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羅生門

鑑賞時の感想ツイートはこちら。

1950年の日本映画。のちの世界中の映画監督たちに影響を与えた日本の名匠、黒澤明監督の代表作のひとつ。平安時代を舞台に、ある武士の殺害事件が起きる。ひとつの出来事が語る者によって様相を大きく変える、その不可解さを通して “人の本質とは何か?” を描いた時代劇作品です。

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ストーリーが超絶面白い!

黒澤明監督の『羅生門』。あまりにも有名過ぎる作品なのでご存じの方も多いと思いますが、本作の原作は芥川龍之介の短編小説『藪の中』と『羅生門』。

青空文庫で読むことができます♩

藪の中(新字新仮名版)

羅生門(新字新仮名版)

わたしは両作とも、映画を観る前に読んでいました。

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羅生門』は、小学生か中学生の頃、自宅の本棚にあった文学全集で。老婆が遺体から髪を抜く描写がホラーチックで怖かったなぁ(ぞぞぞ……)。羅生門の楼閣の薄暗い情景が、まるで目に浮かぶようでした。

当時読んだ文学全集は、国内外の名作がいろいろと収録されているもので、オルコットの『若草物語』、ウェブスターの『あしながおじさん』などが好きでした。

そのほかの芥川作品は、『鼻』や『芋粥』などを読んだような記憶が。芥川の小説は、なんていうのかな、こう、生理的にありありと情景が浮かぶ―― というのでしょうか、そういう描写力がすごいですよね。

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藪の中』は、大人になってから、青空文庫で。紙の本で読書するのも好きですが、青空文庫や電子書籍などは「この作品を読んでみたい!」と思い立った時にすぐ読み始められるのがうれしいですね♩

ここだけの話、会社員時代のわたしは “平日5日のうち4日間は、ほぼ、することがない” という、ある意味ありがたい、ある意味しんどい職種におりまして、青空文庫で読書、よくしていました。デスクのPCで、こっそりと……笑。今となっては懐かしい思い出。

スマホで青空文庫を読む時は、こちらのアプリを愛用しています。

ソラリ(App Store)

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で、芥川です。(本題を思い出した)

芥川龍之介の作品は、みなさん、たぶん一度はお読みになったことがあるかと思います。名作が多いですし、子どもの頃にお勉強の一環として渋々読まされた方もいらっしゃるかもしれません。(わたしも、どちらかといえば、好きで積極的に読むというよりは、仕方なく読んだタイプでした)

でもね。芥川龍之介などの、いわゆる “後世に残る名作文学” を大人になってからあらためて読んでみるとそりゃーもう面白いんですよねぇ! ストーリーが超絶面白い! びっくりします。

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いやぁ、芥川のストーリーテラーとしての力! 天才か! その面白さといったら、どの作品も芥川賞レベルですよ!(逆、逆。笑)

彼は、平安時代の説話集『今昔物語集』から、いくつかのエピソードをヒントにして『藪の中』を書いたそうです。

今昔物語集
〇 巻第29の2
『多襄丸(たじょうまる)、調伏丸(ちょうぶくまる)の二人の盗人の話』
〇 巻第29の22
『鳥部寺(とりべでら)に詣(もう)づる女の盗賊にあひし話』
〇 巻第29の23
『妻を具して丹波国に行きたる男、大江山に於いて縛られし話』

現代語に訳されたものを読んでみましたが、


ほんとに『藪の中』と同じだ~!

と、楽しかったですよ♩

これらのエピソードから、あんなに面白い、“話の先が読みたくてたまらない” 小説を創り上げてしまうなんて! 作家って本当にすごいなぁ。

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映画『羅生門』をご覧になるのであれば、鑑賞前でも後でも良いので、原作となっている芥川の『藪の中』『羅生門』をぜひ、お読みになってみてください♩(さらに興味のある方は『今昔物語集』も!)

小説の素晴らしさも、映画の素晴らしさも、より豊かに楽しめると思います♡

巧みな構成と脚本

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本作の物語は、平安時代の京の都から始まります。災害や飢饉、疫病などにより、荒廃してしまった都。誰もが生きるのに必死な世情のようです。都の正門である「羅生門」もすっかり荒れ果て、ご覧のような有り様。

この門は、撮影のためにオープンセットとして建てられたもので、間口 33メートル高さ 20メートルもあるそう! 企画当初、黒澤監督から「この作品はオープンセットひとつで済むから、制作コストは掛からない」と聞かされていた映画会社(大映)は、「普通のセットを100個建てた方が良かった」と愚痴をこぼしたとか。笑

雅楽で使われる「しょう」の音から始まるオープニングの音楽が、東洋的で良い雰囲気♩

篠笛しのぶえそうのような音も聞こえますね。これらの音楽は、早坂文雄による作曲。

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荒れ果てた羅生門。激しく降り続ける雨。湿気を多く含んだ土や泥の匂いまで漂ってくるようです。

冒頭の羅生門のシーンに登場する人物は、三人の男たち。

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そま売り(志村喬/写真・中央)
たきぎを取りに入った山中で、殺された武士の死体を見つけた第一発見者。事件の参考人として、みずからが目撃した状況を検非違使(*)に証言する。(*検非違使けびいし:現在の警察のようなもの)
旅法師(千秋実/写真・右)
事件前の山道で、被害者の武士とその妻を目撃。杣売りと同様に、自分が目撃した状況を検非違使に証言。
下人(上田吉二郎/写真・左)
雨宿りのために通りがかった羅生門で、杣売りと旅法師の二人に出会う。検非違使の所で見聞きした話があまりにも奇妙で「わけがわからない」と話す二人から、事件についての話を聞く。

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羅生門で雨宿りする彼らの会話を通じて、事件の様子が少しずつ紐解かれてゆきます。場面は、山中の回想シーンへ。ここに登場する事件の当事者たちは、三人の男女

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金沢武弘(森雅之)
妻・真砂まさごを馬に乗せ山中を通行していた際に、盗賊の多襄丸たじょうまるに襲われる。事件後、山中にて死体となって発見される。

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真砂(京マチ子)
武弘の妻。夫と共に山中を通行中、盗賊の多襄丸に襲われ手籠めにされる。事件後、逃げ延びて寺に身を寄せていたところを発見され、検非違使のもとへ出廷し証言。

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多襄丸(三船敏郎)
都でも悪名高い、荒くれ者の盗賊。女好きで、たまたま山中で見かけた真砂の美しさに惹かれ欲情。夫の武弘を騙して縛り上げ、目の前で真砂を手籠めにする。事件後、河原で倒れていたところを放免ほうめん(検非違使のしもべ)に発見され、連行される。

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本作の物語は、三つの場面で構成されていて、次の1~3を行ったり来たりしながら展開してゆきます。

1|羅生門でのシーン
三人の男が事件の謎について会話をする。
〇 登場人物: 杣売り、旅法師、下人

2|検非違使での取り調べのシーン
目撃者や当事者たちが、それぞれの視点で異なる証言をする。内容は証言者によりバラバラで、矛盾点が多い。
〇 登場人物: 杣売り、旅法師、多襄丸、真砂、武弘(巫女に降霊

3|証言が再現される山中でのシーン
それぞれの証言を元に、事件の当事者や目撃者たちが登場して、証言の内容が回想される。
〇 登場人物: 杣売り、旅法師、多襄丸、真砂、武弘

どうです~? 面白そうでしょう!?
脚本は、黒澤明監督と、あの橋本忍

橋本忍さんは、わたしの大大大好きな、オールタイムベスト邦画砂の器』も手掛けていらっしゃる脚本家。その他にも『生きる』、『七人の侍』、『ゼロの焦点』、『霧の旗』、『八つ墓村』――などなど、挙げたらキリがないほど多くの名作を生み出している方なのです。

芥川龍之介による原作、橋本忍による脚本、“世界のクロサワ” によるメガホン―― これだけの才能が揃っていて、面白くないわけがない!

人は、自分が見たい通りの世界を見ている。

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武弘。真砂。多襄丸。三者三様、証言する者によって異なる様相を見せる、事件のあらまし。事件当事者の三人は、語られるストーリー毎に雰囲気や行動が違い、別人のように見えます。

それぞれを演じた、森雅之、京マチ子、三船敏郎の三人が、お芝居によって演じ分けている部分もありますが、これは、俳優の演技力というより脚本や演出によるものが大きいような気がします。

感想ツイートにもあるように、京マチ子がすすり泣く時の吸い込み音や “演劇部の学生” のようにオーバーな演技、セリフがわかりづらい三船敏郎の活舌など、お芝居に関しては、観ていてちょっと閉口する点も。

芥川の原作小説『藪の中』の方では、事件の「真相」は文字通り “藪の中” として描かれており、これまで様々な研究がなされているのだそうです。

対して、黒澤映画の本作では、ある人物の証言により、一応の「真相」が提示されています。

原作でも、映画でも、共通して描かれているのは、人間のエゴイズム

羅生門で雨宿りをしながら事件を語る、杣売りと旅法師は

「もう何を信じたらいいのか、わからない」
「人を信じられなくなった」
もはや自分の心すらも、わからない

と、人間不信に陥りそうになります。

一方、暇つぶしの一興に話を聞いている通りすがりの下人は

人間なんて、そもそも誰もが身勝手なものだ

と、沈み込む二人を笑い飛ばします。

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わたしが思うに、事実=「起きた出来事というのはひとつだけれど、いびつなデコボコのある小惑星やジャガイモのように、どの角度から見るかによってまったく異なった形に見えるものではないかなぁ―― と。

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画像:NASA

しかも人の心は、“自分の立場を守りたい” という保身(他者から見た自分を意識)、“情けない自分の姿は認めたくない” という無意識下の粉飾(自分とはこうであるはずだ、という理想の混じった自己イメージ)など、様々なバイアスをかけて「起きた出来事」を受け取り、語ります。

人は、自分が見たい通りの世界を見ている。

映画『羅生門』は、そんな人間の本質を、極上のストーリーと映像で描いているのではないかなぁ。

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救いを感じさせるこのラストシーンも、映画として素晴らしい締めくくり方だと思います。

古いモノクロ映画、しかも平安時代を描いた時代劇なので、最初は取っつきにくい印象を持たれるかもしれませんが、機会があれば、映画史に残る名作に触れてみるのはいかがでしょうか♩


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