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「ビジネス」@ザムザ阿佐谷 12/11-18

ずっと時間がなくてレビューを書けなかったので、この機会に。

去年の年末、衝撃的な演劇体験をしてしまった。

戻りたくても絶対に戻れないような、そんな感覚。

現代アートや映画を見て、あまりの衝撃に動けなくなったことは度々あった。感情が揺さぶられて気持ちの整理ができなくなったこともあった。

全ジャンル満遍なく鑑賞しているつもりだったけれど、小劇場の演劇を日本で見たのはこれがほぼ初めてだった。だからこそ新鮮すぎて、真っ向からカウンターパンチをくらってしまった。

『ビジネス』はPxxce Maker' (ピースメーカー’)の第二回公演。代表でありFtMタレントの若林佑真さんがプロデューサーを務める団体で、様々な形で新たな演劇体験を届けている。性のことを必ず取り入れた演劇を上演しているという噂を聞いて、前々から行きたかった演劇公演。

何がすごいって、セットも皆さんの演技ももちろんのこと、やっぱり劇団時間制作の谷さんによる脚本と演出。終演後、一言一句振り返りたくなって、台本を購入したのだけれど、もう一回読み返しただけで苦しくて涙が溢れてどうしようもなくなる。つい先月観劇した「赤すぎて、黒」もそう。悲しい、とか嬉しい、とかじゃなくて「苦しい」のだ。どのキャラクターにも共感しすぎてなのか、物語に共感しているのか、自分でもよくわからないけれど、感情の逃げ場がないというか、全部完璧に隙間がないから苦しいのかもしれない。もちろんいい意味で。

「ビジネス」という名の通り、会社が舞台。上司は理不尽なことにも我慢してきた世代で、今まで我慢を重ねてやっとここまで来た、そんな世代。対照的に新入社員の若者たちは流れに身を任せるような、特に感情なんて持たない方が楽だと知っているから、とりあえず、みんなが進む方向に楽な方向に進んでいくような、世代。その中で唯一抗っているのが村上という登場人物。「男は野心だ」「やる気と気合いで理不尽な現状をひっくり返して行こうぜ!」的な人物。こいつは、圧倒的男性主義者で、彼女の妊娠も気づかないくらい最悪なやつなんだけど、この熱さというか、「変えていこうぜ!!」的な感情ってすごく恋しいものだった。

ちょうどこの前三島由紀夫の映画を見たのだが、あの60年代って学生たちがみんなそんな感じだったのかもしれない。世界同時多発的にデモが起きて、若者が理不尽なことにNOと言うことで、実際に世界を変えていった時代。そこから50年たって、世界では再び若者が立ち上がり始めている。でも日本ではどうなんだろう。確かに、少しづつジェンダー、人種、貧困など、社会問題に反応する動きも生まれてきている。その一方で、社会や政治からどんどん離れていく、理不尽なことが理不尽だとも思わなくなるほど感覚が麻痺している人々もこの世の中にはたっくさんいるんじゃないかと思う。

そんなキャラクターも、ちゃんと物語には存在していた。本部の女性社員、種田さん。残業をしすぎてもはや残業が残業だと思っていないような、そんな人物。もう感覚が麻痺したら、なかなか戻せない。会社のせいではなく自分が仕事できないからだ、と責任の矛先を自分に向けてしまい、全てを背負いすぎてしまったせいで自殺してしまう。彼女が繰り返す、「自分には存在価値がない」、と。

どの世代の人物も、必死に生きているだけなのだ。理不尽で、なかなか変わらない世界に苛立って、それでも必死に生きている。誰が悪いとか、良いとかそういうのが全くないから、苦しい。

主人公の五十嵐は、実際のFtMの役者さんがFtMを演じている。トランスジェンダーのキャラクターが出てくる作品はたくさん見たことがあるけれど、トランスジェンダーの演者を実際に出演させる作品は、日本だとまだまだ少ない。もっと、増えるべきなのに。その人にしか届けられない、リアルな声があるのに。

実際の演技を見て、受け取った感情は凄まじい以外の何物でもなくて、端的な言葉で表せないものだった。そこに観客が存在することで成立する、まさに演劇だった。生で直接見ないと、感じられない感情がそこには存在していた。見てよかった、本当に。こんな薄っぺらい感想しか言えず、申し訳なくなるが、行って良かった。

今はこんな時代だから、オンラインで演劇やパフォーマンスがみれたりする。でも、私はやっぱり生であの雰囲気を味わいたいのだ。画面を一枚通しただけで失われるものが大きすぎる。特に演劇は、観客がいないと成り立たない。もちろんオンラインで見れるのはとっても嬉しいのだけれど、ね。またこんな衝撃を受けたい、次回作が生で見たい、だからこそ、今は我慢だ。それで、やっと叫べるようになったら、今受けている理不尽なこと全部叫ぼう、心の底から、大声で。




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