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ドイツ 手作りケーキに関する緩やかな考察 前編

倒れたケーキに、突き刺されたフォーク。

ドイツに長く住んでも、カフェでこんなケーキが運ばれてくると、ドイツだなぁとクスッと笑ってしまう。

ドイツでは、日本のケーキ屋さんのような専門店はそれほど多くなく、パン屋さんの一部のスペースで、ケーキも共に販売されている事が多い。

また、ドイツでは自分で誕生日祝いを準備するためか、ケーキをご自身で焼くかたが多くいらっしゃる。それは男女を問わない。
朝の通勤電車では、ケーキを運ぶための大きな容器を持って乗り込んでくる人を頻繁に見かける。

手作りケーキを焼くというのは、ケーキ屋さんが少ないという理由もあるかもしれない。
スーパーの冷凍コーナーには、たくさんのホールケーキが売られていて美味しいが、おもてなしとしては今ひとつなのかもしれない。

なぜドイツでは、手作りケーキが人気なのか。
あくまで私の視点から、一人の発明家と一つの企業について書き残してみたい。

ドイツの企業、Dr. Oetkerは日本には進出していないが、世界の大企業だ。
以後、Dr. Oetkerはオッカー社、もしくはオッカー氏と記載。

オッカー社はドイツトップの食品会社であり、また以前ブログにも書いたビール会社、ホテル経営、数年前までは船会社まで所有していた、400社もの企業を抱えるドイツのマンモス企業である。
また今も同族経営を一貫して続けており、また一族のうちの数名だけしか株を所有しないという形態を取り続けている。

オッカー社ビール部門については、こちら。

1891年、オッカー社を創業したアウグスト・オッカー氏(August Oetker)は、ビーレフェルト市に住む薬剤師だった。
薬剤師として働いている間に、ベーキングパウダーを発明した。
当時も各家庭でパンやケーキを焼くことはあったが、ある程度の技術を要するものだったようだ。
様々な成分の薬剤を入手し、各家庭でその配合具合に違いが見られた。
彼の父親がパン屋に勤務していた事もあり、彼はパン生地に対しての前知識があったようだ。
そのお陰で、良い生地が作れるベーキングパウダーの配合を見つけ出すことができたのだろう。

彼が勤務していた薬局は、今もビーレフェルトの旧市街に残っており、薬局として営業を続けている。

彼はベーキングパウダーを発明しただけでなく、それをケーキのワンホール分にちょうど合うように小袋に分け、レシピをその小袋の裏面に印刷し販売開始した。
このようなレシピ付きの商品は、今となっては当たり前のように目にするが、当時は画期的だったという。

そして、このベーキングパウダーを、Backin(バッキン)と名付けた。
1袋10ペニヒだったそうだ。

彼は商才もあったが、彼は生物学を専攻していたため、その製品に信頼という付加価値が与えられたことも追記しておきたい。

彼はこうして、1891年にオッカー社の創業者となった。
初期のベーキングパウダーの袋は、現在の女性の横顔のブランドロゴではなく、このようなグラスと泡だった。

オッカー社 本社にて

後に、オッカー氏の娘Johannaの横顔シルエットのブランドロゴに変更したが、それにはスローガンが含まれているそうだ。
ロゴは、下部写真の左上をご参照。

Ein heller Kopf verwendet nur Dr. Oetker Fabrikate

賢い人は、オッカーの商品だけを使う。

hellは明るい、Kopfは頭を意味する。
これは、賢い頭脳、賢い人という意味合いになる。
ビーレフェルト在住のデザイナーの案が採用され、このロゴになったそうだ。

強気なスローガンだが、後発品の販売を始めた競合他社を蹴落とすためにも、このような戦略はむしろ必要だったのだろう。
他社が廉価で販売する物は、品質が悪かったそうだ。
多少高くても、良いものを買う人は賢い。
そのようなメッセージを伝える必要があったようだ。

こうしてスポンジが膨らまない等という手作りケーキ特有の失敗が減り、ベーキングパウダーは、ドイツのみならず世界中で爆発的な人気となった。
現在、世界40カ国に販売網があるそうだ。

2021年、Dr. August Oetker Nahrungsmittel KGの単体売上は37億ユーロ。
うち66%は、ドイツ国外からもたらされている。
(2021年に企業は2つのグループに分割されたため、一部のグループでは10月末までの考慮)

なお、グループ全体(Dr. August Oetker KG.)連結売上高は73億ユーロ。
過去、2018年には120億に迫る売上だった。

因みに日本企業と比較すると、37億ユーロ(5200億円)規模の食品会社の売上は、ちょうどキッコーマンが同規模にあたる。

ベーキングパウダーだけでなく、手作りスイーツの材料、プリンなどのデザート食品も多く目にする。
当時は裁縫の街として知られていたビーレフェルトは、今では『プリンの街』と言われるほど、このオッカー社の影響が大きい。

また、オッカー社が次々に打ち出したCMは、社会的にも影響が大きかったようだ。

家族が集まる食卓。
母親が手作りケーキを手にし、リビングにやってくる。
子供と父親は、ケーキを見て歓喜する。
そして、お決まりの台詞が流れる。

『日曜日は、手作りケーキで家族の時間』

そんなメッセージのCMは、多くの女性を刺激しただろうと想像できる。
当時は、みんなこぞってケーキを焼いたのだそうだ。
日曜日はお店も閉まり、家族の時間として過ごすことの多いドイツ人。
とても上手い戦略だ。

このCMはしかし、働く女性にとって、また女性の社会進出が大きくなってきた時代には、かなりの批判もあったという。
男性が働き、女性は良妻賢母、専業主婦として家事を担うというイメージを、いわば押し付けるような表現だったからだろう。

批判がありながらも、そのイメージは長い間ドイツに根強く残り、良妻賢母を目指す当時の女性にとっては、日曜日のケーキは必要不可欠なものになってしまった。
また男性サイドも、そのような女性像を求める風潮も色濃かったようだ。
オッカー社から販売されている、このレシピのケーキが食べたいと細かく指定する男性も多くいたそうだ。
それほど、オッカー社のケーキというのは、影響を持った存在だったのだろう。

こちらは、プレゼントで頂いたオッカー社発行のレシピ本。

余談だが、私が面白いと思ったのは、Spiegeleierkuchen 目玉焼きケーキと名付けられたドイツのケーキ。
薄く焼いたケーキ生地の上にカスタードを敷き詰め、アプリコットを逆さにして飾りつける。
最後に透明のジュレ、ナパージュをかける。
出来上がると、黄身の色も白身の状態も、まるで本物の目玉焼きのようだ。
カスタードとアプリコットがマッチして、とても美味しい。
このケーキを作る時も、ベーキングパウダーはもちろん、カスタード、ナパージュ作りまで、オッカー社の商品を使うと簡単にできる。

現在、オッカー社のベーキングパウダーのCMをテレビで見ることはない。
CMの必要がないほど、その知名度は高く、現在のオッカー社のCMはプリンや冷凍ピザばかりだ。

以上、オッカー氏と、オッカー社の創業、現在の繁栄までを簡単に記載した。
長くなったので、後編はオッカー社の会社見学について纏めたい。

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