見出し画像

バスケ物語 ep.6

 西桜ボールで後半がスタートした。平岡が運んで、前を走る佐々井に判断良くパスした。佐々井も迷わず、スリーポイントシュートを放った。そして、ネットを揺らす心地良い音を鳴らした。
 西桜9―44山茶花
 山茶花ボールでリスタート。コートの外から松本が松下に投げた。ここで上手く気配を消していた佐々井がパスコースに現れ、カットした。ドリブルして、わざわざスリーポイントラインまでさがり、そっからシュートを放った。一瞬のプレーだったが、佐々井にとっては落ち着ける間があったようだ。見事に決めた。
 西桜12―44山茶花
 山茶花の反撃。ボールを運んできた松本から林にボールが渡った。林はシュートフェイクで佐々井をかわし、カバーに入ろうと平岡が立ち塞がったが、マークが外れてフリーになった李にパスされ、点を取られた。
 西桜12―46山茶花
「くっそ」
 平岡が悔しそうに声を漏らした。
「ドンマイ、切り替えていこう」
 村瀬が明るい調子で手を叩いた。

 前半よりは格段に西桜の勢いが増していた。それに二点取られても、三点取り続けていけば差は絶対に縮まっていく。願望的な話だけど。
 長谷部がドリブルで仕掛けて、適当なタイミングで宮尾に預けた。宮尾はすぐにシュートを放った。だが、リングに当たって外れた。
 幸いにもこのリバウンドは平岡が捕って、シュートを決めた。
 西桜14―46山茶花
「サンキュ、シンジ」
「次は入れろよ」
 宮尾と平岡がハイタッチを交わした。
「ゾーンプレス!」
 村瀬の指示で宮尾と長谷部、佐々井の三人が相手からボールがスタートするタイミングで前に出た。
 ゾーンプレスとは、攻撃の前線と守備の最終ラインの間隔をつめ、相手を囲い込むようにしてプレッシャーを与える戦法のことである。要するに、前に出て相手からボールを奪うわけだ。
 囲まれた松下の苦し紛れのパスを宮尾がカットし、少しさがってスリーを打った。
 また外してしまった。リバウンドを長谷部が捕って、後ろの佐々井にパス。ここでもスリーポイントシュートが出た。今はひたすらスリー。
 そのボールは、きれいな弧を描いてゴールに吸い込まれた。
 西桜17―46山茶花
「ゾーンプレス!」
 再び同じ三人が前に出た。ひたすらプレッシャーをかけて、ボールを奪えばいい。
 今度は佐々井がカットして、ディフェンスを引きつけて、ギリギリのタイミングで宮尾にパスを出した。宮尾は佐々井が身を挺して渡してくれたボールに信頼を感じた。それに応えたかったが、みたび外してしまった。
 松本が捕って、前にいる林にロングパス。
 それを読んでいた村瀬が華麗にパスカットし、長谷部に繋いだ。長谷部は佐々井に渡す振りをして中に切り込み、松下を抜いてレイアップシュート。
 西桜19―46山茶花
 じわじわと追い上げてきた。何より相手の攻撃を完全に封じているのが大きい。しかし、前半で生じた差が大き過ぎた。
「ゾーンプレス!」
 また前に出た。だが今度はロングパスを許してしまい、二点奪われた。

 西桜19―48山茶花
 ここで西桜はタイムアウトをとった。いったんベンチに下がる。
 残り時間はあと三分。さすがに、もう逆転できない。
「――ここまでだな。全員、交代だ。香村、持田、岩田、矢部、長島、用意しろ」
「はい」
 村瀬も不本意そうだが、試合を諦めたようだった。
 それにしても、練習試合で救われた。負けたとはいえ課題を浮き彫りにしてくれたし、これは本番に繋がる。
 やがて試合終了の笛が鳴った。23―50、ダブルスコアという屈辱的な敗戦となった。


 試合の日は疲れも考慮してすぐに解散した。次の日は学校が休みだったが、学校で集まって反省会を開いた。西桜の弱い点をとことん突き詰めた。
 リバウンドが弱いことは分かっていた。それを改善させることは大事なことなのは間違いない。そして、それも相まってディフェンスが弱いのは、何とかできる道があると村瀬が言った。
「中が弱いのなら、相手を入れさせないようにすればいい」
「つまり?」
 佐々井が聞き返した。
「ゾーンディフェンスですか?」
 村瀬が言う前に、宮尾が口を開いた。村瀬は頷いた。
「その通り。いつもはマークを決めて、人に対してディフェンスを敷いていたが、これからはゾーンを決めて、場所を守る」
 ゾーンディフェンスを説明すると、ゴール下の台形を五人で守るため、それぞれの守備担当場所を決めておき、協力する防御法のことをいう。長所は中に敵の侵入を許しにくくなり、リバウンドを争わずに捕れること。一方で短所は、外からのシュートが防ぎにくくなる。とはいえ西桜には、ゾーンの方が向いているのかもしれない。
 これからの練習でゾーンディフェンスを試していき、大会に間に合わせることに決まった。


 その日の夜、宮尾は小腹が空いてコンビニに行った。
 すっかり暑くなった外の空気を感じつつ歩き、コンビニに着いて、人間の営みの素晴らしさと恐ろしさを胸に抱いた。まるで違う世界に一瞬でワープしたみたいだ。
 おにぎりとスポーツドリンクを買って外に出ようとしたら、ちょうど入口の所で尾崎と鉢合わせになった。
「あれ、尾崎じゃん」

 尾崎は短パンにTシャツ一枚という、カジュアルな格好だった。
「宮尾やん。偶然やね」
 目を丸くしていたのが、嬉しそうな笑顔に変わった。
「何しに来た? おれは夜食ね」
 買った物を見せながら尋ねた。
「雑誌、買いに来た」
 入口で立ち止まって話をしていたため、自動ドアが開いた状態が続いていた。それを嫌そうに見てくる店員の視線を感じ、「ほな、買ってくるわ」尾崎は中に入った。入れ違いで宮尾は外に出て、待っていることにした。
 やがて尾崎は手ぶらで出てきた。宮尾を認めると驚きの声を上げた。
「うそ、待っとったん? ――ああ、雑誌は欲しいのがなかったんや」
 二人は並んで歩き出した。

「信じとるから」
 いきなり、そう告げられた。
「私、今年こそ西桜が全国に行けるって、宮尾が連れて行ってくれるって、信じとるからな」
 宮尾は冗談にしたくて笑ったが、尾崎の目が真剣なことに気付いた。言おうとした「無理だろ」という言葉は、喉の手前ですごすごと引き下がった。
「まかせとけ」
 宮尾はなるべく真剣な声音になるように言った。
「おれが連れて行ってやるよ」
 誰もが夢に見、それに向かって努力する。汗を流す。筋肉が悲鳴を上げるまで、精神の限界を認めるまで。
 簡単な道のりではない。でも宮尾は目指そうと決めた。大好きなバスケで本気になって、頂点を見ることにした。


     八


「お前、枕持ってくんなよ」
 夏休み初日から五日間の予定で合宿がスタートする。場所はいつもと同じ学校。でも、家には帰らない。共に食し、共に臥す。そうすることで結束を高めることが狙いだ。
 というのは表向きで、部長の村瀬をはじめ誰もが合宿という魔法のような言葉を聞くと、甘酸っぱい匂いを感じる。高校生の合宿は、たとえどんなに練習がきつくても、必ず良い思い出になるものだ、と不思議と信じている。
「おれ、枕が変わると眠れないんだよね」
 平岡が笑顔で答えた。そこで笑顔になられても、と宮尾は苦笑した。
 たまたま道すがら、二人は出会い、一緒に学校まで行くことになった。宮尾は最低限の荷物を背負って。平岡は枕を抱えて。
 学校に着くと、ほとんどの部員が揃っていた。その表情は、いつもよりも心なしか明るい。これも今日が終わる頃には、疲れ切った表情に変わるだろう。
 少しして、全員が揃った。村瀬が合宿にも来ていない与謝野の代わりに責任者となるため、練習の前に注意事項を簡単に読み上げた。
 終わると練習が始まった。午前中はいつもの基本メニューを時間かけてじっくりやり、午後は紅白戦を行う。
 ひたすら、基本的なことをした。ドリブル、パス、シュート、リバウンド、オフェンス、ディフェンス。強い高校ほど基本に忠実だし、基本を疎かにしている高校は弱い高校とイコールで繋ぐことができる。
 休憩時間をあまり取らず、集中して黙々とただバスケットボールを扱い続けた。
 季節は夏。蒸し暑い体育館は、吹き抜けで風通しが良いが、激しい運動をしている彼らの体力を容赦なく奪っていく。汗はとめどなく流れ落ち、時たま疲れに顔をしかめた。
 マネージャーの二人は、そんな彼らに飲み物やタオルを差し出し、見守っていた。去年も見ている尾崎はともかく、星野はその光景に圧倒された。――私が逃げた世界だ、と心の中で呟いていた。


 午前の練習が終わり、昼食の時間だが、その前に部屋を決めることにした。
「部屋は学習室に畳を敷いてもらったもので、一部屋二人だ。自由に組んでいいぞ」
 村瀬が説明すると、平岡が手を上げた。
「じゃあ、女子と組んでもいいんですか?」
 笑いが起こった。村瀬は平岡の頭をはたいた。
「ちなみに、組むとしたらどっちにするんだ?」
 佐々井が平岡の隣に行って尋ねた。
「調子に乗るな、佐々井。お前の部屋なしにするぞ」
「えー、そりゃきつい。村瀬、組もうぜ」
 三年二人は順当に同部屋になった。
 結局、平岡は宮尾と組み、女子二人は二人で組んだ。


 昼食も終えると、午後の練習に移る。午後はミニゲームをいつもより多くやる。
「最初は三年と一年対二年でやってみよう」
「えー、マジすか」
 思わず長谷部が声を上げた。しかし宮尾は、意外といい勝負になるのではないかと思っていた。三年は村瀬と佐々井を擁するが、平岡と長谷部、宮尾のスタメン三人組で充分、対抗できると思った。
 三・一年チームは村瀬・佐々井・香村・矢部・長島の五人。二年チームは宮尾・平岡・長谷部・岩田・持田の五人。交代メンバーはなし。審判は尾崎。
 宮尾と佐々井のジャンプボールで試合が始まった。村瀬が捕って、そのままスピードあるドリブルでゴールまで一直線。レイアップで軽やかに決めた。
 0―2
 宮尾は相手のディフェンスが戻らないうちに速攻を仕掛け、香村と矢部を抜いて、佐々井と一対一になった。両手で持って、シュートにいくと見せかけて、ゴール下の平岡にパス。平岡は的確に入れた。
 2―2
 相手の反撃。村瀬が歩きながらボールをつく。
「ゾーンディフェンス!」
 宮尾が叫んだ。新たに西桜でやろうと言っていたものを、二年で試してみようと思ったからだった。中を固めた。
 引き換えに外が甘くなる。佐々井にフリーでスリーを決められた。
 2―5
 宮尾がボールを運ぶ。一人で敵陣まで上がって、シュートの構えを見せた。長島が引っかかって、それを防ぎに来る。それによって空いたスペースにボールを投げ、拾った長谷部がゴールに沈めた。
 4―5
 守備に戻ろうと相手ゴールに背中を向けたら、岩田が歓声を上げた。何が起こったのかと振り向くと、平岡がシュートを決めていた。パスカットしたらしい。
「ナイス、シンジ」
 宮尾が声をかけると、平岡は親指を立てて応えた。
 

 村瀬が来た。宮尾がその正面に立った。しばらくはその隙を窺がっているようだったが、両手に持ち替えた。
「パスだ!」
 宮尾が叫ぶと、長谷部と持田が同時に佐々井についてしまった。村瀬は冷静に判断し、フリーの香村にパス。香村は宮尾のプッシングに遭いながらもシュートした。
「ファール宮尾。バスケットカウントワンスロー」
 審判の尾崎が告げた。バスケ経験が長いため、見逃してはくれない。
 香村のフリースロー一本、入った。これで合計三点、相手に加わる。
 6―8


 その後は、守備に難がある西桜の部内戦だけに点の取り合いになった。前半終わって、60―64というハイペース。
 ハーフタイムをいつもより長く取って、意見のぶつけ合いを兼ねて休憩した後、試合を再開した。
 しかし後半八分で宮尾が5ファウルとなり、ミニゲームだが罰として退場。十三分に膝に違和感を訴えた矢部もゲームから抜け、四人同士で試合は続行した。
 宮尾はそれを悔しそうに見つめていた。見ているだけじゃ、面白くない。不用意になっていた自分が歯がゆい。次から気をつけないと。
 ファウルでスタメンの五人が一人でも欠けると、選手層の薄い西桜は強豪校と渡り合えなくなる。余剰な意識で動きが小さくなるのは良くないが、欠かせないプレーヤーとしての自覚と責任を持ってやらなければ。
 試合終了の笛が鳴る。92―128で三・一年チームの勝利。前半は接戦だったが、宮尾が抜けた後半は少し差が開いた。


 その日の夜は誰もが泥のように眠った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?