヰスキーは笑顔の言葉
介護あるある
花がもたらす会話
ふるさとの味 | 福岡県 かしわごはん
お茶の時間 | 絵・作 中山信一
カウンセリングとパニック障害と私
おしえて、さいとうさん! | 第2回 パンツとおむつの狭間で語り合う
暮らしの椅子
スーパーヘルパーたかはしさん | キタカゼパンチ

◯そこここ 1号 もくじ
特集 それぞれの介護
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お茶の時間|絵・作 中山信一
おしえて、さいとうさん!|第1 回 ラクラク体位交換
口腔体操 パタカラ
座談会 3きょうだいが語る、 アルコール依存症だった父のこと
花がもたらす会話
ふるさとの味|福島県会津地方 こづゆ
介護あるある
動物のことを話そう 福岡県大牟田市動物園
あこがれの人|アニエス・ヴァルダさん
スーパーヘルパーたかはしさん|キタカゼパンチ


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