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【訳者対談①】田口俊樹氏×芹澤恵氏/『短編回廊』をテーマに思う存分語って頂きました!

ローレンス・ブロックが編者となり、有名作家たちが好きな絵画・美術品からインスピレーションを得てストーリーをつむいだ「文芸×美術」のアンソロジー、『短編回廊 アートから生まれた17の物語』。今回はそのなかのローレンス・ブロックやジョイス・キャロル・オーツといった作品を翻訳された田口俊樹さん芹澤恵さんに、本書についてリモート対談で語っていただきました。おふたりのお気に入りの作品は? 翻訳時のエピソードは? といった本書にまつわる話題はもちろん、最近のコロナ禍での近況まで。師弟関係ならではのおふたりの楽しい掛け合いにもご注目ください。

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左:田口俊樹さん/右:芹澤恵さん

ずばり、おふたりのお気に入り短編は?

――ではさっそくですが……『短編回廊』のなかでおふたりのお気に入りの作品、お聞かせいただけますか?

田口:お気に入りね。俺は芹澤さんが訳した、あれが面白かったな。「扇を持つ娘」だったかな、スパイものの。一番印象に残った。

芹澤:ニコラス・クリストファーの短編ですね?

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田口:そうそう、ゴーギャンのやつ。面白かったよね。ゴッホとゴーギャンが出てきたりして。俺と芹澤さんが訳した作品はふたりでどれを訳すか分担したんだけど、俺が芹澤さんに「先に訳したいやつ選んでいいよ」っていったもんだからさ。この短編は俺のもとには来なかったね(笑)

芹澤:すみません、いただきました(笑)

田口:で、芹澤さんが印象に残った作品は?

芹澤:印象に残ったのは、「ダヴィデを探して」ですね。やっぱり。

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田口:きみ、調子合わせなくていいんだよ(笑)気をつかって、俺が訳したのを選ばなくても。

芹澤:いや。なんか読み終えたとき、「あ、やっぱりサボらないで運動しようかな……」ってすごく思って。最近運動不足でやばいので。

田口:印象に残ったって、そういう意味ね(笑) あと、あれは? ジョイス・キャロル・オーツの『美しい日々』。すごく気に入ったって言ってたじゃない。

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芹澤:キャロル・オーツは、原書を読んだときにすごくいいと思っていたんですけど……いざ訳してみたら大変でした(笑)

田口:これ、不思議な話だよね。結局、ファンタジーというか、いわゆる幻想小説なのか。それとも「これが事実ですよ」みたいに書かれているのか。

芹澤:私の解釈ですけど……さりげなくジョイス・キャロル・オーツからバルテュスへの皮肉みたいなものも込められているのかなって。バルテュスの作品って、何年に一度かは「公共の場から撤去しろ」っていう運動が起きたりしているんですよね。

田口:ああ、そうなんだ。

芹澤:あられもない姿の女の子が描かれていたりするから、物議をかもすこともあるみたいで。アメリカはそういうところに特に厳しいから、この数年でも「撤去しろ」運動があったみたいです。キャロル・オーツはどちらかというとフェミニズム的な作品を書いたりしているので、そのあたりをチクリと書いたのかな……とも。わたしの深読みかもしれないですけど。

田口:なるほどね。そういう画家の背景というか、いきさつを知っていると、より楽しめる作品なわけだ。でも、何とも言えない問題だね。芸術と思想の問題、というか。観る側がその絵をどう受け止めるかだって、世の中の雰囲気でも変わってくるわけだしね。そういえばバルテュスって、日本通だったんじゃなかったっけ。

芹澤:はい、そうです。奥さんも日本人ですね。

田口:そうそう、日本の方だったよね。まあ、あれだね、まとめると『短編回廊』のいちばんのお気に入りは、わたしが「扇を持つ娘」で、芹澤さんが「ダヴィデを探して」……と、お互いが訳した作品を選ぶという美しい師弟愛が出たわけですね(笑)

芹澤:はい(笑)でもやっぱり師弟愛抜きに、「ダヴィデ」いいですよ。

田口:そう? ほんと?

芹澤:私が“スカダー好き”だから、特にかもしれないです。スカダーの語りやエレインとのやりとりを読んでいるだけで、嬉しくて引き込まれちゃいますね。

田口:今回の序文にあったけど、この短編はブロックがフィレンツェで本物のダヴィデ像を見たとき、子供のころに複製を見た記憶がよみがえってきて、そのときに思いついた話だっていうんだよね。そういう背景をふまえて読むのも面白いよね。

芹澤:あとはお気に入りでいうと、「グレートウェーブ」も面白かったです!

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田口:直良さんが訳した、葛飾北斎のね。あれは「この絵からよくそんなことを考えつくなあ」って思ったな。

芹澤:そう、そこが面白くて。

田口:波間に小さく描かれている人間たちに焦点を当てる……っていうね。あの人たちって、本当に名前がついてるわけじゃないよね? S・J・ローザンが勝手につけたんだよね?

(――はい、ローザンが名付けたのだと)

芹澤:あの話を読んだら、北斎展を見に行かなきゃって思いますよね。というか、思ってます。


翻訳に手がかかった短編は?

芹澤:さっき「訳してみたら大変だった」ってあげたジョイス・キャロル・オーツですけど、これ、翻訳学校の授業の教材にもしたんですよ。

田口:「美しい日々」ね。そうなんだ。

芹澤:で、私が自信満々で「こうだ」って言うと、「こうじゃない」っていう意見が生徒から出てきたり……。

田口:たしかに、この話は結構いろいろな読み方ができそうだもんな。読み手に委ねる部分が大きい、というか。ガチッと理解できるところがなくて、書かれていることをなぞって読むしかできないタイプの話だよね。

芹澤:そうなんです。それもあって、結構ぎりぎりまでゲラに赤入れさせてもらいました。

田口:なるほどね。俺は手がかかった作品でいうと、「真実は井戸よりいでて人類を恥じ入らせる」かな。考古学の細かい話が絡んでくるから、用語なんかもだけど、どのあたりまで注を入れるべきか……とか、そういうところも悩ましかったね。

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芹澤:でもこの邦題、すごくかっこいいですよね。

田口:うん、かっこいいね。自分で付けたけど、今思った(笑)たしか原題どおりなんだけどね。訳に詰まったときもそうだけど、直訳が案外いちばん良かったりするんだよね。あとはリズムがよくなるように、「真実は井戸よりいでて……」って、こう、五七五調で入れてみたり。

芹澤:たしかにリズミカルですね。韻を踏んでそう。

田口:でも、この絵ってもともと知ってた? この、井戸から出てくる女の人の絵。

芹澤:初めて見ました。

田口:俺はあんまり好きじゃないかな。毒っぽいというか、怖い絵だよね。女の人の表情がさ……

芹澤:何を言おうとしているのか、不思議ですよね。

田口:そうそう。だからこそ物語性があるのかな。


【対談いただいた訳者お二方】
田口俊樹(たぐち・としき)
英米文学翻訳家。早稲田大学文学部卒。主な著書に『日々翻訳ざんげ エンタメ翻訳この四十年』(本の雑誌社)、訳書にウィンズロウ『壊れた世界の者たちよ』(ハーパーBOOKS)、ブロック『石を放つとき』(二見書房)、スヴェン『最後の巡礼者』(竹書房)、ジャクソン『娘を呑んだ道』(小学館)など多数。

芹澤 恵(せりざわ・めぐみ)
英米文学翻訳家。成蹊大学文学部卒業。主な訳書に、ウィングフィールド〈ジャック・フロスト警部〉シリーズ(東京創元社)、ハンター『iレイチェル The After Wife』(小学館)、シェリー『フランケンシュタイン』(新潮社)など多数。

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(余談:PR担当より)
以前バルテュス展に友人と行った際、「この自由奔放そうなバルテュスの絵、素敵じゃない?」と感想を述べると、「え、そう?誰がこのポーズさせてるんだろうって思っちゃうな。」と返された記憶が蘇りました。(笑)
今回の田口さんと芹澤さんの対談で「もう一度その短編読み返そう」と思ったのでした。

第2回へ続く…

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