小説 あべこべのカインとアベル⑧―栞の問いかけ
水穂、この話をどう思う? なぜ私があなたにこの話をするのか?
また、いつものように、あなたをからかっているのか。私が狂っているのか。
でも、私はこの心の記憶を信じている。兄の体を押した両手の感触も覚えている。
忘れはしない。忘れてはいけないから。
あの行為が実際、彼自身の望んだものであり、彼の微笑みが「正解」という意味だったとしても。あの出来事が科学的に説明できなくても。
私には確かに兄がいたし、私は彼を殺した。彼と共に居たかったのが半分、彼の才能が欲しかったのが半分、ていうところかもしれない。そして今、私の一部は彼だ。
それでもやっぱり、私は殺人者だ。
そして私は、この話を、話さなければならない人にだけ、話していこうと思うの。
これからずっと。
そうして私は、もうなくなってしまった赤い本の代わりに、この世界に記憶を刻み付けるの。
――end
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