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ローカル線紀行#04 鶴見線


鶴見~海芝浦

 日本中にローカル線は山ほどある。ローカル線に対して、多くの人は山峡や渓谷、大海原を見られる、といったイメージがあるだろう。だが、「都会のローカル線」というのもあり、都会を走っていながらにして。小旅行気分になる路線だってある。

 鶴見線もそのうちの一つである。京浜東北線の鶴見駅を起点に臨海工業地帯に向かい、終着駅が3つもあるユニークな路線だ。しかも、終着駅だけでなくそれぞれの駅自体も興味深いし、駅名も企業の創設者にちなんだものとなっているところが多いことなど、ほかの路線とは明確に違う特徴を有する。

 鶴見駅では、京浜東北線からの乗り換えのとき、跨線橋を渡ればすぐに鶴見線に乗れる。かつてこの路線が私鉄であった名残を感じられる。無人駅が集中することから、乗り換え口にはかつて改札機が置かれていたが、定期客はほぼICカードを用いることもあり廃止となった。

 鶴見の高架ホームを出ると、しばらくは京浜東北線と並走する。總持寺を横目に左方に向かい、国道駅に達する。この駅は1931年の開業以来何一つ変わらぬ雰囲気を呈しており、クラシックなアーチのアーケード街い雰囲気を醸し出している。名前は京浜国道の交点にあるという安直なものである。

国道駅

 鶴見川をゆっくりと渡ってもしばらく一軒家主体の住宅街は続くが、それもすぐ先の鶴見小野駅で終わりである。いかにもな相対式ホームを後ろに見送り、首都高の高架をくぐるともうそこにはゾーニングのはっきりした工業地帯が広がっている。列車の窓からも、各駅のホームからも工場ばかりが目に飛び込む。弁天橋を過ぎ、浅野の直前で列車は右に直角カーブを描く。

 ここから先は京浜運河を左手に見る区間で、運河の先にはやはり工場がある。太陽が燦々と水面を照らしており、そのわきを列車は行く。途中で新芝浦を過ぎると、右側は東芝となる。そして次の海芝浦はこの東芝の工場に併設された駅であり、同社の関係者でない限りは「海芝公園」以外に外に出ることを許されない大変珍しい駅である。とはいえ、この公園からは向かいに架かる斜張橋・鶴見つばさ橋が壮麗にたたずんでいるのを見ることができる。

鶴見つばさ橋

浅野~大川

 浅野駅に立ち返り、今度は直進方向に進もう。大川行の列車がやってきた。二俣のホーム上に立ってられた箱状の駅舎を背にして、運河を渡れば安善駅である。この駅でやっと民家を再び目にすることが出来た。そして右にはだだっ広いヤードが見え、石油を積んだ貨物列車が停車していた。そして、その遥か向こう側にはゲルのような形をした米軍の油槽所が見えた。

 運河の横を通り過ぎると川崎市に入るが、まだまだ工業地帯は続く。そして、営業上も「横浜市内」のままだ。武蔵白石駅の脇で急カーブを描きつつ列車は南進し道路とともに再び運河を越える。向こうからは煙がモクモクとしていた。年季の入った駅舎の前で停車すると、大川駅のサインが確認できた。

大川駅

武蔵白石~扇町

 工業地帯の中を進むこと10分強で再び武蔵白石駅に到着した。先ほどとは打って変わって黒く新しい駅舎である。さらに東へ、扇町行に乗車した。先ほどから全く変わらぬ薨御いう地帯をかき分けながら浜川崎駅に到着した。駅前は製鉄所である。ここはJR線同士を改札外乗り換えする大変珍しい駅で、このうち在来線同士であるものはJRで唯一である。というのも、鶴見線と南武線はもともと違う私鉄であったのだが戦時中に国鉄が買収したためである。

 列車はまたもや運河を越え、昭和駅に差し掛かった。令和に改元されたときには「大正→昭和→平成」と駅巡りをする鉄道ファンが大量に降り立ったという。そのまま工業地帯を進み、終点の扇町駅のホームに差し掛かった。ホームのすぐ裏はだだっ広い貨物のヤードとなっていた。

扇町駅

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