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2018年、春、家族3人。


2018/04/01 熊谷・桜堤へ。
実家から、「4月の最初の日曜、桜見にいくから。帰っておいでー」との連絡。先週寝込んで家のことほとんど何もしてなかったので、どうしようかと思いつつ、家に帰ることにした。

花屋の友人がいること、
その人たちの人柄に惹かれていつしか花を意識してみるようになった。
自然に囲まれているのがすき、今の生活をはじめてより一層そう感じるようになった。
それに、家族で花見をするという時間に、けっこうな憧れ意識があったのだと思う。最近は今でこそ、実家だと外でBBQをする機会もあったが、本当にそれは最近のこと。家でテレビの音を聞いて食事するのでなくて、わいわいがやがやな食卓を囲みたかったのだ。

結果的に、行ってよかった。本当にそう思った。


実家から一般道で1時間半。
葉桜を心配していたけれど、熊谷の桜はそんな心配をもろともせずに雄大に咲いていた。土手に咲く菜の花ももちろん元気。
薄ピンクとさわやかな青空と、元気な黄色と・・・身も心も一気に浄化される気分。
車をとめ、屋台からほど近く、桜と菜の花畑の下の隙間にレジャーシートをしく。大きな荷物(レジャー用の簡易椅子とか)もそこに。

一気に身軽になった私たち3人。ひたすら土手を散策。
どこまでも続いているような菜の花と桜。ただただ楽しい、きれい。

桜堤には運動公園も隣に併設しており、ラグビー場(アメフト?)、ラクロス、ジュニアサッカー、、、年代も性別も様々なアスリートたちが奮闘していた。ラグビーのプレイ風景、初めて見たかも。
彼らのプレイを彩るように、時折桜がふわふわ横切って、それがまたきれい。

桜堤、運動公園、と進むと川がある。荒川。
釣りを楽しむ人もいる。川の近くにも数こそ少ないが、立派な桜が植えられていて、私は川を背景に、その立派な桜を収めたかった。
家族に、あそこの桜撮りたいからいこう、そう声をかえ、土手から降り、運動公園の試合を横目に川沿いへ向かう。

種類が異なるのだろうか、葉桜のものもあれば、まだ若い樹なのか花の数があきらかに少ない桜・・・さまざま。
2つめのラグビー場のちかくに、形の良い桜の樹があった。

手押し車が近くにある。おじいさんが腰を下ろしていた。
お一人かと思ったら、そのおじいさんの足元に犬が丸くなっていた。目を閉じて、うたた寝しているみたい。
その様子に、うれしくなった。



しばらく近くで、写真を撮っていた。
自分の中で、エピソードができたその桜を撮るのは、とても楽しかった。なんともない桜、といってしまえばそれまでだけど、こうして文章に残しているように、写真としてもモノという形で残したかった。


母娘だろうか。2人がその桜に近づいてきて、レジャーシートを広げた。おじいさんのすぐ近く。

おじいさんは、腰を上げ、犬を手繰り寄せた。
犬は、よろよろと歩き出す。足が悪いみたいだ。そんな犬を見守るように、ゆっくりとふたりは桜を後にしていった。

桜の樹の下には、母娘が残った。
父は、「よくあそこでシート敷いたな」といった。


おじいさんと犬に、私は心の中で謝った。二人の時間を荒らしてしまったことに。


そこからまた、さらに先を進む。橋げたをくぐり、先を進む。
途中で桜と菜の花をバックに家族写真を撮った。土手から見下ろすようなかたちでスマホをセットして、10秒タイマーをかけて撮影。そこそこ撮れるけれど、やはり地面が安定しない。
試行錯誤していると、2人の女性が声をかけてくれた。

どこの国の人だろう。英語を話すアジア圏の人ということはわかるけれど。彼女たちは写真撮ってあげますよ、といってくれた。

見ず知らずの方に撮ってもらう、ちょっと固い感じにはなったけれど なんだかいい感じの写真を撮ってもらった。

ありがとう。お礼に写真、私も撮りましょうか?そう申し出たけれど、私たちは大丈夫!ありがと!とふたりは去っていった。


そこからまた歩き、ほどなくして菜の畑の区切りが見えた。
もうしばらく先に行くと、菜の花畑がまた続いているのが見えたが、とりあえシートを敷いているポイントまで戻り、お昼を食べることに。

ポイントまでの帰りは、土手とは反対側の、民家と桜の樹の間の道を通ることにした。

立派な民家が続いている。車に桜の花びらがついてきれいだけれど、あのまま桜がついたままにしてたら、車洗うの大変だな、そう父は言う。


屋上がある家、ウッドデッキ(おそらくお手製)がある家、暖炉があるのだろう、煙突がある家も2件ほど見えた。
桜の真下を歩いているからか、さっきよりも桜吹雪を感じる。


写真を撮っていたら、次第に父と母と離れ、一人写真に没頭していた。
ユキヤナギ、チューリップ、スイセン・・・紫のこのはなは何だろう、名前はわからないけれどきれいな花。足元にちりばめられた道路にこびりつく花びらでさえも、絵になる。カーブミラー越しの桜。それもまた美しい。



突き進んでいると、土手への階段の足元に母が見込んでいた。
おばさんと話しているみたい。二人の間には、小さな茶色のトイプードルがいた。

おばさんは、子供が飼っているというその犬を預かっているそうで。
近づいてしゃがむと私の足元に顔をうずめてきた。すっごうくんくんしている。臭いで相手を知ろうとしているのか。
シュウちゃん、という雄犬らしい。おばさんに断りを入れ、写真を撮らせていただいた。

おばさんと、トイプードルのシュウちゃん。

しばらくシュウちゃんと戯れ、ふたりにあいさつして別れた。

はる、犬触りたいかと思って、声かけてみた。
そう、母は言う。母は、こういう面では私よりすんなりほかの人に声をかけている印象。私は結構しり込みしてしまう。
くるくるふわふわのくせっ毛 シュウちゃんの毛並みはあったかった。


そんな寄り道をして、父がいるシートのところへ。すでにチューハイを開けている。

3人で屋台を散策へ。一通り見た後、3人それぞれ手分けして屋台の列へ。
母は大判焼き3つ
父は牛串焼き3つ、
私は、焼きそば2つ。(お箸は3膳頂いた)


いざ、シートに戻って乾杯。
牛串焼きは、思いのほかやわらかかった。3人で分けっこしての食事。たのしい。
桜の花がぶわ、っとふぶいた。歓声が上がった。
焼きそばに花びらが落ちた。きれい。
父に焼きそば1つ、母と私で焼きそばを分けっこしていたら、「俺、焼きそば1つ無理だから、シェアしよう、シェア~~」という。
どうやら、シェアという言葉を使いたかったらしい。笑

父はしょっちゅう言う。
俺、桜すきだけど、散っているところが一番好きだからちょうどよかった


こんなに花吹雪が舞っているのに、頭上の桜は全然葉桜なんかじゃなくて、とても元気で。
いつ死んじゃうかわかんねーから、やりたいことやらないと、

これも父の口癖。

花が舞う中、そんなことをいう父に、縁起でもないけれど このまま昇天でもされたらたまらないな、そう思った。
「昭和落語心中」の最期みたいな。(良いシーンだけれど、まだ早い)

桜の下、
わいわいとした食事、
レジャーシート、
人数分の椅子。(私用の椅子は母が昨日、購入しておいてくれたそうな。ありがとう。)
幸せな気持ちになった。


なんで、ひとは桜の下で宴会することを花見、というのだろう。
紅葉を見に行ったりするけれど、その下でシートひいて見るっていうのはあんまりないよね。最近、友人とそんな話をした。

このうららかな、春の陽気が人の気持ちを高まらせるんだろうなぁ
舞い散る桜の花びらを見て、改めてそう感じる

もう4月。だけど今年の桜は、早かった。


父が引退後の話をする。
トラックか何かを改装して、キャンピングカーを作り、桜前線に沿って北上、最終的に北海道を一周する。ということ。

昔は2人乗りの予定だから、
おはるは来たかったら自力で、ということを言われていたけれど、
最近は
旦那と4人でいけるようにしてもいいかもな、なんて言う。(私はいまだ独り身ですが)

自然と共に生きる、そんな暮らしをしてその季節の移り変わりを誰かと共有する、それってとても喜ばしい。そんな生き方もいいなと思う。


母と二人、散歩した。
最近のこと、ぽろぽろと話した。


『眉山』を読んだせいか、なんだかとても胸の中がきゅっとするのを感じる。
小説はもっぱら、ミステリー専門な私だけれど 急に家族ものが読みたくなる時がある。それが今だった。さだまさしの『解夏』がすきなので、まだ未読だった『眉山』を読んだのだ。

お涙頂戴、病気モノ、そういう感じのはさほど好まない。だけど人の生き方を感じられる書き方、おはなしはすき。


帰り、私は実家までいかずに途中の駅で降ろしてもらって、そこから今住んでいるところまで帰ることに。ちょっと名残惜しい。ひとりでいることはすきだが、祭りの後の静けさは、ちょっと寂しい。

電車に乗る。乗って早々、屋台で帰り際に買ってもらって持たせてもらったビニール袋入りのまんじゅうがないことに気づく。おそらく駅のトイレだ。そこまで持っていた記憶はしっかりある。次の停車まであと10分。停車駅について 引き返す電車が到着するまであと10分。そこからまた10分かけてトンボ帰り。30分後、スタート地点に戻ったが、ビニール袋はどこにもなかった。

清掃のおじさんや駅員さんに聞いてみても、わからなかった。ただ、駅のトイレのごみはさっきと異なり、きれいになっていた。


母に連絡。ごめん、と。
そしたら、「また今度、おいしいもの買ってあげるね」「気にしすぎないで」


そう返事が来た。


なんだろう、なんかいろいろと泣けてきた。


何かを買ってほしい、たかりたい、そういうわけじゃないけど、人からもらったものをこうも失ってしまったことがとてもむなしかった。
それでも、こんな風に言葉をもらえる。『眉山』の母が目に浮かぶ。


親が生きているうちに孝行していたんじゃあ遅い、
親が元気なうちに孝行しなきゃ、
『眉山』の一説。

その言葉が、いままさに刺さる。


父57歳(5月で58になる)
母56歳
わたし、27歳。
2018年、春の一コマ。


そういえば、先日の母からのLINEで
はるの好きなところに、住んでいいんだからね、という言葉があった。


なんだかんだ保守的に私には、今後自分がそこでなにをしている、というビジョンははっきりしていない。ずっと変わらないし、変えないのかもしれない。

でもいずれ、選択するだろうし、
選択せざる得ない時も来るはずだ。そして、たとえ一人だとしても、一人の人生じゃない、そんな生き方をしたい そんなことを漠然と思う。


だいすきな作家 岡田淳の『ユメミザクラの木の下で』
急に読みたくなってきた。
マイベストはやはり、『はじまりの樹の神話』だけど、ほかの作品ももちろんだいすきで。主人公がホタルに寄せる信頼が、相手とのかかわりかた、成長が、シリーズ通して感じられるのがすきで。


この何とも言えないきもちは、ユメミザクラのようだな、なんて思うんだ


#日記 #家族 #桜 #ユメミザクラ #将来 #夢


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