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理性と狂気の分量

読書感想文 『迷路館の殺人』綾辻行人

読みそこなった名著を読みたいのだけれど、世の中は名著にあふれているので、どこまで読めば良いかわからなくなる。とりあえず、コナン・ドイルとアガサ・クリスティは読んだけど、江戸川乱歩はどうすべきか......。時間は有限だけれども、やはり、綾辻行人先生の<館>シリーズは読んで大正解だ。

1987年に発行された『十角館の殺人』に続き、3作目となる本作は、1988年に発行された。綾辻行人先生のWikipediaには「物理トリックよりも叙述トリックを得意とし」なんて書かれていて、盛大なネタバレを著者紹介に盛り込まれてしまっているわけだけれど、わかっていても騙されてしまうのが綾辻行人先生のすごいところだ。

物語は島田が、実際に起きた事件を元にした「小説」を読んでいるところから始まる。そして、私たちも島田と一緒に、「小説」を読むことになる。読者への挑戦状は、「犯人は誰だ Who done it」ではなく、「この小説を書いたのは誰だ Who wrote it」だ。

「小説」の舞台となる迷路館は、<館>シリーズではお馴染みの中村青司が建設した館で、名前の通り迷路のような造りだ。丁寧に、地図までしっかりと付いてくる。登場人物たちはこの建物のギミックや奇怪さにいちいち驚くが、流石に<館>も3つ目の読者は、それほど驚かない。それぞれのトリックも、それほど入り組んだものではなく、Who done itにはたどり着ける。

なんだ、簡単じゃん。と思ってしまうのだけれど、「小説」を読んでいるうちに、本筋の挑戦Who wrote itを忘れてしまう。さて、Who wrote it を考え始めると、なかなかこれだ、という人物がいない。してやられた!

京極夏彦先生による<百鬼夜行>シリーズ(<京極堂>シリーズ)の『魍魎の匣』の中で、京極堂は言う。死体を切り刻むというのは、狂気の沙汰のように言われるけれども、実際のところ、理性的な行為だ。非理性的とするならば、殺しているその瞬間であって、切り刻むこと自体は、殺人の隠蔽であるとか理屈に基づく行為であり、理性的なことなのだと。

殺人の計画を立てることは、果たして狂気なのか理性なのか。『迷路館の殺人』の犯人は、複数の人間を殺すという凄惨な行為をする。けれども、そこにほとばしる狂気性は感じられない。むしろ、とんでもなく理性的ですらある。私たちには、犯人の心の内まで踏み込むチャンスすら与えられていないのだけれど、殺人に必要なのは壮大な動機ではなくて、一滴の狂気に過ぎないのかもしれない。


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