〔短い物語〕ショートカット
「本当に久しぶり。でも、あの頃のままだね」
フリージアの香りが揺れる頃、すっかり大人になった懐かしい友達と再会した。
彼女の前で一呼吸したら、二人の日々が思い出された。
私たちの会話はいつも恋バナ中心だったね。
「ねえねえ、昨日どうだった?」
無邪気な笑顔で私に質問をしてくる彼女。
「う~ん、いまいち。ダメだわ」
気になる彼を思い切って映画に誘い、自分としては初デートの気分で迎えた昨日。自分なりに精一杯のおしゃれをしてドキドキを抱えて彼を待つ。
「お待たせ」
少し沈黙。その間私を見つめていた彼の表情は、学校での表情と同じ。
視線の先に、誰を見ていたのだろう。
「じゃ、行こうか」と、彼。
「あ、うん。行こう」と、私。
制服姿と違う私を見て、どう?
一言、何か感想はないのかな?
可愛いとか、いつもと違う雰囲気だねとか・・言ってほしい。
音のない声で彼に突っ込みを入れる私。・・・って、彼女じゃないからそれを望むは無理ってものか。
「結局ね、告白できなかったんだ。先制攻撃受けちゃって」
「え?何?」
「好きな人いるんだって」
「相手は?」
ちゃんとは聞いていないけど、彼が好きなのは今目の前にいる私の親友、あなたなの。きっと。
「さあ。そんなの教えてくれるわけないでしょ」
「そっか。でも彼も片想い中でしょ。映画一緒に行ってくれたし、可能性あるじゃん」
「とにかく、もういいの。なんだか、冷めちゃった」
不思議と嫉妬心はわかない。だって、あなたの魅力は私が一番よく知っている。
あなたを好きにならない男子はいないと思う。
可愛い人はたくさんいるけど、あなたの可愛さは自然体で最強だから。
もう30年以上前の小さな失恋。そんなこともあったな。
高校を卒業して、大学生になった彼女と専門学校生になった私。お互い新しい世界に触れ、共通の友人は減っていき、なんとなく疎遠になって社会人になってからは連絡が途絶えた。
あれから今日までの彼女と私の人生に、何があったか、何を感じて過ごしてきたのかはお互い知らない。
いつ結婚したのか、子供が生まれたのかどうか、住まいはどこで、選んだ仕事は何だったのかもわからない。
懐かしい笑顔を見つめていると、私の脳内でパソコンのショートカットを使ったように、彼女との最後の恋バナが一瞬で呼び起こされた。
「ねえ、彼どうだった?」
「いい感じ。で、そっちはどうなの?」
「ふふふ。最高。」
「本当?よかったね」
いつかまた、恋多き女子に戻って恋バナの続きが出来たらいいね。
それはかなわぬ希望だった。
遺影の彼女は、あの頃と同じように可愛さ満開の笑顔で微笑んでいる。
「ねえ、あれから彼とはどうなったの?」
「うん、プロポーズされた」
「おめでとう! 式はいつ頃?」
「少し先になると思う。でも、結婚式には絶対来てね!」
「もちろん!」
きっとこんな会話をしていたのだろうと思う。
合わせていた両手を膝に戻した私に、物静かでまだ十代のピュアさ残る息子さんが言う。
「母は、時々高校時代の話をしてくれました。人生で一番楽しかったと」
彼女は最後の恋バナで話題にしていた彼とは結婚をしなかった。大学を卒業してから知り合った別の男性と結婚し、息子を産んだ。
息を引き取る少し前に、彼女が息子さんに言っていたそうだ。
「あなたが息子だから親子で恋バナはできなくて残念だった。でも、イケメン男子な息子もいいものだね。ありがとう」
母となり、年を重ねてからも恋多き人生だったのだろうか。
私は・・といえば、20代のころはたくさん恋愛したし、運命の出会いらしきこともあったのに、シングルを貫いてきた。理由を聞かれても、「タイミングが合わなかっただけ」としか言いようがない。
「今日はありがとうございました」
イケメンの息子さんに見送られて、彼女の家を後にする。
一層強くなったフリージアの香りに、また私も恋をしようという気持ちになった。いつか、別の世界で彼女と大人の恋バナの続きをしたいから。
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