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小説 あべこべのカインとアベル⑤

 その日から、カインは私の兄になった。

 その夜のうちに、彼は両親と話し合っていたようだった。そこで何が話し合われたか、私は知らない。

 けれど、その翌日から、彼は我が家の一員として暮らすことになった。ともに食事をし、団欒し、互いに多くのことで助け合った。

 両親はカインを、昔からそこにいたような、そこにいて当然のように扱った。だから私もそれに従った。もっとも、もし両親がそのような態度をとっていなかったとしても、私は彼を家族とみなしただろうけれど。

 私は両親と、カインのことについては、一切話し合わなかった。話さなくても、それは理屈でなくて知っていること――例えば、そこに空気があることや、水は人間を生かすことなどのように。

 ところで、カインは博識だった。十歳の私から見て、ではなく、おそらく、両親から見ても感嘆に価したに違いない。

 よく、夕食の際に、私がまだ理解しがたいことについて、彼らは意見を交わしていた。そして彼は作ることのない知識欲を持っていた。私の学校生活についても知りたがったし、この世界すべてを理解したがっているように思えた。小さなことから大きなことまで。

 それから、時々、彼は常識を取り違えたように、間抜けなことを訪ねてきたり、しでかしたりしたけれど、私はそういう部分もすべてひっくるめて、彼を兄として尊敬し、敬愛していた。

 誰かから彼を兄とみなすように言われたわけでも、ましてや彼自身が兄だと名乗ったわけでもない――明らかに血はつながっていないはずだ、少なくとも兄妹としては――が、私は彼と出会った瞬間に、彼を囚われの騎士だと思い、私はそんな彼を助け出す、わき役だけれど重要なキーパーソンでもある妹――そうみなしたのだった。

 この思考は何の影響だろう? やはり、そのとき読んでいた、あの赤い表紙の本――彼が拾って手渡してくれた本――の影響だろうか?

 しかし、実際のところ、そんなことはどうでもよいのだった。

 とにかく私は、その夏を彼と穏やかに楽しく過ごしたのだから。

 私が彼を見つけたあの二階の部屋が彼の寝起きする場所となった。彼は大抵、私と共に図書室にいて、私の質問に答えたり、彼が私に尋ねたりした。

 思えば、私が彼に対して、名前以外の彼自身のことについて、ついぞ尋ねたことはなかった。私には、兄のカイン、それだけで十分だった。

 「お兄ちゃん」

 彼に間の抜けたところがあるとはいえ、カインは、ほぼ完璧といってよかった。私は、彼の間の抜けたところは欠点ではなく、むしろ冷酷な完璧さを和らげる愛嬌のようなものだと思っていた。

 人は物事に完璧さを求めるけれど、実際、人間に対してはそれを嫌っている、と私は思う。そうでなくて、どうして、優等生という言葉が時に蔑みの意味になるのだろう? 人は面白みを求めるものなのだ。

 なんだい、と答えるその声は優しい。差し伸べるその手も暖かい。決して、私のような冷たさではなかった。家族以外の前では、じっと黙ったままの、人形のような私のようでは。

 兄のようになりたい。

 私がそう願うのも、当然のことだったろう。当時、私は自分の存在が好きではなく、瑕のついた完全さを、私は欲していた。

完全なる丸い太陽も、半分にかけた月も、欲しくはない。私は兄のその才能、存在、すべてが欲しかった。

 だって、彼は私の兄なのだから。私は彼の妹なのだから。どうして私がその存在になれないわけがあろう? 私が兄のもとへ行けないわけが。

 私は空気になりたかった。水になりたかった。兄が吸い込み、飲み込み、取り入れるものに。

 けれど、方法がわからなかった。私は、一方で、兄と一緒にいられればそれでよかったけれど、もう一方で、そうではなかったのだろう。

 だから、あの時、私はあの方法を思いついたのだ。逆転、あべこべ。アベルという名の妹が、カインという存在になる、あべこべを。

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