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不死

ある事情で不老不死の男がいました。

男の体は、傷を負ってもたちどころに治り、また心も同様でした。

心身共に常に健康な男は、この力を誰かのために出来ないかと思っていました。

そんなある日、男はあることを思い立ちました。

子供の時に言われた、人の痛みが分かる人になりなさいという言葉を思い出したのです。

人の痛みが分かれば、人に優しくなれるのだと男は信じました。

そして、男はあらゆる痛みを求め始めました。

まず最初に高いところから飛び降りました。

足の骨が折れ、内臓も少し潰れましたが、すぐに元通りに治りました。

腕を切り落としました。

自分を焼きました。

体を獣に食わせ続けました。

もちろん、男は死なず、体はあっという間に再生しました。

その後も、自分の体を様々な方法で傷付け、10年後、男は体で感じうる全ての痛みを知りました。

それだけでは飽き足らず、男は心の痛みも探すことにしました。

すぐには思いつきませんでしたが、とりあえず大事なものを壊してみることにしました。

子供の頃の写真を破きました。

お気に入りのコップを割りました。

好きな本を燃やしました。

とても、心が痛みました。
でもその痛みはすぐに治まりました。

他にもいろいろ心の痛みを学びましたが、男は、心の痛みが体の痛みよりずっと多いことに驚きました。

結局、男が考えうる体と心のこの世全ての痛みを知るまでに30年かかりました。

男は、これで全ての人に優しくなれるに違いないと喜びました。
その喜びも、痛みと同様にすぐに治まりました。

男はまず、転んで怪我をした少年を見つけました。転んで怪我をした痛みを男は知っていたので、優しく出来ました。

男はやはり痛みを知ることでより優しく出来るのだと嬉しがりました。
その嬉しさも痛みと同様にすぐに治まりました。

次に家族を亡くして悲しむ女性を見つけました。男は自分の家族を殺して、その痛みを知っていたので優しく出来ました。

事故のトラウマに苦しむ男性を見つけました。男は心の痛みがすぐに治るので、トラウマの痛みを知りませんでした。痛みを知らないので、優しく出来ませんでした。

恋人に振られ悲しむ少女を見つけました。その痛みは男も知っていましたが、男にとっては大した痛みではなかったので、大して優しくしませんでした。

男は少女に「あなたに私の痛みは分からない」と怒られました。

男は思ったより上手くいかないことを不思議がりました。

彼は痛みが治らないという痛みを知りませんでした。

彼は痛みの感じ方は人によって違うと知りませんでした。

彼は優しさの本質を知りませんでした。

5歳ほどの幼女が考え込む男に話しかけ、事情を聞きました。

男は自分が全ての痛みを知ったこと、それでも上手くいかないことを話しました。

幼女は聞き終えた後、少し黙っていましたが、男に尋ねました。

「痛みを知らないと優しく出来ないの?」

男は意味が分かりませんでした。
相手の痛みを知ることで、気持ちが分かり、寄り添うことができると信じていました。
しばらくして幼女は親の元へ戻っていきましたが、結局男は幼女の言葉を理解することが出来ませんでした。

男は人が人を完璧に理解することは絶対にないことを知りませんでした。

優しさの本質は相手の気持ちが分からなくても、分かろうとし続ける意志にあることを知りませんでした。

優しさとは絆を結ぼうとする人間の想いの結晶だと知りませんでした。

これらのことを男が知ることは永遠に無いでしょう。

男は不老不死であるが故に、あらゆる出来事を経験を出来ます。

気持ちは出来事から発生します。

男は全ての気持ちを理解出来てしまうのです。正しくは、理解したつもりになってしまうのです。

故に男が人間の気持ちを理解することは絶対にありません。

そして、彼が本当の意味で「人の」痛みを知ることも絶対にありませんでした。

彼はボソボソと呟きました。

「みんなが優しさを受け入れてくれないのはみんなが優しくないからだ。

そうだ。

みんなにも痛みを知って優しくなってもらおう。そうしよう。」

終わり

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