夕顔の華
『源氏物語』五十四帖中「夕顔」(帚木三帖)は印象に残っている。夕顔という女性の数奇な運命が私を魅了したのだ。
佳人薄命の物語といえばとかく印象されやすいのかもしれぬが、夕顔のモチーフに私はドストエフスキー『罪と罰』のラスコーリニコフとソーニャの愛の形象をみたのだ。
夕顔は光源氏と一夜をともにする。夜半、源氏が薄気味悪い奇妙な夢で目を覚ましたとき異変はおきていた。夕顔は危篤となりそのまま絶息する。源氏がみた夢は、源氏を愛する別の女の生霊によるものであった。嫉妬に狂った女が夕顔を呪い殺したのだ。
夕顔の人生は儚いものであった。しかし、その人生の一瞬、光源氏と語り、抱き合い愛を共有した夜は特別なものであったろう。源氏もまた純心から愛のなんたるかを発露するような夕顔に、死後も特段の関心を寄せている。偶然の出会いがもたらした奇跡のような甘美なひと時。それが源氏と夕顔の逢瀬である。そしてこれはラスコーリニコフのソーニャとの邂逅と紐帯する。ラスコーリニコフは劣悪極まりなき窮境にありながら純真無垢で「いられる」ソーニャに惹かれだしていく。そして、やがて彼女のもとで全てを曝け出し、抱擁し合う。
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