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くるみ

明日から、サマータイムが始まる。
日も延びて、暖かい日々が続いている。
春が近くなると、我が家の庭には小さなゲストが頻繁にやってくる。

*****

一年中、胡桃を食べている。
クリスマス前にはスーパーで多く見かけるようになるが、季節関係なくいつも食べている。
以前は、殻無しの胡桃を買っていたが、つい食べ過ぎてしまうため、殻付きを買うようになった。

胡桃割りの道具を買った。
私の力では上手く割れない物もあり、せっかく買っても何個か無駄にした後、今の道具に落ち着いた。
それは、新しく買ったものではなく、パートナーが昔から使っていたものだ。
結局のところ、昔からあるものが、シンプルで一番良いのかもしれない。

食べるのはいつも、夕飯を終えた後。
別に決まりなどないのだが、何となくそう落ち着いた。
食べるのは決まって、いつも5個。
これは、自分で決めた。

殻付きの胡桃のほうが好きだな、と、唐突に思う。
そのゴツゴツした手触りが好きなのかもしれない。

パートナーが割ってくれることもあるけれど、私は自分で殻を割るのが好きなようだ。
殻が上手く割れて、中身がそのまま綺麗な形で取り出せた時には、何だか嬉しくなる。

時々、殻が付いたままの胡桃を、手の中で転がしながらジッと観察する。

ドイツ語で、胡桃はWalnussという。
Walは鯨だ。
私は、なぜ胡桃がこう呼ばれているのか知りたくて、調べた事があった。
鯨に似ているとは、とても思えなかったからだ。
そして、このWalが鯨の意味ではないと知った。

Welschnuss。
18世紀にイタリアから渡って来た当初は、この木の実はこう呼ばれていたそうだ。
Welschとは、ローマ、イタリア、フランスなどを指す言葉らしい。

胡桃の原産地は、ペルシャ。
現在のイラク。
イラクから地中海を渡り、ヨーロッパに伝わったそうなので、イタリアを経由してドイツにやってきたのだろう。

また、アメリカへはキリスト教と共に伝わったという。
日本には、中国を経て伝わったが、現在の日本での生産量はわずかしかないそうだ。
日本原産の胡桃もあり、鬼クルミと呼ばれるものは、スタッドレスタイヤの原料として使われるほど硬い殻を持っているそうだ。

日本語の『胡桃』について。
胡:古い時代に中国の北部に存在した国名
桃:胡桃の種が、桃の種に似ている事から。

食用として、また木材としても使われる胡桃。
実の栄養価も高い。
そして、胡桃の花言葉は、知性。
胡桃の実が、人間の脳に似ているからという説もあるそうだ。
それを知ってから、胡桃を食べる度に、人間の脳を思い出してしまう。

さて、ここで問題です。
胡桃のWalは何の意味でしょうか?

私はパートナーに、胡桃を食べながらクイズを出した。
パートナーも、この言葉の起源を知らなかった。
私は嬉しくて、ちょっとばかり饒舌になってしまう。
いつもパートナーから教えてもらうばかりだから、時々こんな風に恩返しできると嬉しい。

今、私が手にしているこの胡桃は、どこから来たのだろう。
どんなところで育ったのだろう。

ドイツで購入できる胡桃は、カリフォルニアやトルコからのものが多い。
ドイツ産の物であれば、フライブルク地方の、暖かい気候で育ったものが多いそうだ。

そして胡桃は、人類が食べていた最古の木の実だと知ると、感慨深くなる。
この皺くちゃの硬い木の実を、何故割ろうとしたのか。
たまたま割れていたとしたら、何故それを食べようと思ったのか。
答えの出ない事を、あれこれと想像してみる。
もしかしたら、動物が食べているのを見て、試してみたのかもしれない。

我が家の庭には、時々リスやウサギがやってくる。
リスはいつも庭の同じ場所に来て、同じ辺りに穴を掘ったり、チョロチョロと走り回っている。
やってくるのは、赤茶色のリスと、焦げ茶色のリス。
どちらも一緒に来る時もある。

冬になると、バルコニーに胡桃を置いておく。
私用と同じく、5つ。

ドイツでは、特に冬になると、鳥のために庭やバルコニーに餌を準備しているのを見かける。
パートナーの実家にも鳥用の餌台が庭に何個かあり、リスのためにも胡桃を置いておく。

私は胡桃を置いた後、しばらくバルコニーを見ながら過ごしたが、リスはやってこなかった。

あくる日の朝、バルコニーを見ると、胡桃は5つともなくなっていた。
私と同じく、5つ胡桃を食べたのだろうか。
それとも、どこかに隠したのだろうか。

リスが隠し場所を忘れた木の実が、芽を出して木になり、森になる。
胡桃を手にして、果てしない古代に思いを馳せたり、リスが創り出す森を考えたりする。

そしてまた、バルコニーに5つ、胡桃を置いた。

私がバルコニーばかり気にしているのを見て、ヘーゼルナッツも喜ぶよ、とパートナーが言った。
ヘーゼルナッツを両手で持っているリスを思い浮かべ、自然と笑みがこぼれてしまう。

バルコニーに胡桃を置くようになってから、小さな異変があった。
土だけを入れた鉢がバルコニーの端に置いてあるのだが、なぜかいつもその周辺に土が散らばるようになった。
気になって土を掘り返してみたら、胡桃の殻が出てきた。
リスは、こんな近くに胡桃を隠していたのだと分かって、つい笑ってしまった。
一度隠して、それを後から探して食べたのだろうか。

そんな風に私のバルコニーを汚すリスだが、先日だいぶ豪快に胡桃探しをした形跡があり、思わず笑ってしまった。

あの小さな身体でチョロチョロ動き回り、一生懸命に木の実を隠したり、探したりしているのを想像すると可愛くて、バルコニーを汚されても全く嫌な気持ちにはならない。
むしろ、単調な私の生活に、こんな風に小さな変化や楽しみをくれるリスが、愛おしくさえ感じる。

そんなわけで今日もお掃除をしてから、胡桃を5つ、そっとバルコニーに置く。
小さな可愛い犯人のために。

こんな可愛い餌台もあるようだ

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