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小説 私だけの世界 Ⅲ、崩壊⑥

 おかしい。

 私は、顔をしかめながらそう思った。

 なにがおかしいのかというと、亜梨沙のことだ。何回かメッセージを送ったんだけれど、妙な感じがする。

 まず、私は「お疲れさま~」と送信し、亜梨沙からは「ありがと」と返ってきた。これは別に変じゃない。いつも通りだ。

 そのあと、私は駿河くんを見かけたことを報告した。「どこで?」と亜梨沙も興味津々のようだった。駅前で、とかいろいろ報告したんだけれど――そのあとが、変なのだ。

 返信が来ないのだ。それだけでなく、既読もつかない。

 一日、とかだったら、まだおかしいとは思わない。けれど、もう五日目だ。これが亜梨沙でなかったら、違和感は覚えない。けれど、亜梨沙は、何か重要なメッセージを見逃さないためにも、一日一回は、それを確認しているらしい。しかも、亜梨沙はとても律儀な子で、必ずメッセージは彼女のほうから終わりにする。

 具合が悪いのかと思って、私はそうメッセージを送り、訊いてみた。けれど、それにも返信がない。電話もしてみたけれど、それも駄目だった。

 スマホを手元に置けないほどの症状なのだろうかとも思った。だとしたら、すごく心配だ。

 だから、偶然行ったスーパーで亜梨沙のお母さんに会ったとき、亜梨沙の様子を尋ねてみた。

 すると、「夏バテなのか元気がないけれど、風邪なんかはひいていないわ」と言われたのだ。それに、亜梨沙のスマホが壊れたとか、没収しているとか、そういうこともなさそうだった。これが、昨日の出来事。

 やっぱりおかしい。

 私がここで思いついたのは、亜梨沙が自分でスマホを使わないようにしているということだった。勉強のために、鍵のかかった引き出しにしまいこんでいるとか、そういうことは前にもあった。結構、ストイックな子なのだ、亜梨沙は。

 けれど、そういうときはちゃんと、前もって言ってくれるはずだった。忘れたんだろう、と考えられなくもないけれど、まだ話題が続いていた会話をしていたことを、亜梨沙に限って忘れるだろうか。

 仮に眠ってしまったんだとしても、亜梨沙はケータイを暫し封印する前に、メッセージやなにやらの確認をするはずだ。亜梨沙自身が、前にそう言っていたのだから。

 とすると――次に思いつくことは、どうしてもこうなる。

 亜梨沙は、私を避けているんじゃないか。

 いやいや、そんなことはない……と思いたいけれど、可能性があることは事実だ。でも、避けられる理由が思い当たらない。

 私、亜梨沙になにかした? もしかして、無意識のうちになにかしてしまっていたのだろうか。私、ちょっと無神経なところがあるみたいだしなあ。

 でも、メッセージのやり取りがまだ終わっていないうちに、避けるだろうか。普通、私が「お疲れさま~」と送った時点で、既読をつけない、メッセージを返さないことにするのではないだろうか。

 まあ、いきなり嫌だという気持ちが溢れだしたからとか、説明できなくもない。考えたくはないけれど。

 とにかく、このままじゃ埒が明かないのは確かだ。亜梨沙から返事が来ない理由がなににしろ、こうなったら直接会ったほうがいい。そう思った。

 だから、ちょうど登校日だった今日、話し合おうと意気込んで登校してきたのだった。

 早めに来たからか、亜梨沙の姿はまだない。なので、他の友人たちに訊いてみた。

 「ねえ、亜梨沙のことだけどさ……」

 「彼女がどうかした?」

 「様子が変とか、ない?」

 「えー」

 「どうだろ」

 ふたりは、亜梨沙ともよく喋る。彼女たちは、互いの顔を見合わせた。

 「んー、特にないと思うけど」

 「あたしもそう思う。ああでも、ラインしててノリは悪くなったかな?」

 「それは勉強が大変だからじゃない? あんたみたいにサボってないのよ」

 「ひどっ。あたしだってちゃんと勉強してますー」

 言い合う彼女たちに気づかれないように、私は自分の左腕をぎゅっと掴んだ。それじゃあ、彼女たちは亜梨沙と普通にメッセージの交換ができているのだ。

 返信が来ないのは、きっと私ひとりなのだ……

 彼女たちのひとりが言った。

 「でも、なんでそんなことを? 亜梨沙のことは、いちばん真奈がよく知ってるじゃん」

 「あ、うん……そうなんだけど」

 私は意識的に笑みを作った。

 「ほら、亜梨沙の志望校ってかなりレベルが上じゃない? だから、私より受験勉強が大変そうだなって。弱音とか言わないからさ、大丈夫なのかなってちょっと心配で」

 「あー、なるほど。さすが親友思い」

 「じゃあさ、息抜きかねて、夏休み中にどこか行こうよ」

 「いいねー、映画見に行きたい」

 「えー、あたし海がいい」

 「日に焼けちゃうじゃん。――ね、どう? 真奈。亜梨沙も誘えば、いい息抜きになると思わない?」

 私は、作った笑顔のまま、頷いた。

 「うん、そうだね。いいかも」

 「よし、そうと決まれば場所を決めよう。亜梨沙、早く来ないかなー」

 盛り上がる彼女たちのなかで、私の気分はどんどん落ち込んでいく。

 遊びには行けないかもしれない。亜梨沙が来たら、私はどんな顔をしていればいいんだろう。さっきまであんなに意気込んでいた私なのに……今はもう、逃げたい。

 あんなに勇ましくはりきることができたのは、たぶん、心のどこかに「私は亜梨沙に避けられてなんかいない」という自信があったからだった。

 でも、その自信は、たった今、跡形もなく崩れてしまった。もう、ほんと、逃げたい。

 亜梨沙が来たら、いっそトイレに逃げ込んでしまおうか。そして、そのまま仮病を使って帰ってしまおうか。

 実行できないとわかっているくせに、そんなことまで考えてしまう。

 けれど、私がこんなに思いつめることはなかったのだ。

 亜梨沙は、一時限目が始まっても、登校してこなかったのだから。

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