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異世界転生-男の娘2/僕とリリーの奇妙な関係 16-18

 16 変質する前世 

 
 目が覚めると同時に、僕は奇妙な感覚にとらわれていた。
 カルビン司教が用意してくれた小綺麗な部屋のベッドで体を起こして、夢の中で見た出来事を反芻してみるが、どうしてもあれが前世の記憶とは思えない。
 まるで眠っている間は別の世界で生きているような感覚だった。
 いや、それどころじゃない。

 夢の中の凛々子はソラリムのゲームをプレイしていたじゃないか。
 前世の僕もそのゲーム内の地図を知り尽くすほどにやりこんでいたゲームだ。
 しかし、夢の中の僕は、ソラリムを知らなかった。凛々子に教えられて、初めて知ったようだった。
 
 僕はてっきり、この夢が僕の前世の記憶だと思っていたのに、これはどういうことなのだろうか。
 僕ではなくて、別の誰かの記憶なのかな。
 いやいや、家庭教師をしていた時の僕はソラリムを知らなかったけど、その後にゲームを始めてどんどんやりこんでいく、というのもあり得るか。
 その辺の前世の記憶が今の僕には思い出せないのがもどかしかった。
 
 もう一つ、凛々子が作ったキャラのリリーと、僕のキャラ。
 まるでこの世界の僕らを、凛々子はゲームとして再現してるみたいだった。
 いったい、どっちが夢でどっちが現実なのか。
 それともどっちも同じ現実で、異世界のシンクロみたいなものなのか。
 考えていると頭が痛くなってくる。

 首を振りながらベッドから下りて、寝間着にしているパンツを一枚脱いで、ローブを羽織った。
 いつもはノーパンの僕だけど、寝るときは、誰かが不用意に僕のお尻を見て魅了の魔法で発情しないように、お尻隠しのパンツを履いているのだった。
 
 その時、ノックもなくドアが開いた。
 開いたドアの隙間から、するりと音もなく入ってきたのはリリーだった。

「おい、いったいどういう事なんだよ」
 おはようの挨拶も省略して、リリーが僕の胸ぐらをつかまんばかりにすり寄ってきた。
「なんの事ですか? もしかして夢の話ですか?」
 多分そうだろうと思いながらも聞いてみる。

「それ以外にないだろ。あれが俺の前世だなんて、俺は認めないぞ」
 リリーの唾が顔にかかってしまった。
「認めないと言われても。どうしようもないですよ」
 まあ落ち着いてと、リリーに僕はお茶を進める。
 そして続けて言う。

「だいたい、記憶なんて、都合の悪いことは忘れてしまうものだし。しかも前世の記憶なんて、あやふやなものでしょ。済んだことは気にしても始まらないですよ」
 そう言っていると、今度はケンタが入ってきた。

「どうかしたんですか?」
 無邪気にケンタが尋ねてくる。 
「どうもこうもねえよ。こいつが俺の前世を変えているんだ」
 入ってきたケンタに、リリーは怒鳴った。
 その剣幕に、ケンタが尻もちをついた。

「前世って、変えられるんですか?」
 尻もち着いたまま喘ぐようにケンタが聞いた。
「そんなの知らねえよ。でも、あれは絶対俺の前世じゃないって思うんだ」
 
「ええと、例えばどんなところが自分と違うって思ったんですか?」
 僕がリリーに聞いてみた。
「俺はあんなドS女じゃないってことだよ。お前、三年も一緒に居てわかるだろ」
 リリーはそう言うが、僕にとってみれば、さもありなんって感じなのだ。
 鞭の練習で、お尻叩かれたこともあったしな。それを言うと、

「あれは、うーん。お前が叩かれたがってるみたいに思えたんだよ」
 苦しい言い訳だ。とは言っても、あの夢が前世の記憶と思えないというのは僕も同感なのだった。
 サタノスの影響という疑惑も、僕の中で膨らんできたところだし。

「とにかく、何が起こってるか、ロイナース師に相談してみましょう。今日はカルビンさんが馬も出してくれるという事だし、頑張って登山しましょう」
 僕がそう言うと、やっとリリーは落ち着いたのか、大きく息を吐いたのだった。


 17 七千階段をのぼりながら


 七千階段を前にして、その背景の急峻な山並みを見上げると、馬を貸してくれたカルビン司教に感謝の念が湧いてくる。ここを歩いて登るのは相当きつそうなのだから。
 三年前、ハイルース山の寺院に行った時は、超人カル-エルの飛行の術を僕が受け継いで、空を飛んで行ったからな。
 あの高さを歩いて登るのは、ちょっと想像するだけで疲れてしまう。

 先頭の馬に僕とリリーが乗って、別の馬に跨ったケンタが続く。そのあとにカルビン司教と供の者がそれぞれ馬に乗って続いた。四頭の馬の隊列がカポカポと蹄の音を響かせながら急になったりなだらかになったり、右に曲がったり左に曲がったりで崖っぷちの道を上がっていく。
 つづら折れを一つ曲がる度に、眼下の街並みが少しずつ遠くなっていく。
 空を見上げると暗い雲が南の方から近づいてくるようだった。

「雨降りそうですね。登りきるまで天気がもってくれるといいんですが」
 僕の後ろで背中に密着しているリリーにそう言ってみた。
 こうして座ってみると、頭半分リリーが高い位置になるようだ。
 うん、と返事したリリーの左手が、ジワリと僕のローブの内側に滑り込んできた。

「ちょっと、何するんですか?」
 僕が聞くと、彼女は動くなと僕に命令した。
 リリーの左手が僕の股間に来て、そこを触りだす。タマタマをすくうようにして感触を確かめている。
「夢の中と、感覚が同じかなと思ってさ」
 こそっとリリーが呟いた。 
「うーん。夢の中のタマタマの方が大きかったみたいだな」
 言いながらもまだ手は離さず、今度は僕のペニスを握ってきた。
「それはそうでしょ。人格は同じでも身体は全然別なのだから」
 リリーの手が僕の棒をにぎにぎする。なんとなく気持ちよくなってくる。
 今度は反対の手が僕の胸を触ってきた。
 左の乳首をチョンと摘まれた。

「少し膨らんできたのかな。最初の頃はもっと平べったかったよな」
 ほんのりと膨らんだそこを手の平で優しく包まれる。
 男の娘としての喜びを感じてしまう。
 くっと強めに摘まれて、僕はあんっと甘い声を出してしまった。
 興奮が高まるとともに、お尻が疼いてくる。お尻にたくましい男の肉棒を欲しいと思ってしまうのだ。
 でも、リリーは女だから僕の望むセックスはできないのだ。

「お前さ、あの夢の中で、自分が男の娘サキュバスだという、つまりここでの生活の記憶はあるのか?」
 リリーに聞かれて、僕も考える。
 夢の中の僕は、自分が男の娘サキュバスのジュンだという自覚は全くないのだ。
 だとしたら、彼は僕じゃないのだろうか。

「夢の中の僕は、此処での記憶は全くないんですよ。リリーさんは、どうなんですか?」
「不思議な感じなんだよな。凛々子はソラリムでリリーになって冒険する夢想をしてるんだ。まるでそれがこの世界みたいな……」
「それなら、凛々子が死んだときに、この世界に転生してきた理由になるのかもしれませんね」
 あれが過去だったとしたら、その理屈が成り立つわけだ。

 僕は昨夜気づいた事を言ってみることにした。
「それと、ひとつ気づいたんですが、一年くらい前かな。カルビン司教が言っていたでしょ、農場で気を失って、目が覚めたらサタノスの意思を感じたって」
「ああ、それがどうした?」
「それって、僕がお尻で魅了してエッチしたときのことだと思うんです」
「なんだって? お前あの男とエッチしていたわけ? じゃあ、お前とエッチした男がサタノスの意思を受け継ぐってことか?」
「もちろん、全員というわけじゃなくて、たぶん魔法の才能がある男に限ってだと思うんですが……」
「なるほどね。お前の中のサタノスがお前の尻の穴から出て行ってるってことか。でも、今のところ実害がないんだよな」
 リリーの左手が僕の棒を擦り上げてくる。
 う、と声が漏れてしまう。

「何してるんですか。ぼく、射精しちゃうとエネルギーが減少してしまうんですけど」
 馬に乗っている状態では抵抗のしようがない。
「今度凛々子になった時に、感触比べようかと思ってさ。まあいい」
 そう言うとリリーの手がやっと離れた。

「ところでさ。お前、俺の事どんなふうに思ってるんだ?」
 リリーの声が耳に心地いい。
「どうって、なんですか? リリーさんは僕の大事な相棒ですよ。リリーさんが勇者としてこの世界で成功するように、協力するのが僕の生きがいです」
 本心を答える。
「俺の事好き?」
 直球の質問だ。
「もちろん好きですよ。初めて合った時に僕を奴隷として買ってくれた時からです」
「でも、俺とエッチしたいとは思わないんだろ」
 おおっと、リリーも成熟した女になってきたのだろうか。
 少し焦ってしまう。今の僕には女性を性欲の対象と見ることができないのだ。

「ごめんなさい。男の娘サキュバスの設定で、女性とはエッチできないようなんです」
 残念だけど、これは事実なのだ。
「そうか。じゃあ設定変えればいいんだよな。今度凛々子になったらトライしてみるわ、それでどうなるか。二つの世界の関係がどういうものかわかるかもしれないしな」
 リリーはそう言って、それ以後はハイルースの寺院まで無言だった。


 18 ハイルース山の寺院


 寺院の門が見えてきた。なんとかここまで雨にふられることなく順調に登って来れた。
「やっぱり標高が高いから、ここは涼しいな」
 僕の後ろでリリーの声が聞こえた。
 涼しいというよりも、少し寒いくらいだ。都会の真夏に、エアコンの効いた喫茶店に入った感じ、なんて言葉が浮かんできた。

 僕らが登ってくるのが見えていたのだろう、門扉に近づくと、扉が内側に開いた。
 そして、懐かしい顔が覗いた。
 ゆったりした僧侶の衣をまとったロイナース師だった。

「おお、やはりお前たちだったか。久しぶりだのお。入れ入れ」
 笑顔でそう言うロイナース師の後ろには、数人の若い僧侶が控えている。
 
「若いお弟子さんが増えたみたいですね」
 僕は馬から下りてロイナース師に言った。
「ああ。なかなか才能のあるものが集まってくれたよ」
 そう言うロイナース師の後ろから、弟子たちが近寄ってきた。

「僕の方にも新しい仲間ができましたよ。彼も魔法の才能のあるケンタです。よかったら何かご指導お願いしますよ」
 僕の肩を叩くロイナース師に言うと、うんうんとうなずいてケンタを見た。

「あなたが男の娘サキュバスのジュンさんですか。お会いできて光栄です」
 若い僧侶たちは、そう言って僕の手を握ってくる。
 いきなり四人の弟子に囲まれて、僕も焦ってしまう。
 その四人は僕と握手した後、今度は後ろのリリーとケンタの方に行った。

「ジュン、こっちに来なさい。まだ見せてなかっただろう。お前の石像を建てたのだぞ」
 ロイナース師は僕の手を引いて中庭の奥に行く。
 そう言えば、紅の触手事件解決の時、僕の石像を作ってやると言っていたっけ。

 ドキドキしながら着いて行くと、男の娘サキュバスの石像は寺院の入り口の直前に作られていた。
 アハハッと笑うリリーの声が後ろから聞こえてくる。
 前かがみになってローブを捲り上げ、お尻を向けながらこっちを見ている、そんな石像だったのだ。

「ええ、これですか」
 脱力感と共に言ってみるが、お前のことはこれしかイメージになかったからな、と悪びれることもなくロイナース師が笑った。

 寺院の中のテーブルに皆でついて、話を始める。
 弟子たちが僕らの前に温かいお茶を用意してくれた。
 もともと僕らはサタノス教団についての話をしに来たのだ。
 それなら、カルビン司教を紹介することで話が早い。

「こちらは、ロリテッドに先月完成した教会の司教のカルビンさんです」
 ロイナース師に僕が言うと、カルビン司教はいったん立ち上がり深々と礼をした。
「お初にお目にかかります。ロリテッドのサタノス教会の司教を務めさせていただいています。カルビンです」
 サタノスという名前を聞いて、ロイナース師はいったん目を見開いたが、すぐに平静に戻ってカルビンの話の続きに聞き入る。
 
 サタノスはダイナロスより出でて、この世界に降り立った。この世界にサタノスの愛を広めるために我々は活動している。
 そう言う話をカルビン司教は続ける。
 今現在、三人の司教がいるらしい。カルビンとライムが教会に居て、そしてルーク司教が西の方に教えを広めに旅をしているという話だった。
 信者は現在300人ほど。ロリテッドの村の者はほぼ全員そうだし、話を聞きつけて離れた村からも移住してくるものが後を絶たないという事だった。

「サタノスですか。三年前、我々がその異世界神を封じ込めることに尽力してきたことはご存じないのですか?」
 話を聞き終えたロイナース師が、静かに質問の言葉を口にした。

「その物語は夢の中でみました。あれはサタノス視点の夢の様でした。あなた方はダイナロスの言う事を信じたようですが、それは誤解があったのだと思います。ダイナロスは自分の力の一部を失うことを恐れていたのでしょう。だから多くの人たちに間違った情報を伝えて、サタノスを封印させようとしたのです。結局、破魔矢というエネルギーで瀕死になりながらも、サキュバス神のジュン様と交わり、その命をつながれたのです」
 厳かな口調でカルビン司教が言う。

「それでは、ジュンの中に今もいるというのですかな?」
 ロイナース師が僕を見た。僕は首を傾げる事しかできなかった。

「あなたも司祭なら、彼を見ればわかるでしょう。三年前は分からずとも、今は……」
 カルビン司教の言葉に、ロイナース師の僕を見る視線が厳しくなった。

 そして目を瞑り集中すると言った。
「なるほど。あなたの言うとおりのようだ。これはどうしたものか……」
 言った後、ロイナース師は困惑の眼で僕を見た。

「なにも心配はいりませんよ。彼の中から出でるサタノスの力は、この世の人々を幸福にするものですから」
 カルビン司教の言うとおりならいいのだけれど。
 僕自身信じられないのだ。
 あの気味の悪い紅い触手のうごめきを思い出してみると。

 僕がそれを言うと、カルビン司教は僕の方を見つめて言った。
「美醜と善悪を混同してはいけませんぞ」と。

 その後、土産物の包みを弟子たちに渡すと、別れの挨拶をしてカルビンたちは帰っていった。
 僕らは今後の事を考えるために一泊することになったのだった。

 

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