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グリム童話IX 赤ずきんちゃん ツィーゲンハイン

あれは、ラプンツェルのお城に出かけた日の事。
そこでメルヘン街道の案内を手にした私は、ある一枚の写真に目を奪われた。
それは、民族衣装を着た可愛らしい少女の姿だった。
説明には、赤ずきんちゃんと書いてある。
赤ずきんちゃんに会える街があるの?
必ずこの街に行かねば!
私はその時に、こう決意したのだった。

しかし、赤ずきんちゃんには、いつでも会える訳ではない。
年に一度お祭りがあり、仮装行列のようなものらしい。
そのお祭りを目指し、私はツィーゲンハインに向かった。

この街の正確な名前は、Schwalmstadt-Ziegenhain。
ここはヘッセン州北部の地域で、赤ずきんちゃんの故郷、またはRotkäppchenland 赤ずきんちゃんの国 と呼ばれている。
(近郊の街アルスフェルトにも、赤ずきんちゃんの噴水があるので出掛けたが、修理中で見る事は叶わなかった。)

その理由が、この地方の民族衣装。
赤ずきんちゃんのお話は、シンデレラと同じく、フランスの作家ペローが書いたとされており、グリム兄弟はそのお話をグリム童話に纏めた。
赤い頭巾という特徴が、この地方の民族衣装を連想させ、ここが故郷と呼ばれるようになったそうだ。
実際には、コップを逆さにしたような小さな帽子なので頭巾とは言い難いが、とても印象に残る。

博物館にて

ここは、水上要塞の街。
その歴史は古く、960年にはこの場所に塔が建てられ、1144年になってからGottfried von Reichenbach-Wegebach伯爵がこの塔を基礎とした城を造らせた。

後に30年戦争の頃には、この要塞はヘッセン州内で4番目の大きさとなっていたという。
この要塞は、一度も陥落せずに街を守ったことから『ツィーゲンハインの要塞のように強固』という言葉ができたほど。
現在は、重要文化財として登録されている。

博物館内の写真

かつてのお城は、バロック様式の美しさとは裏腹に、19世紀からは刑務所として使用されているため、よく見ると高い塀の上には有刺鉄線が張り巡らされている。

さて、初夏のお祭りSalatkirmesサラダキルメスは、豊かな収穫や自然の恩恵を願うもの。
キルメスは、移動遊園地。
お祭りは一週間続き、日曜日にパレードが行われる。

パレードの前に、街を探索。
要塞の街らしい、街を守るオブジェ。

そして、赤ずきんちゃんの信号。
ベルリンのアンペルマンも、ハーメルンの笛吹きも可愛いが、これは今まで見た中で一番の可愛さだ。小さな籠まではっきり分かる。
パレードの時間帯は、市内全て通行止めのため、ずっと赤ずきんちゃんのまま。

通行止めになる事を知らなかった私は、バスに乗り込む時に、運転手さんから市内までは行かないと言われ困ってしまった。
親切なご夫婦が、自分達もパレードに行くと声を掛けて下さり、別のバスでご一緒して下さった。

堀の上には、大砲が飾られている。
今は市内中心部へ入れる箇所は二つあるが、かつてはここからしか出入りできなかったそうだ。
そして、この辺りがパレードを見るのに丁度良いと、ご夫婦が教えて下さった。

市役所。

パレードは14時から。
既に多くの人々が、パレードコース沿いで待機している。

パレード観覧料は4ユーロで、こちらがそのチケット。

パレードは毎年テーマがあり、今年は『1970年代へのタイムトラベル』。

街では、日本からの観光客に何人もお会いした。
日本でも有名なお祭りになったのだろうか?

遠くから、賑やかな音楽が聴こえてくる。
いよいよ、パレードの始まりだ。

ツィーゲンハインのツィーゲンは、山羊の意味。
山羊が、サラダを籠一杯に積んだ山車に乗る赤ずきんちゃんを引いて行く。
沿道からは、まぁ可愛らしい!と歓声が上がった。

市の紋章は上半身が山羊、下半身が鶏。

こちらは、結婚式用の豪華な衣装。

民族衣装を着て、子供から大人まで一緒に楽しんでいる。
後に郷土博物館で知ったが、赤い帽子は未婚、黒は寡婦など、色で判別するそうだ。

こちらは、帽子ではなく頭巾。
より一層、赤ずきんちゃんらしく見える。

じゃがいもやサラダなど、豊作の恵みを願う山車。

行程表によると、全部で50グループが参加している。
山車から飴やチョコを撒いてくれるのだが、中には、手作りの玉ねぎのケーキを配って下さるグループや、ビールを瓶ごと手渡すグループもあり、次はどんな山車が来るだろうかとワクワクしてしまう。

賑やかな音楽隊も。

1974年、音楽の祭典ユーロヴィジョンで優勝したAbbaの曲を演奏しながら、賑やかに通り過ぎて行く。

1970年代ヒッピースタイル。

消防隊は、見物客に水をかけながら通り過ぎる。
炎天下での沿道の見物客には、ありがたい冷水のシャワーだ。

パレード後は、郷土博物館へ。

様々な民族衣装

こちらは、結婚式の衣装。
花嫁は、11枚から15枚のスカートを重ねて履いたそうだ。
頭の飾りの数は300個、紐は30本だとか。

シュバルム地方では、刺繍や編み物が古くから盛んだったそうだ。
民族衣装には、刺繍がふんだんに施されている。

赤ずきんちゃんの刺繍作品も。

受付のおばさまは、分からない事があれば何でも聞いてね、とおっしゃって下さっていた。
見学途中でおばさまが、何か聞きたい事はない?とまた声を掛けて下さったので、この民族衣装を着た事はありますか?とお聞きしてみた。

70歳になるというおばさまは(とてもお若く見えたので驚いたが)、人生で一度もこの民族衣装を着た事がないと言う。
私はね、こんなにたくさんの衣装を重ね着するのが嫌だったのよ、特に今日のような暑さの中ではね、とウインクをしながらお茶目に笑った。

各家庭によるそうだが、おばさまの一代前の世代では、パレード等ではなく、特別な機会があるとこれらを着ていたそうだ。

また、これらの衣装はとても高価であったため、かつては富裕層がその財を見せびらかすために着るという意味もあったらしい。

私自身は民族衣装を着なかったのに、ここで働いているなんて、ちょっと可笑しいわね。
でもね、このような場所があるからこそ、私達のルーツを知る事ができたの。
自分達の祖先がどんな暮らしをしていたかを知る事は、素敵なことだと思わない?

キラキラとした目で、故郷の話をして下さるおばさまは、とても輝いて見えた。

お土産コーナーで、一つのぬいぐるみが目に入った。
赤ずきんちゃん、おばあさん、狼が一体になっている。

観光地ではないこの街にお土産屋はなく、観光案内所も閉まっていた為、このぬいぐるみをお土産に購入した。
おばさまは、あなたに来年も会えるかしら?と言いながら、ぬいぐるみを手渡して下さった。

この街では、博物館の隣にあるLandgraffに宿泊。

ホテル内には、可愛らしい赤ずきんちゃんの写真が至る所に飾られている。
レストラン兼ホテルなのだが、今夜はレストランを閉めて、従業員全員でキルメスに行くのよ!と嬉しそうに話して下さる。

そして部屋には、可愛らしい絵葉書が一枚。

部屋でこの絵葉書を手にし、続々とやってくる、華やかな衣装に身を包んだ人々を思い出していた。
同時に私は、日本の盆踊りを思い浮かべた。
盆踊りは死者を弔う意味で、サラダ祭りは自然への恩恵に感謝する意味なので、二つのお祭りの目的は全く別だ。
しかし、地域住民が揃い、華やかな民族衣装を着て一緖の時を過ごす事は、どこか似ている。

子供の頃、盆踊りに浴衣を着るのが楽しみだった。
空き地に櫓が組まれ、周りに提灯がぐるりと飾られる。
夜が近づくと、ピーヒョロ、ピーヒョロ、ドドン、ドドンと、笛や太鼓の音が遠くから聞こえてくる。
そして、曲を口ずさみながら輪になって踊るのは、とても楽しかった。

赤ずきんちゃんの衣装を着た、小さな女の子達。
民族衣装を着た彼女達も、そして着なかった彼女達も、いつかこの故郷のお祭りを懐かしむ時が来るだろう。
あの博物館のおばさまのように。

その時の彼女達の心は、今の私と同じように、ふんわりと温かく包まれている事だろう。

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