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優しさは受け取り手次第

スイスに来て、
ホームステイ先と農場を行き来する日々。

日本にいたころと比べて、
毎日関わる人、やることがシンプルになった。

そんな生活の中で、

優しさは受け取り手次第
ということ。

これは、農場でホームステイを始めてから気づけるのに5カ月もかかった。

スイスという慣れない土地に飛び込んで、仕事をして、初めての家族と暮らして…

もう心の中がめちゃくちゃで、わんわん泣いて、そんな日々だった。

そんな中、ホストファミリーは怪我をすれば様子を何度も聞いて手当してくれたり、咳をしていれば薬をくれたり、一緒にコンサートに連れて行ってくれたりとずっと気にかけて優しくしてくれていた。

でも、私にはそれを優しいと感じる心の余裕がなかった。
むしろ、日本人みたいにもっと察して気遣って欲しいとまで思っていたかもしれない。

そんな自分に気づけたのは、スイスに来て5カ月が過ぎたころ。
本当に遅かったなと思うし、もう巻き返せないのが悔しい。

今は、ホストファミリーがとても親切で優しさに溢れた家族だと感じる。
それは、決してホストファミリーの態度が変わったわけではない。
ホストファミリーは初めからずっと親切で優しかった。

ただ、私にそれを受け止める心がなかったのだ。
私の心が変わっていったから感じることのできた優しさだった。

優しさって、心がじんわり温かくなる。
誰か一人で作ることはできない。
人と人の間に生まれるものだと思う。

でも、
相手がどんなに自分に優しくしてくれても、
自分にそれを受け止められる心の隙間が無ければ、
優しさの温かさは感じられない。
ずっと孤独で寂しくて辛いだけだ。

逆に、
自分がどんなに誰かに優しくしても、
その人の心にそれが入る隙間が無ければ、
優しさの温かさはどこかへ消えて行ってしまう。

だから優しさは、
優しさをおすそ分けてくれる人がいて、
それを受け取る心の準備ができている人がいて、
初めてその間に優しさが生まれるんだ
と思った。

沢山の優しさを受け取る心と沢山の優しさをおすそ分けできる心を持ちたいな。



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