ホテルウイングステート東京 第9話

村井 貴明 (むらい たかあき) 38歳 その4


「けど、貴明さんに似合ってると言われると、普段からスカートとか着ようかなって思っちゃいますね」
「うん。絶対にそのほうがいいよ。雰囲気が全然変わるから」

 無邪気に嬉しそうに笑う少女を見ていると、つられて僕も自然と頬が緩んでいた。
 大人になることは、すなわち汚れてしまうことだ。この大都会東京なんて、そんな大人だらけであふれかえっている。汚れすぎた世界を見すぎて、僕は少し人生に疲れていたのかもしれない。

「ただ、こんなヒールの高い靴はちょっと厳しいかも、実は足はちょっと痛くて」
「もうちょっと頑張れる?」
「大丈夫です。あとはもう部屋に戻るだけなので」

 苦々しく少女が笑うと、僕の好き勝手でおしゃれな恰好をさせてしまったのがちょっとだけ申し訳なく感じた。
 彼女の格好は大抵、Tシャツの上からパーカーを羽織り、細い足にとても映える濃紺のジーンズにハイカットのスニーカーを履いている。それもそれでかわいらしいけど、僕としては今日のような彼女が好みだ。

「けど、レストランでもあまり変な目で見られてないから安心しました」
「僕も。けど、こういうホテルって働いてる人はもちろんそんなことしないし、利用者はビジネスだったり、デートだったりで、自分の事で忙しいから。よっぽどでもない限り他人に関心を抱かないと思う」

 窓ガラスの方に歩いて、夜空へと登り続けるエレベーターから下を見下ろした。少女も僕に続いて窓ガラスの下を見つめている。
 歩道を小さな点がぽつぽつと動いたり、道路にはおもちゃよりも小さな、ミニサイズの車が走っているのが見えた。年齢が離れているだけなのに気持ち悪がったり……世間は、ぼくたちに冷たい。


 年をとって、収入も安定し人生に退屈を感じ始めたころ、僕の心に色彩《いろどり》を与えたのがひとみちゃんだった。
 上京して東京の事を知らない彼女にあれこれ教えてあげるのは楽しいし、目がきらきらと輝いてるところやはずんだ声を聴いていると、現実を忘れて穏やかな気持ちでいられる。
 燃えるような情熱を感じるような感情じゃないから、これを恋と呼んでいいのかわからないけど、ただ永遠に、ずっとこのままでいてほしいと願ってしまうんだ。

 年齢も、境遇も、住んでいる世界も、全てが違うけど、ひょんなことからぼくたちは出会えた。もし、本当に神様がいるとすれば、運命のいたずらを仕組んだことにすごく感謝している。

「手、繋いでもいいですか?」
「もちろん。けど君から手をつなぐなんてめずらしいね。どうしたの急に」

 彼女から僕の手を握ってきたが、ひとみちゃんの小さな手では包み込めず、僕の大きな手を覆うのが精いっぱいだ。

「さっき、窓に反射した貴明さんと私が手をつないでる姿が、なんだか夢みたいだなって思えて」

 彼女が少し後ろに下がったので、僕も続けて後ろへと下がった。もう一度エレベーターの窓ガラスを見つめると、さっきと同じでスーツの僕とドレスの少女が向こう側に映っている。いざじっくり見てみると、床下の淡くあたたかい光が幻想的で、自分自身で言うのもどうかと思うが……すごく絵になっていると思う。彼女が夢みたいと言ってしまうのも納得できる。

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