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夢の話を聞いて欲しい 2

彼女と並んで、昇降口を出た。

沢山話したいことがあるはずなのに、私達は何も語らないまま、昇降口の裏にある職員用の駐車場へ向かって歩いていった。

途中、不意に私の右腕に彼女は両腕を絡めた。

人が減った放課後とはいえ、校内でこんなことをしてもいいのか、と不安に思ったが、彼女は何も言わずそのまま歩いていった。校舎の窓から、いくつもの視線が、私達二人を射抜く気配がした。すると彼女は、一層きつく私の腕に抱きついた。彼女はこの光景を見せつけたいようだった。それは一体誰に対する威嚇だったのだろう。

腕を絡ませた私たちには、一見カップルにしか見えなかっただろうが、男女のロマンチックな雰囲気はなかった。(私だけが心なしか浮ついた気持ちであったことは、この際否定しない。)例えるなら母親が成長した息子に甘えるような、そんな温かさだけが私たちの間で流れた。

駐車場に近づくと、先程消えたはずの生徒達が私達の前に現れた。あいかわらず女子生徒達はひそひそと話を続けては、私達を好奇の眼差しでチラチラと見やった。男子生徒達は地べたにしゃがみ込んでこちらを窺っていた。生徒達の姿が見えても、彼女は私の腕に抱きついたままだった。体温とは違う温もりを感じていた。

「やっぱり。先生の彼氏なんだぁ」女子生徒のうちの一人が言った。この際もうそういうことにしておいてもいいのではないか、と私は勝手に思ったが、彼女は笑いながら否定した。

「この人は、私の教え子の一人。かつてはあなた達とおんなじ中学生だったの。」彼女は私の腕から離れていった。

そして、あなたは、私の先生でしたね。(その時私はダウンジャケットを着ていた。あの場所は冬だったのだ。)

彼女は女子生徒と少し歓談した後、無言で私に先を促した。もう彼女は私の腕を取ることはなかった。

「先生、僕の車でいいですか。少し狭いけど、店まで送りますよ。」私は彼女とここを離れ、どこか別の場所で食事をするつもりだったのだ。けれど彼女は頭を振って、困ったように笑ったまま、駐車場の脇から、まばらに木の生える林に入っていってしまった。薄暗い林の中へ急いで後を追うと、林の中に小さなログハウスが建っていた。中に入ると、木製の小さなテーブルが2つと、スツールが4つあるだけだったが、それがレストランのような飲食施設であることが分かった。私達の他の客も、店員らしき人は見当たらない。薄暗い林の中のログハウスに目立った照明はなかったが、私達のテーブルの周りだけが蝋燭の明かりのようにぼんやりと照らされていた。テーブルには既に食事が用意されていた。小さなグラタンとパイ包みに似た料理だった。料理の脇にはワイングラスが用意されていたが、肝心のワインはなかった。私は、車で来てしまったから酒は飲めないな、などと下らないことばかり考えていて、中学校の敷地内に忽然と現れたログハウスをすんなりと受け入れていた。

「このくらいが、丁度いいんじゃないかと思って。」

彼女はパイ包みが置かれた方の椅子に腰掛けながらそういった。一体何が、どう、丁度よいのかは皆目分からなかったが、私は妙に納得していて、そうですね、とグラタンの前に座った。その料理には見覚えがあった。私はそれが、学生時代に通ったファミリーレストランのメニューだと気付いたとき、目の前のそれがグラタンでなく、ドリアなんだと分かった。

それは、かの有名なミラノ風ドリアに間違いなかったのだ。

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