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【訳者対談②】田口俊樹氏×芹澤恵氏/『短編回廊』をテーマに思う存分語って頂きました!

ローレンス・ブロックが編者となり、有名作家たちが好きな絵画・美術品からインスピレーションを得てストーリーをつむいだ「文芸×美術」のアンソロジー、『短編回廊 アートから生まれた17の物語』
その中のローレンス・ブロックやジョイス・キャロル・オーツといった作品を翻訳された田口俊樹さんと芹澤恵さんに、本書についてリモート対談していただきました。

(全2回でお送りしています。1回目の対談はこちらからどうぞ!)

note ノート 記事見出し画像 アイキャッチ (7)

左:田口俊樹さん/右:芹澤恵さん

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気になる“幻”の短編

田口:今回、自分が訳した作家でよく知っているのはローレンス・ブロックぐらいだったんだけど、ブロックさんといえば前回の『短編画廊』の……

芹澤:「オートマットの秋」、ですか?

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田口:そう、「オートマットの秋」。改めてあの短編はよかったよね。

芹澤:うん。すごくよかった!

田口:あの、なんともいえない雰囲気がね。あまりそういうことはしないんだけど、「オートマットの秋」を訳した後、ブロックさんにメール出したんですよ。「とても感動した」って。あの人わりと不愛想でさ、返事がきても「イエス」とか「ノー」ぐらいだから、今回も「I'm glad」程度しか来ないかなって思ってたんだけど、やっぱり書いた本人も手ごたえがあったんだろうね。めずらしく「いやあ、自分としてもあの作品はなんたらかんたら……」って、詳しい内容は忘れちゃったけど、とにかく嬉しそうなメールが長文で返ってきて。MWAもたしか受賞したしね。

芹澤:ご本人もお気に入りだったんですね。そういえば『短編画廊』につづいて、今回もまたひとつだけ、物語のつかなかった絵が巻頭にあったじゃないですか。

田口:あったね。「オフィスガールズ」だっけ。

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芹澤:はい。序文でブロックさんが「途中まで書いたけど、書けなくなったからやめた」っておっしゃっていて。どんな作品になったんだろうってすごく気になりました。ドラマがいろいろ考えられそうな絵だったので。

田口:そうそう、ブロックさんくらいの作家ならこの絵から、ちゃちゃって書けちゃいそうな気がするんだけどね。やっぱり作家も悩みながら書いてるんだな、と思わされるよね。それにしても「オフィスガールズ」のこの女の人の表情、なんとも言えないよね。全世界にいそうな気がする顔だし。

芹澤:いる、こんな人いる!駅とかですれ違いそう(笑)

田口:知り合いの知り合いって辿っていったら、絶対いるよね。女の人の後ろにいる人の顔も、いかにも物言いたげだし、いろいろ物語がありそうなんだけどな。

芹澤:あとラペルにつけた花の色も、妙に意味深で怪しい……。続きまで書いてくれないかなあ、ブロックさん。

田口:ねえ、なんか書いてくれてもよさそうなんだけど。しかしブロックさん、序文ではいろいろぶっちゃけてるよね。今回の原題(Alive in Shape and Color)は今でもあんまり気に入っていない……とかね(笑)

芹澤:赤裸々ですよね(笑)ブロックさんと言えば、ブロックさんのお嬢さんも今回の短編集に参加されてますよね。

田口:そうそう。前回の『短編画廊』でも書いてたよね。ジル・D・ブロック。

芹澤:彼女が書いた「安全のためのルール」も、選んだ絵と物語の雰囲気がまったく違うのが面白かったです。絵自体はすごく明るい雰囲気なのに、話は誘拐事件がテーマでダークというか……。しかもこの絵、自分でお持ちの絵みたいですね。

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田口:作家紹介に書いてあったね、「部屋の壁に飾ってある絵から着想を得た」って。でもさ、家に飾る絵か、これ?……って思っちゃうけどね。目立ちすぎない? 部屋に遊びにきた人は、「何これ?」ってなるよね。

芹澤:なっちゃいますね(笑)あとダークめの話でいえば、浅倉久志さんが訳された「オレンジは苦悩、ブルーは狂気」。あれは最後、背筋にぞわっと来ました。短編を読んだあとはもう、そういう目でしかゴッホのあの絵を見られないというか……。

田口:あの渦ね、たしかに!


おふたりのお気に入りの絵は

田口:『短編画廊』はホッパーの絵だけだったけど、今回はいろんな画家の絵が入っていた点が新鮮だったね。気になった絵はある? 俺はさっきいろいろ物議をかもしていたんでアレだけど、ジョイス・キャロル・オーツが選んだバルテュスの絵がわりと好きだな。女の子がソファに横になってるやつ。

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芹澤:うん、女の子もかわいらしいし、後ろにある暖炉の火の暖かさなんかもすごく伝わってきますよね。あと女の子の、「大人と子供の境」みたいな、この雰囲気も印象的だなって。

田口:そうそう。そういう人間の一瞬をうまく切り取ってるよね。子供でも大人でもない、人生のうちで光り輝く儚い一瞬……みたいなものが男女問わずあると思うんだけど、その一瞬をうまく描きだしているなと思う。

芹澤:わかります。その時期特有の美しさというか、妖しさがありますよね。

田口:あと、表紙にもなってるマグリットの「光の帝国」。わりとよく見かける絵だけど、これもいいよね。短編の中でも書かれていたけど、昼の明るい青空と、その下の夜みたいな暗さのコントラストが、なんとも寂しい雰囲気をかもしてるんだよな。

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芹澤:私も、お気に入りの絵を選ぶとしたらマグリットのこの絵ですね。あとは、やっぱり「北斎いいな」って思いました。何だろう、構図がすごく斬新なんですよね、こうして改めて見ると。

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田口:この「神奈川沖浪裏」の絵って、我々は小学生ぐらいの頃から見慣れてるじゃない? 教科書に載っていたりするから。だからある意味“免疫”ができちゃってるんだけど、大人になってから美術館とかでいきなり見たほうが、びっくりするかもしれないよね。

芹澤:そうなんですよね。いろいろな絵が並んでいる中で見直したときに、その斬新さに改めて気づかされたというか。

――お二人とも、普段から美術にご関心はおありですか?

田口:ぜんぜん。関心あるのは「なんでも鑑定団」ぐらいだね。あれは毎週かかさず観てる。大好き。

芹澤:ご長寿番組ですよね(笑)私も美術にはそんなに詳しくないですけど……結構見には行きます。やっぱり北斎展は見に行かないとなあ。

田口:でも、今回北斎の絵がラインナップに入っていたわけだけど、この『短編回廊』の企画って完全に日本版としてつくってみても面白そうじゃない? 日本人の作家に執筆してもらって、好きな絵を選んでもらって。ブロックさんみたいに、誰かに編者になってもらってもいいし。

芹澤:たしかに。日本版があったら読んでみたい!

おふたりの近況

――話は変わって、長引くコロナ禍ですが……おふたりの近況をちらっとお教えいただけたら。以前と変わったところなどありますか?

田口:いや、たいして以前と変わりないですよ。芹澤さんはどう? 変わった?

芹澤:ぜんぜん変わらないですね。強いて言えば、翻訳学校の授業がリモートになったことぐらいかな。

田口:そうだ、リモートになったね。最初は、翻訳学校がリモートになって、飲み会もなくなって淋しかったんだけど、なんだかんだで慣れちゃうね。前は「ずっと家にいるのもどうかな」って思ってたけど、今は逆に、外に出るのが面倒くさくなったり。

芹澤:わかります、わかります。

田口:だから我々の翻訳業というのは、そもそも家で一人でやっているものだから、あんまり変わらない。翻訳学校のリモート授業も、慣れるのにあんまり苦労はしなかったな。会社の会議なら誰かと誰かの発言がかぶって聞き取りにくかったり……とかあるだろうけど、授業だとそういう問題もないし。で、リモート授業のあとにリモート飲み会をしたり。

芹澤:リモート飲み会!

田口:でもやっぱり画面ごしに飲んでると、どうせなら顔を合わせて飲みたくなっちゃうけどね(笑)

芹澤:ほんとに飲むんですか、そこで。

田口:そこでっていうか、自分の家で飲みながらね。

芹澤:自分の家で飲んで、しゃべる。

田口:そう。そんなわけで結局飲んでるから、そういう意味でもあまり変わらない毎日だな。あ、あと変わったことで言えば、ついにNetflixにはいっちゃいましたね。

芹澤:あ、すごい! わたしも気になってるんですけど、はいったら仕事が手につかなくなっちゃいそうで……。

田口:それはね君、「今日はここまで終わったから観るぞ」っていうふうに決めておけば、なんとかなる。

芹澤:だめです。自分に甘いから(笑)

田口:だめか(笑)でも、あれはやっぱりいいよ。番組が無尽蔵にあるし、つまらなかったらすぐ次、っていけるし。あと観たかぎりだと、翻訳の質もいい気がするな。

芹澤:そうなんですか。それは観てみないと!

――芹澤さんはいかがですか? コロナ禍ならではで日常工夫されていることなど……

田口:工夫。なんか工夫してないの?

芹澤:なんの工夫もなく。乳酸菌のように生存してます。あ、でも変わったことで強いて言えば、化粧品が減らなくなった。

田口:なるほど。外に出ないからな。

芹澤:特に、口紅は減らなくなりましたね。マスクをつけちゃうし。お酒も外で飲む機会がないから、しかたないから家で飲んでます。ごはん食べながらちょっと、とか。

田口:そうだよね。俺も今は、家でNetflixを観ながら飲むのがいちばんの楽しみ。

芹澤:先生はNetflixの沼から、しばらく抜け出せそうにないですね(笑)

田口:抜け出せないね。抜け出せなくてぜんぜんかまわない(笑)

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2回にわたってお送りした田口俊樹さんと芹澤恵さんの対談、いかがでしたでしょうか。おふたりが翻訳に携われている『短編回廊 アートから生まれた17の物語』は絶賛発売中。粒ぞろいのアンソロジーをぜひお手にとってみてください!

●対談1回目はこちらから

【対談いただいた訳者お二方をご紹介】

田口俊樹(たぐち・としき)
英米文学翻訳家。早稲田大学文学部卒。主な著書に『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』(本の雑誌社)、訳書にウィンズロウ『壊れた世界の者たちよ』(ハーパーBOOKS)、ブロック『石を放つとき』(二見書房)、スヴェン『最後の巡礼者』(竹書房)、ジャクソン『娘を呑んだ道』(小学館)など多数。

芹澤 恵(せりざわ・めぐみ)
英米文学翻訳家。成蹊大学文学部卒業。主な訳書に、ウィングフィールド〈ジャック・フロスト警部〉シリーズ(東京創元社)、ハンター『iレイチェル The After Wife』(小学館)、シェリー『フランケンシュタイン』(新潮社)など多数。




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