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【雑記】キャンプ場で、日記を書こうとしたんよ。

この記事を描き始めた現在、AM6時です。

普段、私は朝日記というものを毎朝の習慣として行っています。これです。

【雑記】秋野ハルと朝日記|秋野ハル|note

適当なノートに毎朝1ページ程度の日記を付けるという習慣なんですが、内容もまた適当で、例えば起き抜けに思ったことだとか、昨日の振り返りだとか、今日やるべきことはなんだっけな〜とか、腹に溜まった鬱憤を吐き出して自分を励ましたりだとかとか。
だけど今これを書いている2022年11月12日の早朝は我が10年来の友人たちご一行と、我が人生において4度目のキャンプ中。あいにくと日記帳は持ってきていないし、せっかくだしスマホで書いてみるか〜。じゃあもうついでに記事にしちゃうか~! という感じです。

だから友人が寝静まってる間に、こっそり書けるかなチャレンジ開始〜! ってノリでやってみたけど思ったよりも執筆に熱が入っちゃって、そうこうしているうちに友人が起きてきたので、結局半分ぐらいはその日の夜にあんなことこんなことを思い出しながら書いています。
つまりこれは、なんの変哲も無いグループキャンプの備忘録ですね。徒然なるままに、酒とゲームと焚き火とソロテントの話。ちなみに敬語はありません。日記なのでゆるゆると。

人生4度目のキャンプについて、日記をてきとーに書いていく。

なにはともあれ飯と酒。

朝の8時くらいに集まって車に乗り合わせ、移動して、食材を買って、キャンプ場に着いたのは12時過ぎだった。すぐに飯の準備をした。ついでに酒も開けた。
友人が「美味いウイスキーの中じゃ一番安い」と買ってきた『ブラックニッカ ディープブレンド』なるやつは、実際分かりやすい香りと甘さでウイスキー初心者の私も美味しく楽しめる代物だった。

こんなに飲めんと思っていたら、夜には空になっていた


そう、楽しめる。
飲むというより、ちびちび舐めて「うわっアルコール!」を感じるのが、ウイスキーは妙に楽しい。アルコールが強過ぎるからこそ、逆に酔うためじゃなく味わうためのお酒に昇華されている気もする。
でも別の友人がやっていたコーヒー牛乳割りも美味しかったなぁ。ウイスキーをちょっと混ぜるだけで香りが一気に変わるのがなんかお洒落。うーん、ウイスキーという概念からそこはかとなく感じる大人の魅力っていうのは、こういう洒落たとこから来るのかもしれない。

とかなんとか。真昼間からちびちびお酒を楽しみつつ、雑な焼きそばとか雑な肉焼きとか雑なおつまみとかを楽しんでいるうちに、すーぐ時間が過ぎていくもんだから飯と酒の魔力って恐ろしい。
途中で飽きるかなと思ってアナログゲームや催し物もいくつか考えてきたけれど、できたのはひとつだけだった。

遊んだゲーム:クイックショット!

クイックショット! - ArclightGames Official

『5枚の手札。4度の選択』というキャッチフレーズが示す通り短時間で決着が着くのが特徴で、実際さくっと取り出せてしっかり盛り上がれる良ゲーだった。私は詳しくないけれど、他のみんながゲームモチーフであるガンシューティングをやりこんでいる人たちだったのも大きいですね。
それと、かの有名な超短時間系ゲーム『ラブレター』を作っている人とデザイナーが同じだということで、ぱっと見分かりづらいながらも遊んで見れば短い中に分かりやすい駆け引きと盛り上がりどころがあって、その辺は流石の作家性だなー。

さて。秋も深まって冬に片足突っ込んだ今日この頃は日が暮れるのも早い。18時頃にはすっかり辺りも暗くなっていて、晩飯を作りながら焚き火を囲むモードに突入していた。
思いのほか光源が足りず、周囲のキャンパーたちに比べてあまりにも心許ない光の中で適当にコンソメスープらしき物とかボイル焼きらしきものとかを作り、ついでに管理棟で買ってきた猪肉も焼いてゆるゆる食べて、冷え込んできた指先を焚き火で暖めながら話したり黙ったりした。

友だちと焚き火を囲む幸せ、とは。

『複数人が集まって、沈黙が肯定される』というのもキャンプの良いところだと思っている。

焚き火をトングで弄ぶのって本当に楽しい。なんで?


私はこう、喋るのが苦手だ。しかして他人と居ると「喋らなきゃ気まずい!」とつい焦ってしまうビビリだ。
だけど焚き火を囲んでいると。それだけで沈黙の権利を得た感触があるのだ。キャンプにおいて焚き火というのはそういうものだ……と、そんな潜在意識がみんなの中にあるのかもしれない。
まー実際ところ友人たちはどう思ってるのか知らないけど、みんな話すことがなくなってスマホをいじいじしてるだけの時間が、なんだかとても心地良い。私はゆるキャン△の新刊を読むなどしていた。
他者に沈黙を肯定されるっていうのは、1人で静かに過ごすのとまた別の安心感がある。自分1人だと肯定も否定もない。家族相手でもまぁそこまで義務感を気にすることはない。
友人くらいの距離感だからこそ。普段はなにか目的があって、話したいから会うような相手だからこそ、『黙っていてもいい』空間というのは不思議で得がたい安心感をもたらすのかもしれない。キャンプというのはそういう空間を作る試みでもある……の、かもね。

人1人分の一国一城と、夜中のキャンプ場で考える。

そういえば。今回は人生で初めてのソロ用テントを買って、そこで一泊した。人1人がぴったり収まるだけの、とても小さな1国1城。私的に、多人数テントで誰かと寝るよりもずっと寝心地が良かった。起き心地はさらに良い。なにせ夜中に寝起きしたって、誰の目も気にしなくて良いのがgood。
私は毎夜1回は尿意に起こされる系の人間だ。普段は21時に寝て4時に起きるような人間で、このキャンプでも目が覚めたのは5時過ぎだ。だからみんなが寝静まったあとのキャンプ場を眺める機会がたびたびある。

もうちょい暗かったはずなんだけど、最近のスマホは明るさ補正が1周回って強過ぎる気もする


半端な月が空高く、星がぽつぽつ光っている夜空の下を歩きながら回りを見渡しても、今までのキャンプでは「なんとなく風情あるなぁ」とだけしか感じなかった。だけど今日は寝静まったいくつものテントを眺めているうちに、ひとつ思い浮かんだことがあった。

「こんなにたくさんの人がキャンプしてるのって、なんか凄いよなぁ」

だってキャンプって野宿じゃん、野宿。
考えてみれば数万単位で道具を揃えて、1日以上の時間を丸々潰して、日常生活よりよほど不便な空間で寝泊まりするだけの何物か。言ってしまえばどこまでも無意味で大げさ。なんなら一種の怪しげな儀式じみた何物かを楽しむ人がこんなにもいると考えるだけで、妙にワクワクしてくるのだ。
まだ朝の6時前。年に数回しか出番のない携帯用ガスバーナーでお湯を沸かしてUCCのインスタントコーヒーを飲みながら、朝の静かなキャンプ場をぼんやりと眺めていたら「なんか残しておきたいなぁ」と思った。
それと、ソロキャンもそろそろやってみたいな~! とも思った。運転免許取ってからマジで一切走っていない高速道路とかいうやつと、そろそろ向き合うときが来たのかもしれない。


高度が高い場所だと、明け方の方が月って良く見えるんですね。知らなかった。



日記なので特に綺麗な〆とかありませんね。次はソロキャン備忘録編です(野望)。

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