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②君と中華とスラムダンク

「まじか…」

つい声に出てしまっていた。
久山は去り、俺と後輩ちゃんは二人で立ち尽くしていた。

1階エレベーター前は騒がしい。
お昼時で、色々な部署のメンバーが二人の近くを通り過ぎる。

また皆揃った時にしようか?と言おうとした時、
営業部のメンバーが10人くらいで新卒を連れて通り過ぎた。

その背中を二人で目で追った。
さすがに、、、初日に一人でご飯はかわいそうだな。

「じゃあ二人でいこっか!久山さん忙しいみたいだからさ」
「はい!ありがとうございます」

ケイト・スペードの財布を手に持ち、
後輩ちゃんは屈託のない笑顔をこちらへ向けた。
それから二人で近所の飲食店の多い街並みへ向かった。

「何が食べたいとかあるかな?後輩ちゃんは」
「えっと、私はなんでも…」

マッチングアプリではじめて会ったようにぎこちない会話だった。

「あ、じゃあね。イタリアンのおいしいお店と和食の雰囲気のいいお店が角曲がったところにあるんだ。その辺りだとどこがいい?あ、奥行くと中華もあるけど…どうだろう」

後輩ちゃんが悩んでいるようだった。
イタリアンになるかなと思い、道の角を曲がろうとした時だった。

「中華でもいいですか?」
「え?」

予想外だった。
若い女の子のお昼はパスタ・サラダ・チーズだと思っていた。

「私、、、中華好きで」
「あ!全然いいよ!」

曲がりかけた脚を直して、まっすぐ進んだ。

ちょっと変わっているのだろうか。
このタイミングで素直に食べたいもの言える子は珍しいのではないだろうか。

ただ、どこでもいいと言われ続けるよりよっぽどありがたい。
それから無意識に話しかけた。

「中華好きなんだね。」
「はい。」
「ラーメンとか行くの?」
「はい。結構一人でも行きます。近所においしいお店あるので。ただ…」
「ん?」
「一番好きなのは餃子なんです」

吹き出しそうになった。
緊張している雰囲気と餃子のコントラストが面白くて笑ってしまった。

「餃子あるよ。そのお店」
「ほんとですか?」
「うん。結構うまいよ」

それから二人で店に着いた。
店は少し高級感がある中華料理屋だ。

ランチメニューが1,180円でボリュームがある。
席に着き、麻婆豆腐と餃子のランチセットを二人とも頼んだ。

頼み終えると二人とも水を飲んだ。
俺は携帯に手が伸びそうになったが、やめた。何か話しかけよう。

「どう?会社慣れた?」
「そうですね…少し慣れました。まだ緊張しますが…」
「まぁそうだよね」
「はるのさん、新卒の時も緊張しましたか?」
「あ、俺?」
「はい」
「えっと俺中途なんだよね…だからよくわからなくて(笑)」
「あ、そうなんですね」

自分を【中途】と表現したが、合っていたのだろうか。
それから黙々と二人で運ばれたライスと餃子と麻婆豆腐を食べた。

後輩ちゃんは「おいしいです」と笑顔になっていた。
喜んでくれているようだ。

突如バイブレーションが鳴った。
後輩ちゃんがポケットからスマホをとる。

「すみません。田舎の母からで。」

後輩ちゃんはバイブを切って、ポケットにスマホをしまう。

そのスマホカバーを俺は目で追った。
カバーはバスケのユニフォームだった。
白ベースに青のラインで胸元に「陵南」と縦に書かれていた。

え、スラムダンク好きなん?
そう声を掛けようとした。

しかも湘北ではなく、ライバルの陵南。なるほど。仙道推しかな。
俺もスラムダンクは好きだから盛り上がれるだろうと思った。
だが、背番号を見て驚いた。

「池上?」
「え?」
「いやそのスマホカバー」
「はい!分かりますか!? 好きなんです!」
「5番だよね?仙道ではなくて池上なの?」
「はい。あのディフェンスに定評がある池上です!」

この子はだいぶ変わっている気がする。
まだ分からないが。

それから後輩ちゃんは自分の好きな池上のプレーを語っていた。

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