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異世界転生‐男の娘/僕はこの世界でどう生きるか 58-60

 58 いったん退却

 タバサが僕の背中に捕まり、そのタバサの両足にリズとリリーが抱き着く形になった。
 僕は彼らを連れて空中に舞い上がる。
 再び大炎球が襲い掛かってくる。直径5メートルくらいのオレンジ色の炎の塊だ。
 高熱の熱波が肌にチリチリする。

 すれすれの所でそれをよけながら、僕は高度を上げていった。
 空中に逃げてしまえば、敵には追いかけてくる方法はないようだ。
 僕らはロリテッドに戻ることにした。

 標高2500メートルほどの寺院から約2000メートルほど下りるだけだから、さっきよりは楽なはずなのになんだかみんなの重さを感じてきた。
 さっきなんか仲間の体重にプラスして100キログラムほどの丸太まで担いで飛んでいたのに。
 これは燃料切れだ。今では高度を上げるのが難しくて、グライダーで滑空しているのに似た状態なのだ。

「皆さんすいません。そろそろ燃料切れの様です」
 僕が皆にそう伝えたのは、深い谷を横切る途中だった。
 その先の険しい山を越えるのは無理のようだ。

「なんだ。もうカル‐エルの能力終わりなのか」
 リリーの不満そうな声。

「あんだけ何度もメスイキしておきながら、って感じね。せめて一日くらい持てばいいのに」  今度はリズの声。確かに、自分でもそう思ってしまう。

「ならば……、あの池のほとりに降りるがよいぞ。あそこからなら近道があったはずじゃ」
 僕に抱きかかえられているロイナース師が震える指で右下をさした。
岩山の中にそこだけ樹木の生えたちょっとしたオアシスがぽつんとあった。

 あれは確か、春の妖精の池だ。ゲーム内ではそうだった。
 でも、この世界で同じなのかは、だんだん怪しくなってきている。
 聖賢者の洞窟も全然違うやつが住んでいたし。
 ゲーム内での知識はだんだん役に立たなくなってきてるみたいだ。

 重さを感じて腕がだるくなりながらも、僕はその場所にゆっくりと着陸した。
 雪にまみれた岩山から草木の生えた池のほとりに降りてきて、真っ先に草の匂いを感じてほっとした。
 骸骨兵がうじゃうじゃいて強力な死霊魔導士が四人もいた、あの危険な寺院から脱出できたのだ。
 ゲームの世界ならおなじみの状況だったけど、いざ現実となると怖気をふるってしまう。
 
 池の周りには名前も知らない花が咲き、赤や黄色に周囲を彩っている。
 上空の寺院は悪魔の巣喰う地獄のようになっているのに、ここは天使でも住んでいるみたいだ。

「近道はどこ?」
 タバサがロイナース師に訊いた。
 こっちだ、と言ってロイナース師がよろめきながら池の裏側の岩壁の方に案内する。

「ここからロリテッドの方に降りる洞窟につながっているのだ。入り口が狭くなっているがな」
 ロイナース師の指さす穴は狭く、四つん這いにならないと入っていけないほどだった。
 じゃあ俺が先に行くぞ、とリリーが言って入り込む。
 すぐにリズ、タバサと続いた。
 そして僕もそれに続く。
 狭い穴倉は次第に広くなってやがて立てるくらいの洞窟になった。
 真っ暗な中、僕は腰に付けたランタンに火をともした。
 周囲が明るくなるとわかったが、奥の方に続く道はどこにも見えなかった。
 直径5メートルくらいの球形の空間があるだけだ。

 おかしいな、ロイナース師の勘違いだったかな。
 入ってきた穴を振り返るがまだロイナース師は来ない。
 腰が痛くてうまく進めないのかな。

 僕はしゃがんで穴を覗いてみた。
 奥の方の明るくなった部分、向こうの出口がじんわりと暗くなる。
「え、ロイナースさん大丈夫ですか?」
 僕が叫ぶが返事はない。

 穴倉に少し入り込んで様子を見ると、出口は岩で閉ざされていた。

「どういうこと? あいつ裏切ったの?」
 状況を皆に説明すると、タバサが不信の声を上げた。 
「これまでずっと協力的だったのに? というか、紅の触手を倒すのは彼の目的だったんじゃない。こっちが協力してる立場なのに、どうしてこうなるんだろう」
 今度はリズが言う。確かにその通りだ。
 今更僕らの敵に回る理由がないと思う。

「もしかしたら、さっきの戦闘で精神操作されてしまったのかもしれません。だって、ロイナース師と同等の魔導士が四人もいたんだから。数の力でそうなっても仕方ないですよ」
 考えられるのはこれくらいかなと思って僕は言った。
 彼のことを悪く思いたくなかったのだ。 
 お尻に精ももらったし。お尻を抱かれると、なんとなくその人が好きになってしまうようだ。

「でも、だったらどうする? 結局閉じ込められて、此処から出られないんだよな」
 リリーがぶすっと言う。
「超人の力でこの洞窟の壁吹き飛ばすとかできないの?」
 今度はタバサが僕に聞いてきた。

「いや、完全な状態だったらできるかもしれないけど、もう超人の力はあんまりないし、下手なことをしたら洞窟が崩れて全滅ですよ」
 僕がそう言うと、皆は腕を組んで困った顔をした。

「でも、敵はどういうつもりなんだろうね。ロイナース師はやろうと思えばこの洞窟を破壊して私たち皆殺しにすることも出来たわけでしょ」
 リズが疑問を発言した。

「いや、それ今からするのかもしれないし……」
 リリーがぞっとするようなことを言う。

 でも、僕にはそういう危険性は感じられなかった。
 まだロイナース師から授かった魔導士の能力はなくなっていないのだ。
 ロイナース師よりは弱いから、彼がロックをかけた洞窟を出ることはできないけど、彼の動きはなんとなくわかる。
 彼の魔力はこの洞窟をロックすることだけに使われているようだった。


 59 捕らわれの身

 洞窟に閉じ込められて、一時間ほどが過ぎていた。
 その間、僕らはじたばたしても始まらないので、干し肉とパンで栄養補給をしていた。
 幸い、奥の方の亀裂にはじんわりときれいな水も流れていて、のどの渇きもいやされた。

「この洞窟ってまるで牢獄の様だな。隙間から空気も流れているみたいだし」
 リリーの言うことは僕も思っていた。
 ロイナース師がこの洞窟のことを知っていたのか、それともロイナース師を精神操作した魔導師が知っていたのか。
 でも、それはどっちにしても大した問題じゃなさそうだ。

「外で足音がするよ」
 壁に耳を当てて警戒していたリズが言った。
 追手がようやく辿り着いたのだろうか。

 僕は出口に通じる穴を覗いてみる。
 奥の方の岩が動いて、明かりが見えた。

「中の者、聞こえるか?」
 外からいきなり呼びかけられた。
 声の主は、一瞬ロイナース師かと思ったけど、そうじゃなさそうだった。

「聞こえてますよ」
 僕は穴の奥に向かって叫ぶ。

「お前たちの中に、男の娘サキュバスがいるだろう。そいつだけを穴から出せ」
 感情の感じられない、無機質な声がそう言った。
「どうしてですか? 全員を解放してください。そうでないと僕は出ていきません」
 すぐにそう答える。

 しばらく間が空いて、今度はロイナース師の声が言った。
「とりあえず言われたとおりにしてくれ。他の仲間に危害は加えないはずだから」

 僕は後ろにいる仲間たちを見る。
 皆、うなずいていた。
「俺たちの事はどうにかするから、行ってみろ。このまま此処に閉じこもっていても、また熱波の術なんかやられたらどうしようもないしな」
 リリーが言う。

 しかたない。僕は穴倉を四つん這いで進んで外に出た。
 リリーたちのことも気がかりだけど、今は敵の言うことを聞く以外にできる事はないみたいだ。
 まぶしさに目を半分閉じたまま僕は立ち上がった。
 傍には頭に袋をかぶせられている男が膝まづいていた。
 後ろ手に縛られている彼は、服装からするとロイナース師の様だった。

「すまん。わしとしたことが面目ない」
 魔封の袋の中から、彼はそう言った。やはり精神操作されていたのだろう。
 僕は返す言葉が思いつかずに、大丈夫ですとひと言答えた。
 
 追手は骸骨兵が10体と黒いローブを羽織った魔導士が二人だった。
 魔導士はもともとロイナース師の仲間だったのだろう。
 着ているローブのデザインとかが似ていた。
 その二人のうちの一人が僕の前に出てきた。
 骸骨のように痩せた顔つきだけど、目だけはらんらんと赤く燃えるように光っていた。

「お前が男の娘サキュバスか。尻を見せて見ろ」
 低い無表情な声がその男の口からでた。

 彼に背を向けて、僕は前かがみになるとローブを捲り上げて見せる。
 魔導士の手が伸びて、僕の尻たぶをグイッと開いた。
 相手は人外のものといえども羞恥を感じてしまう。

「ふん、淫乱なケツ穴だ。四六時中魔力を放出しておるな」
 機械のように感情のなかったその男に、少しだけ感情が見えた気がした。
 
「こいつを寺院に連れていけ」
 彼は骸骨兵にそう命令すると、ロイナース師に顔を向けた。

「ロイナースよ、お前は洞窟内の者たちを連れて町へ帰れ。ダイナロスの目的は、このサキュバスを捕らえることで果たせた。紅の触手は鎮まり、自分の世界に帰るだろう」
「ちょっと待て。ガイルズ師よ、ダイナロスとは何だ?」
 まだ袋をかぶったままのロイナース師が訊いた。
「ダイナロスとは、異世界の神だ。彼は紅の触手を抑えるために男の娘サキュバスを探しに来ていたのだ」
「なんと。では紅の触手とダイナロスは別なのか?」
「全く別物というわけではない。紅の触手はダイナロスの中に生まれた異物、人間で言えば癌細胞のようなものだ」
 ガイルズはそこまで言うと、ではいくぞと僕の方を向いた。

「ジュンをどうするのだ」
 追いかけるようにロイナース師が叫んだ。
「このサキュバスを生贄にささげることで、紅の触手を鎮めることができる」
 ガイルズはロイナースに背を向けたままそう言うと、僕の背中を押した。

 このガイルズ師、ロイナース師の話では一度紅の触手に殺されて死霊転生の術で召喚されてきたという事だと思っていたけど、紅の触手の手先じゃなかったのか。

 それに、ダイナロスという異界の神のしもべというよりも、この世界を破滅させないためにはそうする以外にないようなニュアンスを、その言葉から感じられる。
 もしかして、少しずつ人間性を、自分自身を取り戻しつつあるのではいのかな。
 
 僕は骸骨兵に両手を縛られて、険しい岩山を上らされた。空中浮遊で降りてきた1000メートルほどの標高をこれから登らされるのだ。
 紅の触手の生贄にされることよりも、今は一歩一歩登っていく危険な雪山登山の方が憂鬱だった。


 60 雪山登山中に

「紅の触手を鎮めるのに、他に方法はないのですか?」
 崖っぷちの細い道を過ぎて、ロリテッドからの階段の道に出たところで、僕は前を歩くガイルズ師に聞いてみた。
 寒くて震えている僕を見て、彼は温暖魔法の泡で包んでくれた。
 
「そんなものがあれば苦労はしなかったが……」
 ガイルズ師は語尾を濁しながらそう答えた。
 死霊転生で生き返った彼でも、苦労を感じていたのか。
 最初に寺院で見た時は、人間の心なんてどこにもない妖怪に見えたのに。
 寺院を離れたことで、少しだけダイナロスの魔の拘束が弱くなっているのかも。
 春の妖精の池に来ていたもう一人の魔導士らは、ロイナース師たちをロリテッドに戻らせるのに同行していて、今は骸骨兵五体とガイルズ師が僕を連行している状況だった。

「でも、ロイナース師が見つけた本には、大昔その触手の侵略を防いだフリーマン大師の話がありましたよ。封印魔法のこともロイナース師は思い当たることがあると言っていたし」
「そのことは私も知っている。まだ死ぬ前、紅の触手を封じる方法を必死で探しまわったからな。しかし、あの記録は役に立たなかった。あの伝説に出てくる触手は今回の魔物の事ではなかったのだ」
「封印の魔法を使ってみたのですか?」
 もし使ったのなら、ロイナース師がそれを知らなかったのはおかしい。
「もちろん使った。しかし効かなかったのだ。ロイナース師はその時のことは知らなかったのだろう。敵の攻撃を受けて怪我をして前線を一時引いていたからな」
 そういう事だったのか。
 では封印魔法には期待できないな。

「結局、僕たちをこの世界に召喚したのは、ダイナロスなんですか?」
 今のうちに疑問に思ったことを全部聞いておこう。
「ダイナロスと紅の触手が、それぞれの目的のために召喚しているのだ。紅の触手は自らを自由にしてくれるものを、ダイナロスは紅の触手を静める目的に沿うものを。ダイナロスは知性的な存在だが、紅の触手はそうではない。だからこの世界に害しかないような病原体なども引き込んでしまっているのだ」
 なるほど、高原の村のペストは紅の触手が召喚した物だったわけだ。
 だったら、僕らとダイナロスの目的は、紅の触手を封印するという点で一致しているわけだ。

「僕らの目的は紅の触手を封印することでした。あなたも同じなら仲間っていう事でしょ」
 僕が言うと、彼はやっと振り向いて僕を見つめてくれた。
「そういうことになる。しかし、おまえを生贄にする以外にないのだ」
 そう言っている彼の表情に苦いものが見て取れた。

「生贄というのは、具体的にどういったことなんでしょうか」
 遠く上方に寺院が見えてきた。
 彼とじっくり話ができるのはこれが最後かもしれない。

「おまえを紅の触手と交配させる。男の娘サキュバスの精力で紅の触手は若返り、異物としての存在から正常なダイナロスの一部に変化し治癒するのだ」
 交配ってエッチの事かな。だったら、僕の得意技じゃないか。
「なんだ。そんなことなら喜んで協力しますよ」
 僕はホッとしながら言うが、彼の苦い表情は変わらなかった。

「普通の人間とのセックスとは違うのだ。お前の精力から生命力まですべてを吸い取られる。生きて交配を終えることはまずないだろう」
「では、僕はそこで死ぬのですね」
 ショックな事だったけど、この世界に転生して来た時僕はこれは夢だと思っていた。その夢が終わるだけだと考えれば、怖いこともないように思える。
「落ち着いているな。泣きわめいて逃げだすかと思ったが」
 ガイルズ師は僕に同情してくれているのだろうか。
  
「僕の能力が低いから生命力まで全部捧げないといけないというのなら、僕の能力がアップすればいいという事にならないでしょうか」
 僕はふと思いついたことを言ってみた。

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