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宝塚宙組『アナスタシア』のロマンと感動と嘘

「アメリカ劇場の吟遊詩人」と評された原作者はコロナで死亡

 宝塚歌劇宙組公演 三井住友カード ミュージカル『アナスタシア』を1月28日に見てきました。仕事の関係ですぐにブログに書けなかったので、後追いになりますが、ご報告したいと思います。

 『アナスタシア』はブロードウェイで初演されていますが、ミュージカルの原作者テレンス・マクナリー氏は2020年3月24日に新型コロナウイルス感染症のため、81 歳で死亡しています。1993年に「蜘蛛女のキス」でトニー賞を初受賞し、「Love! Valour! Compassion!」「Master Class」「Ragtime」と合計4回、2019年の功労賞も含めると5回のトニー賞を受賞し、「アメリカ劇場の吟遊詩人」と評された大御所でしたが、コロナの犠牲になった初のセレブになってしまいました。心よりご冥福をお祈りします。

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 このミュージカルは「アナスタシア伝説」をもとにしています。アナスタシアはロシアのニコライ2世の4女で、皇帝一家7名はロシア革命後に幽閉され、レーニンが率いた左派の一派・ボリシェビキによって17歳で銃殺されました。ですが、アナスタシアはまだ若く、マスコミに顔があまり知られていなかったため、「アナスタシアだけは生き延びていた」という噂が広まり、多くの女性が名乗りをあげたことから生存説に信憑性を与え、イングリッド・バーグマン主演の映画「追想」をはじめ、多くの映画やドラマの題材になりました。

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 ミュージカルの元になったのは1997年の20世紀フォックス社製のアニメ映画です(ディズニーではない)。メグ・ライアンが声優としてアナスタシアを演じていたので、ご覧になった方も多いかと思います。それがブロードウェイでミュージカル化され、2020年3月に梅田芸術劇場主催で日本語版が上演されました。アンスタシアを演じたのは、ミュージカル『ロミオ&ジュリエット』のジュリエット役を演じた葵わかなと木下晴香です。が、残念ながら、この梅芸版はコロナの感染拡大で半分も上演できずに休演してしまいました。宝塚版も約半年遅れての上演です。

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豪華な舞台とコーラスの質の高さが心を明るくしてくれる

 さて、既に多くの方が『アナスタシア』の解説や感想を書かれていますので、私は自分なりに感じたことを書きたいと思います。あくまで個人的な感想なので、特定のスターのファンや『アナスタシア』の熱狂的なファンの方が気を悪くされたら、そういう風に感じる人間もいると受けとっていただきたいと思います。

 まず、作品全体の感想から。良かったところは、舞台装置が豪華で美しく、プロジェクションマッピングを駆使した演出がアナスタシアの世界観をよく表現していたことです。コロナ禍で世相が暗いので、豪華な宮殿の舞踏会や衣装、パリのシャンゼリゼ通りやアレクサンドルⅢ世橋など、華やかなシーンが多くて心が明るくなります

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 もう一つ感心したのは、「コーラスの宙組」と言われるだけあって、3密を避けるために約20名ほど生徒を減らしているのに、コーラスが非常に美しかったこと。これは2016年の『エリザベート 』のときも感じたことですが、ハーモニーの美しさに磨きがかかっていたように思います。

難点は役が少なく実力のある生徒の力が発揮できないこと

 反面、残念だったのは、ブロードウェイミュージカルなので、役が少ないことです。歌があって目立つ役は、アナスタシアによく似た少女アーニャ、彼女を利用して報奨金をもらおうとする詐欺師のディミトリ、その相棒の落ちぶれ貴族ブラド・ポポフ、ロシア新政府の役人・グレブ・ヴァガノフ、マリア皇太后、側近リリーくらいで、5人しかいません。オリジナル作品なら当て書きなので、歌の上手い生徒に歌の役を、売り出し中の男役にはセリフのある目立つ役をと振ることが出来るのですが、ブロードウェイの作品はストーリーありきです。そもそも主役は女性の「アナスタシア」で、男役中心の宝塚でそんな作品は「エリザベート 」くらいしかありません。約80名もいる生徒の中で目立つ役が少ないうえ、コロナ禍で新人公演も中止とあっては、実力のある生徒が力を発揮できる場がなく、見ている方も切なくなります

特にマリア皇太后は組長の寿つかさ、リリーを男役の和希そらが演じているので、娘役は本当に気の毒です。歌が上手な天彩峰里はアナスタシアの少女時代、別箱で何度もヒロインを演じている遥羽ららは皇太子アレクセイと二人とも子役です。次の公演からトップ娘役になる潤花はアナスタシアと仲が良かった二女マリア。踊りが得意な人なので、バレエ「白鳥の湖」のオデットも演じていましたが、ショーがなかったので、次からこの人がトップ娘役ですよという演出はできず、目立たなかったことは否めません。

メインキャストはどれも適役だったと思います。以下は役ごとの感想です。

記憶喪失の少女アーニャ/星風まどか
アーニャは田舎町からペテルブルクまで歩いてきた苦労人で、ペテルブルグでも掃除婦をしながら、パリにいくためにお金を溜めています。一人で生き抜いてきた知恵や強さがあり、自分で道を切り開いていくヒロインです。まどかちゃんは何といっても歌える人ですし、童顔なのでアーニャがぴったり。最高の当たり役になりました。

ディミトリ/真風涼帆
真風涼帆は星組時代からずっと見ていますが、長身で大人の役ができる、まさに「男役になるために生まれてきた」ような人です。昔は声がくぐもってクセのある歌い方でしたが、トップになって貫禄が付き、歌も格段に上手くなりました。宝塚のために書き下ろした新曲「She Walks In (彼女が来たら)」も堂々と歌い上げていて感動!!
 
余談ですが、真風涼帆はやはりロマノフ王朝の末期を扱った『神々の土地』でロシア屈指の名門貴族で大富豪だったフェリックス・ユスポフ公爵を演じています。この役、とても似合っていって大好きなのですが、ディミトリと相棒ヴラドが根城にしているのがユスポス宮殿なので笑ってしまいました。なんという偶然でしょう。

グレブ・ヴァガノフ/芹香斗亜
ロマノフ一家を銃殺した護衛の息子で新政府の役人だが、街中で出会ったアーニャに心惹かれるという二面性を持った役。本当は心やさしい人だというのが滲みでていて、儲け役です。
「アーニャがアナスタシアなら銃殺せよ」との命令を受けてパへと向かうのですが、結局、「父の息子になれなかった」と引き金を引くことが出来ませんでした。芹香斗亜は一作ごとに歌が上手くなっている人で、父を想って歌う「それでもまだ」が素晴らしかったですね。

ヴラド・ポポフ/桜木みなと
昔、皇太后マリアの側近で貴族のリリー(夫がいる)と恋仲だったおちぶれ貴族のおじさんの役です。重要だけど狂言回しの役なんですが、歌のずんちゃん(桜木みなと)の真骨頂が発揮された感じで、ナンバー「新たな旅立ち」、良かったです! 「貴族とただの」も印象に残るナンバーでした。演技が上手いことも証明してました。こういう意外性のある役を三番手あたりにやるっていいですね。

リリー/和希そら
和希そらを私は「宙組の礼まこと」と勝手に読んでいます。歌より踊りよし演技よしで、とにかく何をやっても上手いのです。欠点は男役としては小柄なことだけ。『ウエストサイドストーリー』の女役アニータで、余りの上手さに度肝を抜かれましたが、リリーも完璧でした。この人が娘役に転向したら、技術的にはトップ娘役でいけると思うのですが、ファンが嫌がるでしょうね。実力的にはトップで遜色ない生徒です。

マリア皇太后/寿つかさ
組長のスッシーさん(寿つかさ)、幕びらきから登場する重要な役を演じられました。マリア皇太后が少女時代のアナスタシアに手渡したオルゴールが後半物語の鍵を握ります。そして、アナスタシアと共に歌う温かいナンバー「Once Upon A December (あの日の12月)」 。本来は踊りの人で、ニコライⅡ世を演じられるのが相応しい気もしますが、私は好きでした。皇太后の威厳と愛情深さがよく出ていたと思います。

メインキャストとまではいきませんが、印象に残った役があります。ナンバー「惜別の祈り」を歌ったイポリトフ伯爵/凛城きら。祖国を離れる哀しみが胸に迫りました。

バレエ「白鳥の湖」でロランバルトを踊った優希しおん。軸が全くぶれない回転、頭まで上がる足、「宝塚一のダンサーはこの人だ!!」と思わず心の中で叫んでしまったほどのダンスでした。

王子ジークフリートの亜音有星は容姿が抜群にキレイで、王子そのもの。もう目が釘付けになってしまいました。「オーシャンズ11」新人公演でテリーベネディクトを演じた人です。星組では紅ゆずる、花組で望海風斗とトップスターになっjkた2人が本役でしたから、間違いなく路線の男役さんでしょう。

ストーリーに嘘が多すぎて「エリザベート 」ほど没入できない

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 最後になってこう言うのは気が引けるのですが、『アナスタシア』はセットも豪華でスケールの大きいナンバーがたくさんあり、生徒も熱演していて、お金を払うに値するミュージカルなのですが、個人的には、『エリザベート 』ほど没入できませんでした。最大の理由はストーリーがフィクションで、嘘が多すぎるからです。

 まず、アナスタシアを含むニコライ2世一家全員死亡していることは、DNA鑑定により既に明らかになっています。処刑部隊の証言もあります。また、マリア皇太后はアレクサンドラ皇后と不仲で、孫たちとも疎遠でした。アナスタシアに目をかけていたという事実もありません。しかも、皇太后が海外へ出たのは革命後で、まずイギリスへ渡り、次に生まれ故郷のデンマークに行って、そこで亡くなっています。パリへなど行っていないのです。

 それから、これが最もひっかかったのですが、アナスタシアは革命が起きたときに17歳で、ミュージカルはそれから10年後です。つまり、アナスタシアが本当に生き延びているとしたら、彼女は27歳のはずで、少女ではありません。つまり、アーニャに27歳に見える女性であるべきで、少女では話が成立しないのです。マリア皇太后もそれは知っているはずで、もしアーニャが少女なら、一目で偽物と見破られてしまうでしょう。

 さらに、マリア皇太后は貴族が平民と結婚することを嫌いました。第2皇女のオリガが身分も財産もなり兵士のニコライ・クリコスキーと貴賤結婚したことが許せず、生涯、クリコスキーを嫌っていたといいます。そのような人が孫のアナスタシアに、詐欺師の平民であるディミトリはおまえを愛していると、二人を応援して送り出すはずないのです。数少ない血のつながった孫なのですから。

 2007年8月にアレクセイとマリアの遺骨が発見され、DNA鑑定が行われる前であれば、このミュージカルもロマンとして許容できたかもしれません。ですが、全てが明らかになったいま、「アーニャはアナスタシアだったけれど、財産や身分でなく、愛する人を選んだ」というストーリーは嘘っぽく思えてしまうのです。

 ニコライ2世一家の最期は本当に悲惨で胸が痛みます。せめて遺骨が発見されず、アナスタシアだけでも生存の可能性を残してくれていたらと、夢のあるミュージカルを見ながら思ったりしていました。

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