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チベット密教と数秘術の意外な共通

密教も数秘術も輪廻転生と「人生のシナリオ」を信じている

 起業と習慣の専門家、佐藤伝さんの『祖父・多田等観が語った チベット密教 命がホッとする生き方』(サンマーク出版)を読みました。佐藤さんはメジャーリーグの大谷翔平選手も使っている「9マス(ナイン・マトリックス)というユニークな目標達成&夢実現法の開発者です。「マンダラート」とも呼ばれています。

 私が占いで扱っているモダン数秘術をはアメリカで誕生した占いですが、読んでみると、チベット密教の考え方は、数秘術のベースとなっている思想と共通点が多くて驚きました。

 両方とも輪廻転生があることがベースになっていて、「今度はこんな人生を歩もう」という「人生のシナリオ」を自分で決めて生まれてくると考えているんですね。数秘術だと、それが「4つのコアナンバー」になるわけです。

 著者である佐藤伝さんのお祖父様、多田等観さんは大正時代に単身チベットに入り、ダライラマ13世の弟子として10年間僧院で修行し、高僧となった人でした。秋田市の貧しい寺の3男坊で中卒。口減らしのような形で京都の西本願寺に手伝いに行きますが、人生の流れに逆らわずに生きているうちに、チベットに辿り着いたのです。

心身をゆるめないと、楽に生きている人が憎らしくなる

 最も興味深かったのは、次の等観さんの言葉です。

「ホッとする方へ行け。 
苦労はドブに捨てていい」

 よく迷ったら厳しい道を選べと言いますよね。でも、チベット密教の教えは違うのです。心身をゆるめることなく暮らしていると、いつも緊張してストレスがたまっていき、人や周囲を批判したり、最後は自分まで攻撃するようになると等観さんは語っています。苦しむ方を選択すると、楽に楽しく生きている人が憎たらしくなるのです。

 人は嫉妬深い生き物ですから、自分より良い家に生まれたり、お金や才能があったりすると、羨ましくなるものです。「私だけこんなに苦労して、世の中って理不尽だ!!」とか、「こんなに一生懸命働いてるのに、社会は平等じゃない」と思うわけです。フランス革命、ロシアの社会主義、中国の共産主義も、多くの貴族は地主、商人が殺されましたが、根っこにあるのは「不平等」という憤りです。

 ですが、例えば好きでバンドや演劇活動をしていていれば、アルバイト生活で貧乏だったとしても、自分が選んだ道ですから、世を恨み、人を恨みにはなりませんよね。やりたいからやっていることは、苦労じゃないですから。

 死んで極楽に行くのではなく、生きている今を極楽にせよ。

 これがチベット密教の根幹を成す教えだそうです。だからと言って、遊んで暮らせと言っているわけではありません。

 人は皆、遊行して、菩薩を目指せいいというのです。楽しみながら修行をして、人を救える立場まで自分を高めれば、菩薩になる。八百屋は八百屋菩薩、魚屋なら魚屋菩薩というわけです。

 いやな道を選ぶと、苦しい時、つい楽をしたいと思ってよこしまな心が起こる。それでは菩薩になれない。だから、修行が喜びとなるような道、つまりホッとする道を行けというわけです。

 私は「占いハローワーク」と自称する、占いを入り口としたお仕事相談をしています。4つの占術を総合的に使っているのですが、ベースは数秘術です。数秘術は1から9までのナンバーを扱いますが、各々の数字の意味が異なります。例えば、「こういうバイブレーションで人生を歩んでいくシナリオですよ」というライフ・パス・ナンバー(人生の行程数)というものがあるのですが、それが「5」だったら、行動的で自由と変革を求めるナンバーですから、ルーティンワークにはあまり向きません。
 
そういう人が例えば役所の窓口で、住民票の受け渡しをやっていたり、工場で毎日同じ作業をしていたとしたら、ポルシェが下道にハマってるみたいな状態で、本来の力を発揮できないのです。つまり、数のバイブレーションを生きていないということは、ホッとする生き方を選んでいないということなんですね。

 別に転職しなくても、お役所にだって、地域振興とか教育改革とか、ルーティンワークじゃない仕事はたくさんあります。工場だって効率化を考える担当もいるわけです。もし今の仕事や状況に不満や問題があるのなら、自分のナンバーを知、シナリオを修正する方向へ動けるのです。

「安定」と「変化」を超えて、その上の「成長」をめざす

 もう一つ、印象的だったのが、「安定」と「変化」の関係です。人は安定した状態を続けていると変化したくなる。それで安定を捨てて、変化に富んだ生活をしていると、今度は安定が欲しくなる。結局、安定と変化の間を行ったり来たりして、一生を終わってしまう人が多いというのです。
 
 占いでご相談を受けていると、それは恋愛や結婚にも当てはまるなと思うのです。独身でいると、安定したと思って結婚し、家庭を持ちます。ところが、安定が続くと、妻や夫にワクワクしなくなり、満たされない想いが出てきて、変化を外の人に求めます。だからと言って、法律上の伴侶と子供を捨てる人は滅多にいません。「不倫」というのは、「安定」と「変化」を両立させる手段の一つと言えるでしょう。ただ、心の中では大半の方が罪の意識を抱いています。フランスの貴族社会のように、結婚は政略、恋愛は婚外と割り切れて、それを社会も容認していれば良いのですが。

どちらでもいいと思えた時、成長に向かっていける

 では、どうしたら心の安寧を得られるかというと、等観さんは「安定でも変化でもなく、成長をめざせばいい」と言うのです。「安定」にも「変化」にも執着せず、その思いを手放す。具体的にいうと、「平凡な主婦でいよう」でもいいし、「夫は子供を捨てて愛に生きるわ」でもいい。どちらでもいいと思えたときに、成長に向かって行けると。言葉を変えると、それは結果にこだわらないということなんですね。

 仏教はお釈迦様が家族を捨てて出家したように、欲望を手放して幸せになる道を解いていると考えられていますが、チベット密教は欲望を肯定するそうです。

徹底的に小欲のフォーカスすると、大欲に行きつく

「認められたい」「所有したい」「結果を出したい」という欲は捨てようと思っても捨てられません。それならば、小欲ではなく、大翼をめざせというのです。「自分だけが幸せになりたい」のが小欲だとすると、「家族全体を幸せにしたい」「人類の幸せ度をアップしたい」というのが大欲です。
 
 徹底的に小欲にフォーカスしてみると、やがて欲に行き着くというのですね。

 私はライターとして、アパートやマンションなどを所有に、賃貸に出している家主さん向けの情報雑誌で取材もしています。最初は「自分のアパートを満室にしたい」と家主さんは考えます。銀行から融資を受けていれば、返済もあるのですから、当然ですよね。ところが、満室にするためには、入居者の満足度をアップして、なるべく長く住んでもらったり、次の人を紹介してもらわなければなりません。その為に、設備を新しくしたり、セキュリティシステムをつけたり、入居者を集めてバーベキュー大会をしたりと、様々なな工夫をするわけです。

人を幸せにしないと利益が出ないというパラドックス

 家主として利益を出すためには、入居者の気持ちやメリットを徹底的に考えて、実践しなければなりません。自分だけ儲けたいという気持ちを手放さないと、自分は儲からないというパラドックスがあるわけです。

 いつも満室なら、儲かるので銀行の融資も出やすくなり、2棟、3棟と増えていきます。努力を続けている家主さんのもと、幸せになる入居者も増えていく。そのノウハウをセミナーや著書などで伝えると、実践する家主さんが出てきて、大勢の人が幸せになっていく。

 ですから、利益を出して事業を拡大している家主さんの物件で、「不労所得」ということはまずありません。しっかり「労働」し、時間も気持ちも使われています。

小欲にとことんフォーカスすると大欲に変わっていく

 人は一人では生きていけず、繋がっているので、自分が幸せになる為には、まず人を幸せにしなければなりません。小欲にとことんフォーカスすると、それが大欲に変わっていき、やがて、地域の為に、全国の家主さんの為にと、欲に生きていた人の意識も変わってくるのですね。

 亡くなった父の口グセはは「どんなにお金が あっても、人は人の3倍は食べられない」でした。父はグルメで食いしん坊でしたが、それでもせいぜい1.5倍です。

 贅沢と言っても、ご馳走もブランド品も世界旅行も、毎日それで埋め尽くしたら、苦行になってしまいます。やがて白いご飯に漬物が食べたくなります。コロナ禍でパーティのようなものも激減し、ブランドバッグや宝石を見せる機会も激減しました。ビジネス便でイタリア周遊の旅やエーゲ海クルーズも良いけれど、年に1度か2度だから楽しいのではないでしょうか?

 一度は欲を満たしてみないと、納得できないのが人間です。だから、一生懸命働いて、お金を儲け、欲があれば、まずそれを満たしてみる。それで経済は回りますし、体験することに価値があります。

名前を変えるのは、生命と使命を変えること


 チベット密教と数秘術には類似点が多いと書きましたが、一つだけ、違っているところがあります。それは「名前についての考え方」です。

 数秘術は「生まれた時の名前」を使って占います。養子に出ようが、何度結婚しようが、その人の魂の原型は旧姓にある。名前を変えても騙されないぞ、最初に生を受けた時の名前、それが宇宙のシナリオだという考えです。

 それに対してチベット密教は、「名前を変えるのは、生命と使命を変えること。だから、宇宙のシナリオを変えることになる」と考えます。例えば、等観さんはダライラマ13世から「トュプテン・ゲンツェン」という名を与えられ、チベット仏教の高僧と呼ばれる「ゲシェー」になります。

仕事やプライベートで上手く行かなければ、名前を変えればいい

 等観さんは「仕事やプライベートで上手くいかない人は名前を変えればいいんだぞ」と言っています。実は著者の佐藤伝さんの本名は「等」だったそうですが、離婚して仕事も上手く行かなかった時、「伝」に改名し、それをビジネスネームにしたのです。それから嘘のように人生が好転したそうです。・

 親友のお姉さんは子供の頃に身体が弱く、このままでは長生き出来ないのではと思っていたところ、占い師から「この名前に変えなさい」と言われ、改名したら、嘘のように丈夫になったそうです。

 私が占い師として使っている「沢村偆日」という名前は戸籍の名前ではありません。「偆」は当初「春」でしたが、台湾の道教の教祖様から「人偏を付けると人気運が増すから」とアドバイスされ、日本では使われない「偆」の字を使うことにしたのです。「偆」には「富む、豊か、喜ぶ、楽しむ」という意味があります。

 モダン数秘術の創始者、ミセス・バリエッタは、「えられた数のバイブレーション通りに生きれば、宇宙とつながり、豊かで調和のとれた人生が送れる」と考えました。等観さんも「宇宙と分離しているときは、心が焦るんだ」と言っています。宇宙にある惑星の1つである地球に生きる私たちは、宇宙を司る源によって生かされているのかもしれません。どんな宗教も占いも、結局のところ、その源につながっているのでしょう。ですから、表現や部分的な違いはあっても、帰するところは一つなのです。

 等観さんはチベットでは高僧になりましたが、日本では中卒なので、大学のどまりで、生涯、貧しいままだったそうです。娘である著者のお母さんは宗教界や学会の不当な扱いに憤っていたそうですが、等観さんは「ギフトだから」と意に介さなかったそうです。著者は等観さんは宇宙に愛されているとわかっていたので、他者の承認欲求がなかったのだろうと推察しています。

 人はどうしても、富と地位と名誉を得た人を「成功者」と考えます。占い師にしても、貧乏なら「自分のことさえ分からないのでは、意味がない」と言われそうです。ですが、芸能人の自殺が多いのを見ればわかるように、人の愛や賞賛は移りやすく、その変化するものに頼っていても、魂の安寧はありません。

 何をやっても上手く行かないとか、努力しても空回りしていると感じる時は、「宇宙のシナリオ」から離れているのかもしれません。夢に向って努力し、それを実現できれば良いに決まっていますが、人生には夢破れることが多々あります。そんなときは、目の前にある物を大切に、流されて生きてみてはいかがでしょう。きっと、宇宙のエネルギーが、あるべき方向へ導いてくれますから。 

 もし、人生や仕事が宇宙の源から離れているな、私の「宇宙のシナリオ」ってなんだろうと思われる方がいたら、ぜひ数秘術の鑑定を受けてみて下さい。生まれ雨前の自分の願いを思い出せるかもしれませんよ。
 ご連絡はこちらへ →haruhi19711@gmail.com

 

 

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