恋と友情は平行線 不思議な関係の行方(3)
●前回までのお話
・・◇◆・・
「せっかくのご縁ですから、これからお友達になってもらえませんか」
「え?・・・」
「いや、頻繁に会って・・というのではなくて。今日から一年後、お互いパートナーが見つかっていなければ食事でもしながら一年の活動をねぎらうというか」
「・・・」
「あ、ご迷惑ですよね。今の言葉は忘れてください。本当にすみませんでした」
奈波さんは、少しうつむいた後、顔を上げて僕の目を真っすぐと見つめた後、柔らかい笑顔で言った。
「そんな関係も素敵ね。うん、ありだと思う」
やった! 心の中で僕はガッツポーズをした。一年後、また奈波さんに会える。
「この関係に名前を付けるとしたら‥なんだろう」
真剣に考えようとしている僕のことをじっと見つめて奈波さんが言う。
「名前なんて、いいじゃない」
こうして僕たちの『年に一度近況報告をする お互いの応援団長』という関係が始まったというわけだ。
自分でも未練たらしいと思ったけれど、何か理由を付けてもう一度会うチャンスがほしかったのだ。
その時の僕は、心の底で、ひょっとすると時間が経てば自分に気持ちが向くかもしれないという思いがあったのかもしれないし、無かったのかもしれない。
翌日からはまた、それぞれがパートナーを探す旅をつづけた。
約束の一年が近づくと、予定のすり合わせのためにメッセージを交換するだけの関係。
一年、二年、三年・・・そして、今年、不思議な関係は二十年目になる。
この二十年の間、お互いに恋人がいるときもあれば、どちらもいない時もあった。
僕には恋人がいて奈波さんは一人だった時。
僕は一人で奈波さんには恋人がいた時。
お互い出会いはあってもなぜか、それぞれのパートナーとの関係がその先には進めなかったのだ。
・・◇◆・・
実は十年目に会った時、僕は彼女に思い切って恋人になってもらえないかと伝えた。
ちょうど二人ともパートナーと別れた時で、同じタイミングで痛みを抱えた者同士、うまくいきそうな気がして。
今度はOKしてもらえるものと思ったが、あっさり振られた。僕の2度目の失恋だ。
「ごめん。今もあなたとの結婚は考えられない」と。
それから少し気まずくなって年に一度の近況報告会を僕は2年連続スルーした。
やっぱり男女の友情は難しいのか。
あ、友情を恋愛関係に変換しようとした僕が悪いのか。
それから3年後、僕は知人の紹介で知り合った女性と家族ぐるみのお付き合いを始めるようになっていた。
僕もやっと奈波さんにいい報告が出来そうだ。
奈波さんはすでにパートナーと同居を始めていて幸せそうだった。二人で旅行に行ったとか、食べ歩きで美味しいもの食べすぎて太ってしまったとか。
「おめでとう。式はいつ?」
奈波さんにメッセージを送ると、まだ、入籍する決心つかない、式は多分挙げないと返信が届いた。
「そうなんだ。実は僕もねやっといい報告ができるようになったよ」
「やったね!おめでとう」
ところが、入籍をする前日に、僕の彼女は事故に遭い二度と帰らぬ人になった。
どうしてこんなことに・・・、僕たち、何か悪いことでもしたのかな・・?
僕から結婚式の招待状が届かないよって、奈波さんから連絡がきた。もう私とは縁を切りたかったのかな、なにかあったのかなぁと思って。
ごく短いメッセージで、彼女が亡くなったことを伝えた。
「悟さん…なんて言葉を伝えたらいいのかわからない。・・ゆっくり、元気になってください」
僕も奈美さんからのメッセージになんて返信をすればいいのかわからなかった。
・・◇◆・・
大切な人が突然いなくなった現実を受け入れることができず、目に映るものすべてが偽物みたいで現実味を感じられなかった。
ごく親しい友人にしか彼女の存在を話していなかったので、つらい気持ちのやり場がなかった。
僕は、それまで以上に仕事に打ち込んだ。
頼まれた仕事は何でも引き受けた。
育児休業中の部下の仕事も、積極的に引き受けた。
倒れる限界まで仕事を抱えて、家に帰ったら寝るだけという生活を続けているうちに体はしんどくても気分が軽くなっていった。
そんな無茶をしても倒れなかったのは、若いころスポーツをやっていたおかげなのだろう。
とはいえ、若くはないし、もう限界かもというときに、世間では未知の感染症が流行して、外出が思うようにできなくなっていった。
それから奈波さんとの報告会もできなくなり、自然と疎遠になった。
気が付くと前の報告会から五年がたとうとしていた。
僕はなんとか辛さを乗り越えることができた。
ふと辛さがよぎることはあるが。
幸せだった二人の記憶もつらさと入れ替わりによぎることがある。
奈波さんは今どうしているのだろう。
あれから二十年か・・。生まれた子供が成人するほどの長い期間だ。節目の今年は奈波さんに会いたい。けど、特に報告することはない。
あ・・元気になったことを報告すればいいか。奈波さんの幸せな話も聞きたいし。
「こんにちは。ご無沙汰です。久しぶりに報告会やりませんか?今年はどうしても奈波さんに会いたいです」
「メッセージありがとう。そうね、やりましょう!」
無事、節目の報告会の約束ができたことで、僕はもっと元気になれそうな気がした。
・・◇◆・・
ふと時計を見ると、約束の時間ちょうどだった。
先にワインでも選んでおくか・・。
ワインリストを開いた途端、奈波さんの声が聞こえた。
「おまたせ」
(つづく)
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