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論語と算盤と私

きっかけ:総合商社をやめて企業した友人から人生の一冊として紹介された
読んだ日:2020月12月
こんな人へ:起業家、投資家、スタートアップ・起業を考えている人。
      会社にモヤモヤした感情を持っている人。
推薦文:幅広い経験をされた著者が多角的な視点から会社について書いて
    ます。相手の立場・視野から会社や経営を実感できるので、得る
    ものというと大袈裟かもしれませんが、読み終わった後、明日から
    のワークライフが少しだけワクワクしてくる本です。マインド的な
    話だけでなく、上場の実務、偉人の引用など材料も豊富ですので、
    読みやすい(読み続けられる)本でした。
※心に刺さる内容が多く、あえて本当に刺さった箇所はここに載せることができませんでした。一種の恥づかしさがその時はありました。充実した内容ですので、ぜひ、興味が湧いた方は、原本を読んでみてください。

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「会社」とは何でしょうか。個人によって会社が持つ意味は異なるかと思います。ある人にとっては、生活の糧を得るために人生の大半を過ごす場。一方で、ある人にとっては、実現したい事業を成し遂げる手段ということもあるかと思います。殖財のための投資対象という人もいるかと思います。「会社」とは一体どのような概念なのでしょうか。そして、私たちにとってどのような意義を持つのでしょうか。

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日本に「会社」という概念を持ち込んだのは、福沢諭吉であったといわれています。1866年、著書『西洋事情』のなかで彼は、近代的な会社の概念を次のように紹介しています。「西洋の風俗にて大商売を為すに、一商人の力に及ばざれば、五人或いは十人、仲間を結て其事を共にす。之を商人会社と名づく」と。日本では終身雇用制度も機能していたため、人によっては、会社は国家以上に所属の基盤として感じている人もいるかと思います。しかし、かつてベネディクト・アンダーソンは「国民が一つの共同体として想像される」と指摘し、国民国家とは「想像の共同体」であると喝破したのと同様に、企業もまた、現実には実態のないフィクションにすぎません。
福沢諭吉は1872年にまとめた『学問のすすめ』のなかで、「一身独立して一国独立す」とも述べています。人間が努力するかしないかによってその後の人生が変わるのと同様、かつて豊かであった国が貧弱になることもある。まずは、一身の独立を目指し、それによって一国を豊かにすることを目指すべきであると主張したのです。
同様のことが、会社と個人にもいえるのではないでしょうか。市場のなかで会社が競争力を保ち、生存し理想を実現するためには、過去と同じことを続けていていいわけではありません。現状維持とは、衰退です。移りゆく環境の変化に対応し、常に自己を変革し続けなければ、会社の維持・成長はかないません。会社を強くするのは、独立した個々人にほかならないのです。また、会社はいつ傾くか分からないものですので、個人は会社を飛び越えてたくましく渡り歩いていく必要があります。周囲の空気に流されることなく自力で思考するための信念、そしてまた個々人が独立して生き続けるための処世術の必要性。
そうした思いから、企業活動や企業を取り巻く環境、そして企業に携わる一個人がどうあるべきかについて、著者なりの考えをまとめたのが本書です。

ーーーーーーーーー著者(朝倉祐介)プロフィールーーーーーーーーーー

1983年生まれ、兵庫県西宮市で育ちました。近所に阪神競馬場があった影響もあって、中学を卒業すると同時にオーストラリアに渡りました。騎手養成学校で馬の生態や扱い方を学ぶ傍ら、現地の調教師の下で研修生活を送り、競走馬の世話と調教を手がけておりました。しかし、身長が170センチ超まで伸びてしまい、騎手としての体重調整が難しくなったため、騎手の道を断念して日本に帰国し、北海道の競走馬育成牧場で調教助手を努めました。その後、進路を転換して東京大学法学部に入学。卒業後はマッキンゼー・アンド・カンパニーで3年間努めました。ビジネススクールに留学しようとしていた時に学生時代に仲間たちと立ち上げた会社に復帰するように誘われました。ネイキッドテクノロジーという会社です。いわゆる「ガラケー」向けのアプリケーション開発のためのミドルウェアなどを提供していました。復帰後、著者は代表就任し、同社を株式会社ミクシィに売却しました。それをきっかけにミクシィに入社したのです。「LINE」の登場やガラケーからスマートフォンへの急速なデバイスシフトも進行しており、会社を取り巻く外部環境が急激に変化していた時期でした。その後、ミクシィの代表取締役に就任し、同社の再生に取り組んできました。それ以外にもスタンフォード大学の客員研究員や日本国内の若手企業経験者で構成するTokyo Founders Fundを通じたベンチャー投資など零細スタートアップや上場企業という異なるステージの会社に関わってきた経験をベースにして著者なりの考えを述べています。

ーーーーーーーーーーー経営者には3類型あるーーーーーーーーーーーー

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経営者というと、スティーブジョブスや松下幸之助といった面々を思い浮かべる人が多いと思いますが、そのあり方は様々です。特に企業の成長ステージによって、経営者に求められるスキルセットやマインドセットは大きく異なるように感じます。それらを3類型に分類してみました。

①創業期:起業家
まったく何もないところから商売を立ち上げる段階。0から1を生み出す。事業を構想して仲間を集め、アイデアや技術を基に製品やサービスを開発しながら顧客を獲得し、収益を生むビジネスを立ち上げる。

②成長期:事業家
1まで立ち上がった事業を継続して利益を創出する10の規模感まで育て上げる段階。転がり始めた商売を一人前の完成された事業まで育て上げ、規模の拡大やオペレーションの洗練を図っていく。

③成熟期:経営者(狭義)
最後に、自社事業の規模感が10まで育った会社のステージを100まで持っていく段階。「10を100にする」というのは、単一の事業の規模感を10から10倍大きくするのではなく、10まで育っている事業を10個並行して運営する状態を想定。ステージの進展とともに経営のフォーカスは個々の事業から組織に移るイメージ。

「経営者はかくあるべし」という本が日本にはたくさんありますが、語られている経営者像というのが一体どのステージの経営者を想定しているのか、あるいはどの段階の経営者にも共通した資質について語っているのか、あらかじめ意識すべきです。

ーーーーーーーーー雇われ経営者が持つべき心意気ーーーーーーーーーーー

雇われ経営者が創業者に対してとるべきは、「自分の意思決定が気に入らないのであれば、いつでもクビにしてください」という割り切った態度ではないでしょうか。「いつ放り出されてもいい」という腹決めができているからこそ、先代の顔色をうかがうことなく、経営者として正しいと思う意思決定をすることができるのです。会社の発展のためには老害と化したかつての功労者たちに対して、時には引導を渡す覚悟を持つべきだと思います。院政を看過するほうが、気持ちのうえでは経営者にとっても楽な道ですが、経営者としての本来の責務を果たそうとするのであれば、自分の子どものように会社に向き合わなければなりません。どんなに敵を作ろうとも肝心の会社が良くなったのであれば、納得がいくのではないのでしょうか。

ーーーーーーー事の成否は「理」「心」「運」できまるーーーーーーーー

事の成否を左右するものとは一体何であるかを改めて考えてみると、ひとつの切り口として、「理」「心」「運」という3つの要素に因数分解できるのではないかと、私は考えています。「理」はすなわち、頭で考える内容です。戦略と呼ばれる類もここに分類できます。「心」とは、理から得られた結論を遂行しきる胆力であり遂行した結果を背負うことです。「運」は、文字通りです。ポイントは、こうした要素が結果にどれくらい寄与するのかという事です。あくまで私の感覚値ですが、自分自身の経験に照らし合わせて考えると、「理:心:運」は、それぞれ「1:4:5」程度の割合で影響を及ぼしていると感じます。企業経営という話題になると、「べき論」や理屈に関する論考には富む一方で、「べき論」をどう遂行しきるかという点についてはあまり触れられません。「理」で考え抜き、「心」を尽くして「運」を待つ。「心」の部分にスポットライトが当たりにくいことが、決断の末に生じるさまざまな出来事が、なかなか表立って語られにくい点に一因があるのではないでしょうか。大きな決断に至るまでに、組織内の軋轢や内輪でのトラブルといった問題が発生するかと思います。そうした問題に対応できるよう「心」をいかに鍛えるかは、リーダーにとって永遠の課題と言えるのではないでしょうか。

ーーーーーーーーーーー自分自身に何も期待しないーーーーーーーーーーー

自意識が肥大化した揚げ句に、己のセルフイメージに押しつぶされてしまうことがあります。承認欲求が強すぎるがために、いたずらに己の才覚や精神をすり減らしてしまったように見受けられる人もいます。この点で、自分自身に対する「期待値コントロール」もまた、実践家にとっては大切なことだと思います。いつでも最悪の状況を想定し、自分の期待値を低く保つことができれば、大抵のことが起きても想像の範囲内に納まるもので、心が乱れることはありません。他人と自分を比較せず、多少うまくいっても浮かれて勘違いをせず、また悪いときも気落ちせず、「失意泰然、得意淡全」でその時々になすべきことに淡々と取り組む。そうした心持ちを保つことが重要だと思います。

ーーーー存在理由としてのミッション、手段としてのミッションーーーー

世の中の多くの組織にとって、ミッションとは、自己目的的に無条件で追い求めるべき対象(存在理由としてのミッション)を示すのと同時に、組織を永続的に発展させる原動力となるものという、二面性を持っているのだと思います。企業だけでなく、NPOや自治体など、世の中にはさまざまな組織が存在します。つまるところ「経営」とは、どのような組織であれ、そもそもの存在理由の追及と、組織の永続性の両輪を、バランスを取りながら回し続けていくことと言えるのではないでしょうか。組織の性質や、その時々の状況によって、両輪の優先度合いや重心の置き方は異なりますが、存在理由を忘れた組織が存続する意味はありませんし、また存続できない組織は存在理由を果たしえません。たとえば企業であれば、自分たちの事業を世に問おうとする創業初期の段階から、将来にわたって事業を継続するゴーイング・コンサーンを前提とする上場企業の段階にステージが移行すれば、一気に永続性の重みが増していきます。既存事業が好調に推移している間はよいでしょうが、成熟・衰退局面に移ると当初の存在理由そのものをアップデートしてでも、組織が生存する術を模索していかなければなりません。

ーーーーー自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよーーーーーー

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(これは本のコラムに書いてあった内容です)現リクルートホールディングスの創業者である江副浩正が、今から50年近く前に掲げた同社の旧社訓です。人というのは機会によっていくらでも変わり得る存在だと思っていますが、その機会自体は、自分自身で創り出すことができます。これ以上にパワフルで、これ以上に前向きな言葉を私は知りません。日本中の会社の社是はこれでいいんじゃないかとさえ思っています。

ーーーーーーーー日本にあった3度のベンチャーブームーーーーーーーーー

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1度目は1970年代の第1次ベンチャーブーム。この頃は自動車や電気産業を中心とした加工組立型産業が経済の牽引役に躍り出るのと時を同じくして、研究開発型の製造技術系ベンチャーが数多く設立されました。第1次石油ショックによって第1次ベンチャーブームは沈静化しましたが、日本電産、キーエンス、コナミといった企業がこの時期に設立されています。また、1972年には日本初の民間VC、京都エンタープライズデベロップメントが誕生しています。2度目は1980年代です。「重厚長大」型の製造業から流通・サービス業といった第3次産業への構造転換が進むタイミングで、エイチ・アイ・エスやソフトバンク、ツタヤの運営で知られるカルチュア・コンビニエンス。クラブといった企業が設立されました。1982年には国内VCの草分けである日本合同ファイナンス(現ジャフコ)が、日本初の投資事業組合を作っています。3度目は1990年代から2000年代にかけてです。バブル崩壊によって大企業が停滞するなか、インターネットの勃興に代表される情報技術の進展により、楽天やDeNAといった日本のIT産業を牽引する企業の多くがこの時期に設立されました。東証マザーズ市場やナスダック・ジャパン市場は、この時期に開設されました。

ーーーーーーーーーーゆでガエル状態に気をつけろーーーーーーーーーーー

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停滞期の組織を表すお決まりのフレーズとして、「ゆでガエル」があります。熱湯にカエルを放り込むと驚いて飛び上がるが、常温状態の水に入れて徐々に加熱しても水温の変化にきづかず、沸騰したお湯のなかでゆで上がってしまう」という話です。「環境の徐々な悪化に気づかないでいると、手遅れになる」ことを表しています。程度の差こそあれ、自分の組織がまずい状態であることに気づいている人は少なくないのではないでしょうか。無論、まずいと感じていることと、そのことを認識したうえで原因を追及し、解決に向けたアクションを起こすことは別の話です。実際には、不都合を感じていたところで、なかなか具体的なアクションを取れない状態も含めて「ゆでガエル」と呼ぶのかもしれません。このような状況が蔓延させるのは現状に対する冷めた態度であったり、組織に対する不信感であったりとネガティブな感情です。
また、こうした「ゆでガエル」状態の会議室で他社との競合比較分析を試みたとします。自己正当化が過度に働くと対象市場を細分化し、あたかも競合とは完全な棲み分けがなされているかのようなポジショニングマップが描かれます。競合を指して、「類似した事業を展開しているが、厳密な棲み分けがなされており、むしろ市場を共に広げるパートナーである」といった、都合の良い分析がなされます。各々は、「王様は裸だ」と気づきつつも、目の前で起こっている状況から目を背け、自分たちにとって都合のよい切り口で現状を解釈してしまうのです。その結果、ますますタコツボ的に自社の既存商品やサービスに閉じた発想のなかでの議論が交わされ、既存事業の延長線上でしか物事を考えづらい環境をみずから構築してしまうのです。「われわれのここがすごい!」といった点が強調されるようになると、一種の危険信号かもしれません。

ーーーーーーーーー価値ある挑戦の芽を摘まないーーーーーーーーーーー

慢性的な赤字の止血を図る一方で気をつけなければいけないのが、防戦一方にならないことです。目の前の事業が振るわないと、どうしても全ての判断が保守的なものに偏りがちですし、気がつくといつも足元ばかりを見つめて悲観的な思考スパイラルに陥ってしまうものです。業績が極度に悪化している状況下では、一時的に後ろ向きの施策が集中するのもやむを得ない側面はあります。しかしながら、赤字解消に取り組んでいるだけでは縮小均衡の域を脱することはできません。締めるべきところは引き締めつつも、夢を描いて出るところは出る、メリハリのある投資判断が求められます。特定の事業に予算を大きく投じるなり、新たな企画や商品、事業の開発といった前向きな施策にも並行して着手するのです。新規事業の開発であれば、自社内の人材やすでにあるアセットを活用することもあるでしょうし、はたまた親和性のある外部の企業や事業を自社内に取り組むといったこともあるでしょう。闇雲に挑戦するのではなく、どの規模感までであれば、全ての試みが失敗に終わったとしても致命傷に至らずに済むのか、その線引きを明確にすることの方がより実践的かもしれません。致命傷に至らない範囲内で試行錯誤を繰り返すのです。

ーーーーーー空気に流されず、率先して空気をつくるーーーーーーー

大前研一氏は、「人間が変わる方法は3つしかない」と述べています。「一つ目は時間配分を変えること、二つ目は住む場所を変えること、三つ目は付き合う人を変えること」だそうです。これらに加え、「最も無意味なのは、『決意を新たにする』こと」だそうです。自分の行動ですら、自分の意思ではままなりません。いわんや他人の行動をや、です。「将を射んと欲すればまず馬を射よ」といいますが、人の行動を変えようと思えばまずは取り巻く環境を変えるべきなのでしょう。仮に組織に働く慣性の一側面を「空気」としたら、空気を読んだうえで空気に流されず、率先して空気をつくるということです。

ーーーーーーーーーー「男の順序があるならば」ーーーーーーーーー

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薩摩には「男の順序」という教えがあるそうです。
一、何かに挑戦し、成功した者
二、何かに挑戦し、失敗した者
三、自分は挑戦していないが、挑戦する人を手助けした者
四、何もしない者
五、何もせずに批判するだけの者

没入できるテーマがあるというのは、とても幸せなことです。人によっては、自分の奥底から出てくることもあるでしょうが、こういうテーマは突然やってくるパターンも多いのではないでしょうか。しかし、一生涯かけてこうしたテーマに巡り会うことができるかどうかも分かりません。けれども、いつ何時、巡り合ってもいいように、準備はしておくべきでしょう。私はそうありたいと思います。挑戦しないことには、失敗することすらできないのですから。

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