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ドイツ鉄道を好きな理由

ドイツ鉄道 Deutsche Bahn

„ドイツ鉄道は優秀である“
 
これが世界的に見たドイツ鉄道へのおおまかな評価であろう。
ドイツ人は勤勉で真面目というイメージ通りだ。

だがそれは、私がドイツ鉄道を好きな理由ではないようだ。
 
他の欧州諸国と比較すると、優秀だと評価せざるを得ないが、日本から来た私にとっては驚きの連続だった。
 
時間通りには来ない。
大小様々な理由ですぐに電車が止まり、ひどい時には電車から降ろされる。
Wi-Fiを使うためにICE(高速列車)を予約しても、運が悪いと全く繋がらない。
電車の外装や線路沿いの壁などに、イタズラ書きをたくさん見かけるし、電車内のトイレが故障中だったり、ひどい異臭がして使えない時もある。
 
30分程度の遅れは言葉通り『通常運転』なので、5分程度の遅れで到着すると、あぁ今日はこんな事のために運を使ってしまったと、少し卑屈な気分にさえなる。

私は月に一度は、ドイツ鉄道で長距離移動をしている。
今まではそれほど頻繁に使わなかったので、今のほうがずっとドイツ鉄道を身近に感じる。
 
ドイツの駅には改札がなく、ホームまで切符無しで進むことが可能で、もちろん列車にも乗車できてしまう。
無断乗車が発覚すれば罰金が取られるが、検札に当たらなければいいと思っているのか、切符を持たずに乗車している人を頻繁に見かけ、検札が来るとあらゆる理屈をこねて言い訳をするのだ。
電車の中で切符が買える場合は、急いで買っている人もいる。
 
切符を無くした
財布を落とした
携帯でチケットを買ったけど携帯を無くした
別のカバンに入れてしまった
さっきトイレに行ったからその時に流してしまったのだろう
途中まで知り合いと一緒だったから、知り合いに渡してしまったかもしれない
などなど。
 
検札担当者はそんな言い訳を聞き飽きているのか、淡々と違反切符を切る人もいれば、そんな作り話に乗る人もいるのだが、そのやり取りが面白くて、つい聞き入ってしまう。
ドイツ鉄道の職員のかたはジョークに慣れている人が多いように思うが、毎日列車の中でたくさんの人と話をしているのだから、話術の腕も上がるのだろうか。
 
 
環境保護運動をしているグレタさんは、飛行機に決して乗らない事で有名だが、数年前にスペインからスウェーデンの自宅まで帰宅する際、途中からドイツ鉄道を利用したそうだ。
その様子を、車内が超満員で床に座っている姿の写真と共にTweetしていた。
そのTweetに対しての、ドイツ鉄道の返しが上手くて、私は思わず笑ってしまった。
日本語翻訳がたくさん出回っているので、そちらの翻訳をそのまま使わせて頂く。

グレタさん、地球温暖化と闘う鉄道労働者を支援して頂き、ありがとうございます!
土曜日にICE 74にご乗車頂き、光栄です。
100%環境に優しい電気を導入しています。
一等車に座るあなたをもてなした私たちについても触れてもらえたら、更に良かったでしょう。

検札で鍛えられた、ジョーク好きな担当者達が頭に浮かんだ。
 
山田く~ん、座布団一枚持ってきて~と言いたくなった。

日本のように、分刻みで正確な運行ができる組織は素晴らしいと思うし、日本のそんな生真面目なところが好きだ。
 
それでも、時間通りに来ない電車内で、検札担当者や隣に座った人とお話をし、電車が遅れたらみんなで一斉にドイツ鉄道の文句を言う。
この時の団結感が心地良い。
 
子供連れ家族とテーブル席で一緒になると、折り鶴を作ってプレゼントをする事もある。
私が折り紙を折る姿を、じっと見ている子供たちが可愛らしい。
時々折り紙を教えて欲しいと言われるのだが、途中でもう無理だと音を上げてしまう。
日本では折り鶴は幼稚園で教わるのだと話すと、目を大きく見開いて驚く。
鶴を千羽折り、それを繋げると願いが叶うと教えてあげると、不器用な自分では一羽も折れないと笑われる。

こうして思い返すと、ドイツ人はおしゃべり好きだし人懐っこい。
長旅のお供は、iPhoneに入れてあるたくさんの音楽ではなく、たまたま乗り合わせた隣の人との会話。
私は、こういうのも悪くないと思うのだ。
 
そんな私でも、時にはイラっとすることもある。
団体で乗り込み、貸し切りでもないのに持参したスピーカーで大音量で音楽を流し、アルコールを飲み、立ったままで大声で話す。
老若男女問わず、こういう騒々しいグループを時々見かける。
検札担当者が来た時だけ良い子にしているのだから、たちが悪い。
そんなわけで、自分の聞きたい音楽が聞けないほど酷い時もあるので、電車に乗る時には必ず耳栓持参だ。
 
それでも、それを黙って見ている人ばかりではなく、検札の人に意見を言ったり、自分で直接注意する人もいる。
ただ文句を言うのではなく、機知に富んでいる時は聞いてるだけで面白い。
 
一度シャンパンでお祝いしていた騒音グループには、こう声をかけたおじさまがいた。
 
今日は随分と楽しそうだね。
君たちがお祝いするのを止めるつもりはないよ。
でも、この電車に乗っている全ての人に、そのシャンパンを配ってくれたら、みんなも喜んで一緒にお祝いしてあげたい気分になるんだけどね。
 
決してお祝い気分を害すことなく、更に周囲に配慮したこの指摘を、私はとてもスマートだと思った。
 
そのグループはこの指摘を受けて、手元にあったプラスチックのコップの数だけシャンパンを本当に配り始めた。
私達の飲む分がなくなっちゃうわ!と騒いでいたけれど、何だか楽しそうに見えた。
私もお裾分けして頂き、その後は耳栓をして耐えた。
 
 
そんな電車は、コロナの影響ですっかり様変わりし、電車内はガラガラの状態が長く続いた。
隣に人が座る事は滅多になく、時折隣に座られると無意識に距離を取ってしまう。
人との会話も、だいぶ減った。
 
あんなに煩わしく思っていた騒音グループの事さえ、ほんの少し懐かしい気持ちで思い出してしまう自分に気付く。
誰ともお話をしない電車移動は、同じ景色なのに、何故か色褪せて見える。

そんなある日、閑散とした電車に乗った時、突然小さな男の子の声でアナウンスが入った。
 
次の駅は●●です。
降り口は右側です。
みなさん、良い一日をお過ごしください。
 
 
電車内が、にわかに明るくなった。
なんて可愛らしい!と、みんなが一斉におしゃべりを始めたからだ。
そのようなアナウンスは、今までに一度も聞いたことがない。

男の子の将来の夢は、車掌さんだろうか。
小さな男の子がいつか夢を叶え、おしゃべりな車掌さんになっているのを想像して、私は何故か嬉しくなってしまった。
実際に運行している電車のアナウンスを許可するなんて、ドイツ鉄道はなんと粋なのだろう。

さて、6月から8月までの3ヶ月、ドイツでは9ユーロチケットというものが販売されている。
燃料費、電力の高騰のため、国民への救済措置としてドイツ政府が決定したもので、ドイツ国内の公共交通機関が、1ヶ月9ユーロで乗り放題というものだ。(詳細省略)

コロナ規制も緩和された事もあり、電車は今までに経験した事がないほどの混雑ぶりで、それに伴う度重なる遅延や運休。
乗客はドイツ鉄道の文句を言いながら、鮨詰め状態で電車に揺られている。

混雑した電車に乗り込んだ私は、一瞬ひるんだ。
コロナ感染への恐怖が、そうさせたのだろう。
恐怖を持ちつつも、場違いな感想だとは思うけれども、私はほんの少しだけ嬉しかった。

数ヶ月前までは、ガランとした車内で、果たしてこの電車がまた満員になる時が来るのだろうかと考えていた。
息が詰まるような規制の中での2年間、出口の見えないトンネルの中にいた。

ガラガラの電車は、味気ない。
誰かがいてくれるほうが、楽しい。

9チケットの後継案が、先日発表された。
私の住むNRW州では、定期保持者のみ10月中ばまで州内全域利用可能だ。(詳細省略)

決して現状を楽観視するわけではない。
但し、きちんとルールを守れば、私達はまたこうして出かける事ができる。
夏休みに遠くまで休暇に出かける人が増え、私たちはまた楽しみを取り戻しつつある。
電車は引き続き満員となるだろうか?

ふと気付いたことがある。
私はドイツ鉄道が好きなのではなくて、もしかしたら、ここに乗り合わせている『人』が好きなのかもしれないと。
 
今日は、そんな事をぼんやりと考えながら、電車に揺られている。

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