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シリーズ累計10万部突破の大人気シリーズ最新刊『通い猫アルフィーの約束』試し読み

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通い猫アルフィーの約束
[著]レイチェル・ウェルズ
[翻訳]中西和美

(以下、本文より抜粋)

 ソファのお気に入りの場所で横になって窓から差し込む冬の日差しを浴びていたら、息子のジョージが飛び乗ってきた。うわっ、もう仔猫じゃないのに。押しつぶされて息ができない。
「ジョージ」ぼくは重たいジョージの下から出ようともがいた。「もうこんなことしちゃだめだ、つぶれちゃうだろ」
「ごめん、パパ」ジョージが首を傾げてにっこりした。それを見たとたん、ぼくはまたとろけてしまった。ジョージはとにかくかわいいのだ。たとえ飛び乗られるには重くなりすぎていても。どんどん成長しているのが誇らしくてたまらない。「でもすごい話があるんだ」ジョージが隣に座って肉球を舐め始めた。話をじらすのが好きなのだ。かなりもったいぶったところがある。ぼくと違って。
「なんだよ、ジョージ。なにがあった?」ぼくはせがんでみせた。どうせ今朝見た変なかたちの雲か、その手のどうでもいい話だろう。
「外に大きな車が停まってるから、隣に誰か越してくるみたい」得意満面なのも無理はない。ぼくの耳がピンと立った。引っ越し! エドガー・ロードに! ぼくみたいな通い猫にこれ以上のニュースがあるだろうか。あるとすればイワシでいっぱいの車ぐらいだ。

 ぼくの名前はアルフィー。通い猫だ。つまりぼくには複数の家族と家がある。本宅はジョージと暮らしているエドガー・ロードの家で、そこにはクレアとジョナサン夫婦と子どものトビーとサマーが住んでいる。でも同じ通りにほかの家族――ポリーとマットに子どものヘンリーとマーサ――がいるし、少し離れた通りには別の家族――フランチェスカとトーマスに子どものアレクセイとトミー――もいる。変わりはないか注意してなきゃいけない家族や友だちが大勢いるからたいへんだ。みんなとは、辛い旅のあと辿り着いたエドガー・ロードで出会った。当時のぼくは前の飼い主のマーガレットを亡くして宿無しだったけれど、いまとなると自分のことじゃない気がする。猫には命が九つあると言われていて、どうやらぼくはこれまでにそのうちいくつか使ってしまったらしい。でもまだたっぷり残ってる。
 ぼくが引き合わせた三軒の家族は、ぼくと同じぐらいお互いを大切に思うようになった。デヴォンに〈海風荘(シーブリーズコテージ)〉という別荘まで共有していて、行けるときはそこで過ごす。でも家があるのはロンドンで、たいていはエドガー・ロードで暮らしている。ここではしょっちゅうなにか起きる。退屈する暇はない。そういうときがたまにあっても、長続きしない。
 最近はかなり平穏だった。冬が近づいているので日が短くなり、空気も身を切る冷たさになり始めている。ぼくはどちらかと言うと晴れてるほうが好きだから、寒い日や雨の日はあまり外に出たくない。でもジョージはどんな天気だろうが出かけるのが大好きだ。若さとはそういうものだ。寒さなんか感じないらしい。ぼくも健康のための散歩は朝晩しているし、近所に住む仲間の猫やガールフレンドのタイガーに会うためなら寒さもいとわない。だけどいまはもう暗くて寒いから、できれば家でぬくぬくしていたい。
 でもこうなると話が別だ。引っ越しの車をチェックしないと。新しい人間を見るといまでもわくわくしてしまう。一度通い猫になると、死ぬまで通い猫なのだ。だからジョージと一緒にようすを見に行くことにした。
 隣の家のことはよく知っている。タイガーとつき合う前、最初のガールフレンドだったスノーボールが住んでいたからだ。スノーボールは初恋の相手で、出だしは順調とは言えなかったけれど、めげずに口説きつづけたら、ぼくの気持ちに応えてくれた。勘違いしないでほしい、ぼくは女たらしじゃない。恋をしたのは二度だけだし、一度はスノーボールで、いまのタイガーはジョージの母親みたいな存在になっている。ジョージはもらわれてきた子で本当の息子じゃないけれど、ジョージとタイガーとぼくは家族だ。
 長年のあいだに、家族にはいろんなかたちやサイズがあって、同じものはひとつもないと学んだ。でもお互いを愛する心さえあれば、家族になれる。
「見て、パパ」ジョージの目は皿のようにまん丸だ。ぼくたちは歩道から大きな車を見つめた。うしろのドアが開いていて、男の人が箱をおろしている。ぼくはジョージについてくるように合図して、家の中をのぞけるガラスドアがある裏庭へまわった。新しい人間を見るたびにまず考えるのは、パートタイムの通い猫を受け入れてくれるかどうかだ。その次は、犬を飼っていないことを心から祈る。
 誰かを(あるいは犬を)驚かせるといけないので、見つからないようにこっそり家の中のようすを窺った。人間があわただしく動きまわっている。キッチンにいる女の人はクレアと同年代――たぶん四十代だと思うけど、歳の話を細かくするのはやめておく――で、箱から中身を出していた。そばに女の子がいる。背が高くほっそりしていて、たぶん十代半ばぐらい。スマホとかいう器械に夢中だ。同じものをアレクセイも持っていて、やむをえないとき以外一時も目を離さない。母親のフランチェスカはあきらめている。弟のトミーもひとつ持っているけれど、スマホよりスポーツに関心があるので問題ない。
 そのとき、猫用ベッドらしきものが目に入り、一気に期待が高まった。
「ジョージ、猫がいるみたいだよ」だとすると飼い主はさらに猫を二匹増やしたいとは思わないだろうけど、ぼくたちに新しい友だちができることになるから、そのほうがいい。友だちは多ければ多いほうがいいに決まってる。ジョージと一緒に首をもう少し伸ばすと、しっぽが見えた。見たことがない変わった柄のしっぽ。猫がこちらへ振り向き、ぼくもジョージも息を呑んだ。白と黒と薄茶が混じった毛色、かわいらしいしっぽ、黒と茶色のとがった耳、エキゾチックな顔立ち。ずいぶん小柄で毛並みがつやつやしている。あんな猫、見たことがない。ものすごく変わってる。すごくかわいいからたぶん女の子だろう。ぼくよりかなり年下で、おそらくジョージと同じぐらいの年齢だ。
「うわあ、かわいいね」ジョージの言葉に、ぼくのひげが立った。まだあの子に夢中になってほしくない。まずはどんな性格か知っておきたい。デヴォンで初めての夏を過ごしたとき、ジョージは一匹の猫に熱をあげた。シャネルはいままでぼくが出会った中でいちばん性格の悪い猫だったのに、ジョージはのぼせあがって夏のあいだずっとシャネルに恋い焦がれていた。ジョージの恋心はやがてシャネルとジョージとジョナサンが溺れかける原因になったけれど、幸いみんな無事だった。あんなことをもう一度経験する心の準備ができているか自信がない、いまはまだ。
「きちんと会うまでようすを見よう」ぼくは言った。「ひとめぼればっかりしてちゃだめだ。性格が大事なんだ」
「心配しないで、パパ。あの子にひとめぼれするつもりはないから。シャネルのことがあったから、もう女の子とは金輪際つき合わないって決めたんだ」
 この言葉を信じられたらどんなにいいか。
 そのあともしばらく観察をつづけたが、たいして見るものはなかった。箱がいくつも開けられた。女の子が電話を置いて猫を撫なでている。どちらも思いつめた表情で、ちょっと悲しそうだ。勘が鋭いぼくにはよくわかる。ぼくたちには誰も気づかず、そのうちジョージが退屈して公園に行こうとせがんできた。だからしぶしぶその場を離れたが、好奇心を刺激されて新しい住人のことをもっと知りたくなっていた。好奇心は猫を殺すと言われているけれど、ぼくには当てはまらない。好奇心はぼくのお家芸(ミドルネーム)だ。厳密には違うけれど。

 ジョージはおやつを食べ終えたサマーとトビーと一緒に二階へ遊びに行った。わが家には子どもが三人いるようなものだ。トビーとジョージは特別な絆で結ばれている。トビーはある意味ジョージと同じ養子で、ジョージが仔猫だったころ一緒に暮らすようになってから毎晩同じベッドで眠っている。サマーはトビーより年下で、威張り屋で、クレアの言葉を借りれば“人をあごで使う子”だけれど、ぼくに言わせれば最高にすてきな子だ。ぼくはどの子も大好きで、彼らの世話をするのがぼくの務めでもある。
 夕食の用意ができたかキッチンへ見に行った。クレアが料理をしていて、さっき仕事から帰宅したばかりのジョナサンがテーブルに座ってビールを飲んでいた。ぼくの食器はまだ空っぽだ。
「ああ、ジョナサン、アルフィーたちに夕食を用意してやってくれる?」クレアが声をかけた。「おなかを空かせてるみたい」
「ミャオ」
「いいよ、残り物のローストチキンをやろう」ジョナサンの返事を聞いて、ぼくは舌なめずりした。
「甘やかしすぎよ」クレアがたしなめたが、本気ではない。ジョナサンがチキンをくれてよかった。さもないとパウチ入りのフードで我慢するしかない。パウチ入りフードも悪くないけれど、チキンとはやっぱり違う。ぼくは猫にしてはかなり舌が肥えているので、上質な食べ物に目がないのだ。
 そのうちジョージも来るのはわかっていたが、おなかが空いていたので先に食べ始めた。食事をしながら、クレアとジョナサンの何気ない会話に耳を傾けた。
「さっき、クリスマスをどうするか、フランチェスカとポリーと話したの」クレアが切りだした。
「もう?」ジョナサンはクリスマスなんて関心がないふりをしているが、実は大好きで、特に子どもたちと過ごすのを楽しみにしている。ぼくたち家族はみんなクリスマスが大好きだから、ぼくは耳をそばだてた。
「もう二カ月もないし、あっという間にクリスマスになるのは知ってるでしょう。とにかく、ふたりと相談して今年は一緒に過ごすことにしたわ、ここで」
「相談して?」ジョナサンの片方の眉があがっている。
「わかった、認めるわ、言いだしたのはわたし。デヴォンで過ごそうと思ってたけど、マットはクリスマスから新年にかけて仕事があるから、二日しか休めないし、フランチェスカがロンドンでクリスマスを過ごしてみたいって言うのよ」
 ポーランドから来たばかりのころ、トーマスとフランチェスカはあまりお金に余裕がなかったが、一生懸命働き、特にトーマスが頑張ったせいでいまはレストランを四軒持つまでになった。トーマスひとりのものではなく、共同経営者がいて、子どもたちが大きくなってからはフランチェスカも店で働いている。経営は順調で、ぼくはふたりのことが誇らしくてたまらない。イワシを初めて食べさせてくれたのもフランチェスカたちで、今日にいたるまで二番めに好きな魚になっている。
「会社で休暇の相談はまだしてないけど、ロンドンでクリスマスを過ごすのは賛成だ」
「フランチェスカがサイドディッシュは任せてと言ってくれたから、わたしは七面鳥を用意するし、ポリーがプディングをつくってくれるわ」
「買うって意味だろ」とジョナサン。
「まあね。ポリーは料理があまり得意じゃないから。でも少なくとも高級スーパーのプディングよ」
 ぼくは舌なめずりした。クリスマスディナーもぼくの大好物だ。野菜にも好きなものがあって、猫にしてはかなり変わっているとクレアに言われた。でも猫は人間が思うよりはるかに食べ物の好みが広いのだ。
「それに、みんながそろったらきっとすてきだわ」クレアがしみじみつぶやいた。クレアの両親は毎年息子が住むスペインでクリスマスを過ごすし、ジョナサンは家族と疎遠なので、ポリーやフランチェスカたちが家族なのだ。友だちだって立派な家族だ。
「今年はサマーとトビーのはしゃぎぶりがものすごいことになりそうだな」
「あら、サマーはもうなにがほしいか決めてるみたいよ。念のために言っておくけど、赤ちゃんをほしがってる」
「人形の?」
「いいえ、もうひとり赤ちゃんがほしいんですって」
 ジョナサンがビールにむせ、顔がおかしな色になった。「なんだって?」
「わたしたちにはもうすてきな家族がいるし、サンタさんもそれはわかってるから、赤ちゃんをくれることはないだろうって言ったら、おしゃべりするお人形でいいそうよ」
「よかった」ジョナサンの顔色が元に戻り始めた。「サンタの役回りを超えてるよ」
「心配しないで、いまのままで充分幸せだから」クレアがジョナサンに近づいてキスした。幸福感がこみあげ、ほのぼのした気持ちに包まれた。ぼくは夕食の前に肉球をきれいにする時間だとジョージに言いに行った。
 親の仕事に終わりはない。

 その日の夜、ジョージがトビーとベッドに入ってサマーがぐっすり眠っているあいだに、ガールフレンドのタイガーに会いに行った。エドガー・ロード沿いのすぐそばに住んでいるから、天気が許せば――タイガーはぼくに輪をかけて晴れが好きなのだ――ほとんど毎晩会い、月をながめながらその日にあったことをお互い話す。ジョージに関する心配事を相談することもある。ぼくたちの関係はジョージの親代わりを務めるうちに、友情を超えたものに発展した。
 タイガーの家の裏口でミャオと声をかけた。いつもはこうすると出てくるのに、今夜は出てこない。鼻先で猫ドアを押して待ってみたが、やっぱりだめだった。ぼくから中には入れない。タイガーの飼い主はよその猫が家に入ってくるのが好きじゃないのだ。ジョージのことは大目に見ているのに、ぼくは違う。きっともう眠ってしまったんだろう。タイガーは元からあまり行動的なタイプじゃない。
 あきらめて帰ろうとしたが、我慢できずに隣の家をもう一度見に行った。昼間のように裏のガラスドアからのぞいてみると、家の中は真っ暗だった。でもキッチンのテーブルに昼間見た女の人が座っていた。ワインを注いだグラスが前にあり、膝にあの猫が乗っている。猫はこちらに背中を向けているので、ぼくが見ていることには気づいていない。女の人がゆっくりグラスを取ってひとくち飲み、またゆっくりテーブルに戻してから目にかかった髪をかきあげた。下を向いて猫を撫でている。暗闇の中、涙が光ったのが見えた気がした。外にいても悲しみと辛さが伝わってくるようだ。ぼくは家に帰りながら、あの人の問題は、あの家族の問題はなんだろうと、どうして苦しんでいるんだろうと考えた。でもいずれなにかの折りに、自分がその答えを突き止めるのはわかっていた。
 ぼくはそういう猫なのだ。

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