見出し画像

小説 老人と赤い花柄の傘10 十雨


落ち着きがでてきた。
立場も変わる。大事な人もできた。
緊急事態宣言も解除になった。行動制限の緩和。
あの公園に行ける。あの場所に行ける。
やっと老人に会える。

「頑張ったな。」
「また頑張ればいいよ。」
最近これが私の口癖になっている。
春の人事で課長に昇進した。
客先からの打ち合わせも徐々にリモートから対面に変わっていく。
あの公園の近くの客先もそのひとつだ。
私はこの日、新調したグレーのコートを着て客先に向かった。
思ったより打ち合わせがスムーズに終わった。
久々の仕事終わりの解放感もある。
しかも、今日は季節外れの暖かさだ。
あの公園に老人がいるかもしれない。
逸る気持ちが私を公園へと足を運ばせた。
何度となく来た道なのに久しぶり過ぎて戸惑いと若干の緊張もある。

公園の入口の通りで学校帰りの低学年の小学生に紛れた。甲高い声と歌声、笑う声が反響して賑やかだ。赤、黒、紫、ピンク、青、水色、茶色のランドセル波が可愛くきれいだ。
やっとの思いでその波から逃れられた。
公園の入り口に立つと公園を見渡した。
(変わってないな。)
安心感がある。

公園の入り口へ時入ろうと一歩踏み出す。
足を何かに阻まれた。
阻まれたというより掴まれた?
自分の足元を見ると真新しく黒光したランドセルを背負っている男の子が足に抱きついていた。
(ん?この子どこかで見たことあるな。)
「ボク?どうしたの?誰かと、、、。」
(間違えたの?)
私が足を掴んでいる男の子に「間違えたの?」を言うより先に目の前から声がした。
「こら、何してんの。すいません。
大丈夫ですか? ごめんなさいは! 」
おだんご頭の黒いダッフルコートを着た女性が男の子を叱りながら私に謝る。忙しそうだ。
「大丈夫ですよ。」私は笑う。
「だって、このひとシュニンだもん。」
男の子は嬉しさが込み上げるぐらいにニッと私に笑った。
マスクをしていてもよくわかる。
老人のお孫さんだ。
「元気だったか?」
ボクは「うん」と言うと母親に背負っていたランドセルを渡して砂場に走っていく。

「え、あ、ひさしぶり。マスクしてたからわからなかった。シュニンさん元気にしてた?」
おだんご髪の女性は私に気付くと高い声が響く。
老人の娘さんだ。
マスクをしていてもよくわかる。
「あっ、はい。ご無沙汰してます。」
私は嬉しさのあまり声が裏返ってしまった。

「お父さんはお元気ですか?今日は公園には?」
私の問いに女性は顔を曇らせた。
そして言った。

「今年の6月に亡くなったのよ。肺炎でね。」

目の前がふわっと何かが消えたような気が遠くなっていくのがわかる。
足の感覚が無い。足がガクガクした。
「えっ?えっ?」私は言う。
「大丈夫?ベンチに座ろか。あっち。」
娘さんと私はベンチに座った。

「お父さん、あなたの事ずっと心配してたのよ。
大丈夫かなって。大丈夫かなって….。
覚えてる?初めてお父さんと会った日のこと。」
娘さんの言葉に頷く。
頭がついていかない。
理解しているようで理解できない。

名前も知らない私を心配してた。なんでなんで。
もうこの世にいない。もう会えない。
もうこの公園のこのベンチで話もできない。

「あたし、お父さんに言ったのよ。
何かあの人に売りつけられなかった?って。
お父さん珍しく怒って『そんな人じゃないよ。あの人のこと悪く言うもんじゃない』って。」
「ごめんなさいね。」娘さんは私に謝る。
私は首を横に振った。

「名前も知らない。
何処の誰かも知らない僕の事を…。
どうしてそこまで思ってくださったんですか?」

私は言葉に詰まりながら言う。
その問いに娘さんはゆっくり答えた。
「あなたを若い頃の自分に重ねたのよ。きっと。
お母さんに迷惑かけたってよく言ってたしね。
それにうち、女ばっかりだし息子が欲しかったのかな。息子みたいに思えたのかも。」
娘さんは少し涙声になるのを堪えながら話した。
途中で所々言葉に詰まってる。

 「お父さんの話相手になってくれて本当にありがとうね。お父さん、幸せだったと思う。」

私は娘さんの言葉に下を向いて涙かばれないように首を横に振った。
「あっ。あの子たら。また靴に砂に入れて。
行かなきゃ。ごめんね。」
娘さんはベンチから立ち上がると私の肩を優しく触った。
「じゃあね。仕事頑張ってね。」
娘さんは砂場のボクのほうへ走って行く。
私はベンチから立ち上がり娘さんを呼び止めた。

「あの!一つ聞いてもいいですか?あ、赤い。」
私は言葉が急に出ない。
「ん?赤い、何?」娘さんは足をとめてくれた。

「あの赤い花柄の傘は?どうなったんですか?」

「ああ、あれね。あたしが使ってるの。
道具は大事に使わないといけないから。」
娘さんはニコっと笑うと砂場のボクのほうへ走って行った。
私は深々と娘さんに御辞儀した。

「有り難うございました。」
私は呟いた。
老人に会った暖かいあの日のような風が吹いた。
ベンチに座る老人がいつもように微笑んだ気がした。そして、優しいあの場所で、優しい声が聞こえた気がした。
「もう、大丈夫ですね。」

そしてまた、時間がどんどんと過ぎていく。
私はどんどんと歳老いていく。
嬉しいことも楽しいことも愛する人たちと愛する日々を送り、愛する人との悲しい別れがあった。
それは“赤い花柄の傘の老人”と同じだった。

終雨🌂に続きます。

十雨🌂お読み頂き有り難うございました。
少々長めになりました。
どなたかの目にとまれば幸いです。
↓九雨🌂 です。お時間よろしければ宜しくお願い致します。


おまけ  撮られてもよく寝る かえで




この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?