小説 老人と赤い花柄の傘9 九雨
年が明けた。
年末年始には毎年実家に帰ると決めていたが、今年はステイホームが呼び掛けられている。
私はあっさりと諦めた。
母親と姉にはあけおめメールをした。
母からはすぐに電話がかかってくる。
いつも通りのすごいアツだった。
ほぼ質問、いや詰問だ。
母に勝てるとは思えない。
書店の彼女からメールがきた。
“バレンタインに宜しければ書店に来てください”
“はい。わかりました。必ず伺います。”
すぐにメールを返した。私にしてはまめだった。
4つ上の姉から珍しく電話がかかってきた。
書店の彼女の話をした。
「恋すると人は変われるね。」と笑われた。
バツイチで子持ちの姉は子供ぽい弟をなんだかんだ心配してくれる。
文学少女だった姉は書店の彼女がかなり気に入ったらしくそのせいで姉が好きな夏目漱石の話を山ほど聞かされる羽目になった。
「月が綺麗ですねってどういう意味かわかる?」
「わからん。」
「あんたには難しいかもね。」
「え?だからどういう意味よ。教えてえな。」
「自分で調べなさい。」
「けち。ちょっとだけ教えてください。」
他愛な無いようなどうでもいいような話をした。
あっという間に正月休みが終わり仕事始めが通常の仕事になっていく。
2月の始めに書店に寄った。
シャッターが閉まった状態で張り紙がしてある。
“申し訳ありません。暫くの間お休みします。”
私は唖然とした。
横にいた顎マスクをしているサラリーマンが私に自慢げに言った。
「どうもね、ここね、、、出たみたいですよ。」
私はサラリーマンに会釈して駅に向かった。
家に帰ると直ぐに書店の彼女にメールと電話をしたが繋がらない。返事がない。
不安だ。大丈夫?感染?彼女は?
携帯を持つ自分が次第にストーカー並みになりそうで怖かった。
私は落ち着いて連絡がくるのを待つことにした。
いつの間にか携帯を握りしめソファーで寝入ってしまった。
彼女から電話がかかってきたのは今日が終わろうとしているぐらいだった。
「もしもし。」私は寝ぼけていた。
「ごめんなさい。こんな時間に電話してしまって。寝てましたよね?」
彼女は申し訳ない感じで私を気遣ってくれた。
「あっ。今から寝ようかなと思っていたんで。
大丈夫ですか?書店に張り紙がしてあって。」
眠たさが一気に吹き飛んだ。
私の問いに彼女はため息をついた。
「そうなんです。同僚に陽性者がでました。
わたし不安で、。今のところ陰性ですけど。」
聞けば仕事に行くと自宅待機を言われたらしく家族や友達に連絡したり違う同僚からの電話が大変だったと言いながら何度も謝られた。
「すぐに連絡できなくてごめんなさい。」
彼女が心配でしょうがなくなる。
今すぐにでも彼女に会いたい。会いに行きたい。
でもできない。それに、ただの友達だしな。
私の中で色々な感情が出たり入ったりする。
それと裏腹に言葉がでてしまった。
「月が綺麗ですね。」
私は自分に言う。何言ってんだ。オレ、俺は。
姉の話を思い出してつい言った、、、。
言ってしまった。
「今日は曇りで月は出てないですよ。あっ。」
彼女は黙ってる。沈黙が痛い。痛すぎる。
書店で働いてるんだもん。意味わかるわな。
(忘れてください。今のは忘れて、、欲しい。)
心の声を口に出そうとした。
でも沈黙を破ったのは彼女のほうだった。
「わ、わたしも。わたしでいいんですか?」
彼女が嬉しそうに聞いた。
「あなたじゃないと駄目なんです。僕はあなたがいいんです。あなたが好きです。」
私は自分でも考えられないほど強く言った。
「わたしも好きです。」
うふふと彼女の嬉しそうな可愛い笑い声がした。
「よろしくお願いします。」
二人同時に言うと笑い合った。
彼女の自宅待機が終わり書店が再開した。
バレンタインには会うことはできなかった。
遅いバレンタインのチョコレートを嬉しく頂き
ホワイトデーには誕生石のピンキーリングをプレゼントした。
「今度はちゃんとした指輪を一緒に買いに行きましょうか?」
私は彼女に言うと彼女は嬉しいそうに聞いた。
「二人でですか?」
私は頷いて答える
「はい。二人で。」
「楽しみです。」
彼女は嬉しそうだ。
私は老人の言葉を思い出す。
『大事な人ができたら大切にしてあげてください。ワタシのように後悔しないないようにね。
ワタシにとって赤い花柄の傘は家内の代わりのようなものですから。』
私は彼女の小さな白い手を繋いだ。
離れないように大事に手を握って言う。
「あなたを大切にします。一生。」
「はい。」
彼女は涙ぐみながら頷いた。
十雨🌂に続きます
おまけ やっぱり寝ている
うっかり撮られてしまった かえで
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?