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【本】美術鑑賞のヒントだけでなく、表現への勇気をもらえた一冊『美術「心」論』

古田 亮 著
『美術「心」論 漱石に学ぶ鑑賞入門』 

自己表現というものが好きじゃなかった私に、自分の心を表現する勇気をくれたのが本書。

日頃から美術館巡りが好きで美術鑑賞のヒントをもらいたいなと思って図書館をぶらぶらしていたところ、この本が目に入り「なんで美術と夏目漱石?」とサブタイトルが気になって手に取りました。
鑑賞者として読み始め、実際に「なるほど。こういう見方ができるのか~」とか、「日本画の美術史も面白いな~」とかずっと興味深く読んでいたのですが、最終的に作者として表現する勇気まで受け取っていました。
そして、最初の投稿にも書きましたが、この本に背中を押されてnoteを開設しました。


知的充足感たっぷりの「心」を軸とする美術論

夏目漱石と言えば「こころ」というタイトルの小説が有名ですよね。
そういった直球タイトルの作品を生み出したことにも表れているように、「心」について哲学的な思考をもって文芸に取り組まれていたそうです。

本書ではその漱石先生の講演を引用しつつ、「心」を軸として美術を探っていきます。

明快でロジカルな解説によって納得と発見が次々とあり、かなり知的充足感を感じながら読み進められました。思わず「なるほど」「そうか!」と声が漏れちゃう次第。(※自室です。)


ここでは大まかな内容を簡単に振り返ってみます!

まず心の作用(意識)を漱石に習い「知・情・意」に分解し、作者はそれぞれの要素が理想とするものを作品として表現するという前提が提示されます。

・心の作用と理想
 「知」→真
 「情」→愛・美
 「意」→善・荘厳
(もちろんこれらの要素はバランスをもって共存しうるものです。)

そして、それぞれの要素による美術史(作品スタイルや時代)の分類を試みます。

・心の要素と美術史
 「知」→写実主義・ルネサンス・抽象画など
 「情」→印象派・新派・南画など
 「意」→宗教画・歴史画・権力画など

(こうやって雑に例示してまとめてもなんのこっちゃって感じなんですけど、これはぜひ本書を読んで納得してほしいです…!導入的に西洋絵画に触れられていますが主眼は著者の専門である日本画に置かれている印象。日本画に全く詳しくなかった私でも、読みやすくて理解が深まりました。)


特に「情」の項目は、美との繋がりが強いためか、あるいは漱石の生きた時代の価値観との親和性が高いためか、内容豊富ですごく面白かったです!

私は西洋の印象派が大好きなんですが、よく「印象を描く」「移ろう光を描く」って簡単に言うけど、それを内発的・外発的な情という概念を使って心の作用という面から解説してもらうと、腑に落ちるような感覚で改めて印象派を好きになれた気がします。
また、日本にそういう印象派的な画風を持ち込んだ黒田清輝ってすごい人だったんだなぁと思いました。(日本史でちらっと触れた程度の知識しかなかったけど、大人になって興味の幅が広がってから歴史上の人物の功績とその文脈を知ると教科書に載るのも納得の凄い人だなと思い直しますね・・・。)



以上のように心の作用(意識)の要素に基づいて美術を分類してきましたが、そこに分類できない美術にも触れています。

知情意に分類できない美術
 心のリズム→装飾画(クリムト、琳派など)
 心の裏側(無意識)→シュルレアリスム

分類できないと言っても心に関連してまとめてるのが流石です。

内容が興味深く、勉強になるのはもちろんのことですが…
独自の視点からスタートし史実を基に論証する姿勢、抜け漏れない分類、明快な論理、入門者にわかりやすい言葉づかい、にじみ出る専門分野への熱量・・・
著者の藝大教授としての風格をひしひしと感じ、感服の1冊でした!

表現への勇気をもらえるエピローグ

さて、本論を通して体系的な知識・鑑賞眼を得た私たちに最後に示されるエピローグ…
これがこのnote記事の本題に繋がります。
(前置き長いか…。反省。)

戦後、自由と物質への称賛から表現の幅は拡がり、個人主義が社会に浸透するにつれ美術表現もますます多様化していきます。
派手で夢や希望を掲げるものもあれば、現代社会の心の疲れを吐露するネガティブなものも・・・それらは時代に反応する作家ひとりひとりの心であり、優劣はありません。
「表現力」には光るもの・そうでないものというのはやはりありますが、その奥にある「ひとつひとつの心」というのはどれも尊いものなのです。

私はこのメッセージに勇気づけられ、自分も心のある作品を作りたいなと思いました。
絵はうまく描けないけど、文章でも粘土でも写真でも。
何かしらで自分の心を表現していきたいと思えました。
たぶん控え目すぎる性格の自分にとって、内面を表に出すのは価値あることだと思えたのは一歩前進な気がします。


著者は鑑賞者に向けて、
「作品を通して作者の心に向き合うことで、鑑賞者自身の心のありようも自覚できる」
と言います。

このとき両者の心がシンクロすると、鑑賞者には感動が生まれ、鑑賞者と作者の間には見えない繋がりが発生するのだと思います。
作者視点にすると、作品を通して自分の心を表現することで、不特定多数の他者と心で繋がることができるのです。
そして、その繋がりはきっと、孤独なひとつの心に居場所をもたらしてくれるのではないでしょうか。

私はそんな小さな希望を抱きつつ、
誰かの表現を借りることなく自分の心を自分のかたちで表現する強さを持ちたいと思えたのでした。



美術に少しでも興味がある方には是非読んでいただきたいです。
すごいです、この本!!

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