朝のキャッチボール
目をこすりながら
パタン、パタンとスリッパを鳴らす。
階段を降りてすぐの姿見には、
穏やかなライオンのような
たてがみがなびく
出で立ちの私。
キッチンで忙しなく
出勤までの支度をする貴方。
「おはよう」
というと
「おはよ」
と返してくれる。
傍に行って顔をじぃっと見つめる。
わざと変な顔をしてみせ、
貴方は軽口をたたく。
「顔、ひかってんぞ。ピカピカ」
寝ている間に、
誰に頼まれるわけでもなく、
私の細胞達が、
健気に生み出した脂のことか。
「艶がある、っていってよ」
貴方は顔を斜めに、短くフッと息を吐き、
「大層な言い方しますなぁ。10年前の自分がないてるよ」
そうかなぁ?
鏡で自分の顔を見てみる。
何故か今日は、目が澄んで見える。
え、可愛いじゃん。
「味が出てきたでしょ」
「いや、革製品か」
間髪なく帰ってくる言葉に、貴方の利発さが現れる。
あははと笑いながら、
汗ばんだ背中に手を触れる。
「はい、5000円」
「なんでよ?」
「触ったから。一回5000円っていってるじゃん」
「むー」
口を尖らせる私に構わず、
通勤リュックに水筒をしまう貴方。
「ねぇ、貴方は、10年前の自分が見たら、
こんなに肉体改造されてて、きっとびっくりするね」
「そりゃあびっくりするだろうな。こんなんなるって思わなかっただろうな」
急に手を止め、
鏡に自分の筋肉を写し、
筋肉の流動と緊張を確かめる。
「あんたは、大きくなったな
横にも縦にも」
「えっ、そんな変わってないでしょ、体型は」
「いや、そう思っとけよ」
昨日、10年前の私たちから手紙を受け取った──。
書いたことなんて、当の本人達はすっかり忘れていた。
『過去から未来への、プレゼント』
それを2人で
ワクワクして受け取った。
◆10年前の未来予想図◆
私達は、子どもを授かった
──[当たり]
私達は、幸せな時間を過ごしている
──[当たり]
手紙には、どうして貴方と結婚するのか
その理由が書いてあった。
『何事にも一生懸命で、努力する姿が一番好き』
『いつでも笑い合える。辛いときも、苦しいときも、激励し合える。一緒に高め合えると思ったから』
10年前の私へ。
この人と出会い、結婚する道を歩んでくれて、ありがとう。
最高の選択をありがとう。
貴方の思い描いた未来は、
その通りになっているよ。
私は、彼の隣で笑っていて。
朝から軽くキャッチボールし、
笑い合い、
お互いの心をほぐしているんだ。
10年前のあなたが、
10年後の私を描いてくれたから、
今の"私"がいるんだね。
「未来」ができて、
そして
そこから階段が降りていったんだ。
一段、一段、
登っていったら
登り始めた時のことを忘れるくらい
今、自然に、ここに、在る。
あの時、手紙を書いてくれてありがとう。
時空を超えた、
あの日の私に
感謝を手向ける。
この「今の想い」が
あの時の貴方に、
そうさせたのだとしたら──。
──そういえば、
あの時、あの貴方の地元のお祭りで、
何故かふと「10年後の自分へ手紙をかこう」という、のぼり旗が目に留まり、
早歩きな貴方の手を引いて、足を止めた。
どうしても、あの時、書きたくなった。
「いっしょに書こうよ」
そう、貴方に声をかけた光景が蘇ってきた。
「未来が、
過去からの時間の流れをつくっている」
そう思わずには
いられない。
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