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喫茶店から。

ちょっと埃っぽい店内から、濃厚なコーヒーの匂いが私にいらっしゃいませをする。ちょうどコーヒーが飲みたかったんだよと言わんばかりに、余裕の表情でドアをくぐるけれど、内心は子どもみたいにはしゃぎまわっている。

私にとって「喫茶店」というのは、小さい頃に行ったテーマパークの、あのワクワクを思い出すような、そんな懐かしい場所です。そして、それとともになぜだか祖母の家も思い出します。

今回は私のエネルギーの充電場所のお話をしたいです。

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祖母の家は古くて、少し埃っぽいようなあの匂いがしました。長年祖母と共に過ごしてきた木製の柱はいい具合に深みを増し、ところどころに生活の跡が見られます。「ただいま」と言って一息つける場所、それが私にとっての祖母の家でした。

小さい頃に、見て感じたあの感覚を私は喫茶店に見ているのでしょう。

近頃は喫茶店ブームみたいな話を聞くけれど、たぶんみんな、それぞれの「懐かしさ」を喫茶店に探しているのではないでしょうか。もうあの時に戻ることはできないけれど、ずっとずっと戻りたいと思っているあの瞬間に。

幸いなことに私の住む地域には、いくつか素敵な喫茶店があって、巡るのが一つの趣味になりました。私の年齢よりも長い年月、ここでずっと、このお店は社会の流れを静かに見ていたのだろう、そう思うと心が無性に震えるのです。

経験でしか出せないだろう、あのコーヒーの香りと味。カップやスプーンの食器はどれも新品のように綺麗だけれど、数々の人の手が触れられてきたその物たちにしか出せない、独特の雰囲気があります。

喫茶店に私はまだ何年も通っているわけではないのに、なぜか「ただいま」と言いたくなる。優しくて、あたたかい、そしてすこしだけ埃っぽいあの雰囲気が、私の口を、心を、動かそうとする。

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そんな一種の強制力を持ちえた喫茶店は、心が弱っているときほど通いたくなる場所です。扉を開けばほっと一息、「祖母といる時の私」に戻れる気がするから。

祖母は究極のポジティブ思考を持っていて、ことあるごとに私を励ましてくれました。高校受験の時、私なんかが受かるだろうか...と漏らせば、「絶対に大丈夫」と言ってくれた。留学に行く前も、うまくやっていけるか不安だった私に、「大丈夫に決まってるじゃない」と言ってくれた。根拠なんてなかったけれど、祖母の「大丈夫」の言葉には魔法がかかっていました。

その魔法にかかった私は強かった。本当に「大丈夫」な気がしてきたし、実際全て「大丈夫」になった。祖母の魔法は本物でした。

そう、私はその「魔法」を喫茶店に求めているのです。すべてが不安で怖くて仕方ない弱い自分を、そっと包んで背中を押してくれる、あの「大丈夫」の言葉みたいな魔法が、喫茶店のどこかに転がっている気がするから。

喫茶店の扉をくぐれば、私の推測は当たっていたと気づかされます。マスターの「いらっしゃいませ」、コーヒーの焙煎の香り、あの木の柱―喫茶店を構成しているその全てから、私はあの魔法を感じます。

ああ、きっと私は「大丈夫」だって。


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