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一人が好きだけど友人は欲しい

こんにちは。橋下ハルカです。
今日は「友人」というテーマで私にとっての友人の存在について考えてみました。
(読了の目安時間:4分)


学生時代の友人

私は生涯を通じて「親友」と呼べる友人はいませんが、小中高時代は友人は多く、大学時代は友人が全くいませんでした。

小中高で友人が多かった理由はサッカー部に所属していたことが大きいと思います。サッカー部は他の部活に比べて学年に占める割合が大きく、例えば高校の同学年のサッカー部員は36人でした。

高校入学当初にクラスに馴染めなかった私ですが、同じクラスにサッカー部入部希望者が多く存在したため、仮入部期間を経て話すことが増え、クラスに馴染めるようになりました。

進学してクラスが変わってもサッカー部員は多く存在するため、その後の高校生活のほとんどをサッカー部員とともに過ごし、「友人が少ない」と感じることはありませんでした。

そのため、仮にサッカー部に所属していなければクラスに馴染むことができずに修学旅行なども一人ぼっちだったのではないか、そう感じるほどサッカー部員の存在は大きいものでした。

大学時代にサッカー部に所属しなかったことで感じたことは、「今までは他者から歩み寄ってくれたことで友人ができた」ということです。

振り返ると今までの私は自分からアプローチせず、他者からの歩み寄りによって友人ができていました。そのため、アプローチの仕方がよく分からなかったのかな、と思います。

大学時代も友人が欲しいとは思っていたので勇気を出して誘うことはありましたが、高校時代と比べて自己肯定感が低く、

「自分なんかが話しかけていいのかな…?」

「本当は他の人と講義受けたいと思われてないかな…?」

「大切な時間を奪っているようで申し訳ないな…」

などど感じるようになってしまいました。

やがて私が人付き合いを避け始めて徐々に友人とは関わらなくなりました。たまに構内で鉢合わせすると気まずいので気づかないふりをしたり、当時の私は学生から逃げるように大学生活を送っていたと思います。

ちなみに、私は成人式と同窓会、大学の卒業式に出席しませんでした(いつか記事にするかもしれません)。そのため、小中高の友人と大学で知り合った人の進路や就職先についてはよくわからないままです。

社会人時代の友人

社会人になってからは友人ができたことはありません。

就職先の同僚は職場以外で会うことはなく、職場が変われば連絡先は削除します。プライベートでは自助会に参加した際などで知り合った人も多くいますが、連絡先を交換するほどではありません。

なぜ友人が欲しいのか

では、タイトルにもある通り、なぜ友人が欲しいのか

それは楽しいことを共有したり、悩み事を聞いてくれる存在が必要だと感じたからです。

私は一人でいることが好きで、一人でいることに対して基本的に不安や不満は感じていません。しかし、楽しいことや嬉しいことがあった時に「誰かに聞いて欲しいな…」悲しいことがあった時や前向きになれない時に「誰かに相談したいな…」と思うことはよくあります。

私は人付き合いが苦手だけど、別に人が嫌いというわけではなく、どこかで関わりたいという思いは持ち続けています。
しかし、人に心を開くのに時間がかかる上に「自分なんかが…」という自己肯定感の低さから人と深い関係を築くことを避けてしまっているのだと思います。

そのため、本当に心を許せて自分の弱い部分も含めて全てさらけ出せるような人といつか出逢えたらいいな、と思います。

友人がいないことのデメリット

最後に、友人がいないことで生じるデメリットについて考えてみました。

悩みを抱えやすい、外食やイベントに行きづらいなど色々と考えましたが、「結婚式に招待する友人がいない」というのが割ときついのかな…と思いました。

友人がいないことで感じる「寂しい」「孤独」などの感情は基本的に自分の問題ですが、結婚式となると相手の方に迷惑をかけてしまう心配があります。(私はそもそも結婚できるか怪しい人間ですが…)

おわりに

一人でいることは本当に気楽です。
誰にも邪魔されず、余計な心配や気遣いをする必要がなく、自由で快適です。

それでも、ずっと一人でいるのではなく、適度に人と関わるくらいの距離感が自分にはちょうどいいと感じます。

人と関わることでしか気づかないことや、人と触れ合うことで感じる温かさのようなものは大事にしたいです。

そのため、人との出逢いを大切にしていこうと思います。

最後までご覧いただき誠にありがとうございました。

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