パパはATM_

夫婦に必見!? 10分で感動できるちょっと不思議な話 【朗読 台本】

(ヘッダーが不鮮明になる奴、どうにかしてほしいです)

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本編 「本音症候群」 約20分ほど

本音とは

本音は包み隠さず話すべきだ。


常日頃、真梨子はそう思っていた。

1

困った。

中堅メーカーの営業マンである三村は目の前の状況に困惑していた。

仕事帰りの彼を一軒家の自宅玄関で待ち受けていたのは、妻だった。

花柄のパジャマ姿で三村を迎える真梨子(まりこ)。異常だった。

幼なじみだった三村と真梨子との関係は結婚3年が経過し、落ち着いていた。

恋愛結婚だったが、仕事が忙しくほとんど妻の相手ができていない。
彼女は寝間着のままだらしなく微笑み、ギュッと抱きしめてくる。

妻は言った。
「あっ、まーくんだあ。おかえり!ね、ぎゅってしよ、ぎゅっ」

妻のぬくもりを感じた。そういえば、ひさしく妻を抱いていない。

いつもなら、家人の帰りなんて待たない。

早く帰って顔を合わせても、ふあー、と嫌そうに厄介者を見るように伸びをし、テレビの電源を切る。

二階の寝室に向かう捨てぜりふはいつもこうだ。

「あ、もう帰ってきたの。……もう寝よ」
はあと三村は肩を落とす。

これがいつもの三村家の日常であった。

だからこそ、今日の妻は変だった。

「真梨子、一体どうしたんだ?」

真梨子は顔を上げ、彼を見つめて……にっこり笑った。

「だって、ぎゅってしたかったんだもん。まーくんのギュー欲しーよ」
だもん!?
真梨子は媚びた言葉遣いが嫌いだ。

他にも、抱きしめて欲しいなんて付き合っていた時ですら言ったことない。全体的にツンツンしている。

「まーくん、はやくはやくー。でね、その後」
「なんだよ?」三村は言った。

「まーくんとチューするの。えへー、チューだ。私、まーくんとチューするために生まれてきたの」
おい、正気か。

三村は頭を抱えた。劇的に変わった妻になにか思い当たる節があったか。考えを巡らせる。

そして、一つの特異な感染症を思い出す。

まさか真梨子は『本音症候群』に罹ってしまったんじゃないだろうか。
2人は病院へ行くことにした。

2

A大学病院内、『特殊感染外来科』診察室。
設立当初は真っ白であったろう壁面も、経年劣化によって所々汚らしいオレンジの斑点がちらほらと見えた。

アルコール消毒液の匂いが少々黄ばんだカーテンにまで染み込んでいる。

鉄製の丸椅子には白衣の医師、三村と真梨子が座っていた。真梨子は三村の腕に絡みつく。

まるで初彼氏ができて、恥ずかしい位周囲にアピールする少女のようだった。

医師は淡々と診断結果を伝える。
「これは典型的な言語的非心因性発話衝動症候群ですね。世間ではわかりやすく『本音症候群』と呼ばれている感染症ですね」
「やっぱりそうでしたか。けっこうテレビでも話題になっていて、私も妻の様子からこちらの感染症にかかったと思いまして」

言語的非心因性発話衝動症候群。
別名、『本音症候群』。

今だ感染経路が不明なこの病にかかってしまうと、思った事を口に出してしまう奇怪な病。幸い重篤な障害や命に別状はない。


ただし、今まで話せていなかった本音をしゃべってしまう事で、社会生活で大きな障害となってしまうケースが多い。
 
なにより、治った後で本人にとって、一生消し去りたい黒歴史となる。
妻の診断を受け、三村はホッとした。
「薬出しておきますので、奥さんは安静にしていてください。くれぐれも過度なストレスは与えないように。まあ一週間ほどで快癒するはずです。それと、三村さん」
「はい?」
「この病気、感染力が強いので……気をつけてくださいね」
「わかりました」

こうして、三村と妻の真梨子は薬をもらい、病院を後にした。

「じゃあ、まーくん。約束守ったから、あそこにいこ」
三村は苦笑した。

3

ギギギギ。金属同士の擦れが、ファンシなーメロディと共に2人を空へ運ぶ。

2人は今遊園地内の観覧車に乗っていた。

真梨子がここに行く代わりに病院を我慢すると言ってきかなかった。

「まーくん、病院行ったよね。約束のチューだよ」
そっぽを向く。

この観覧車に乗る前に、周囲からの好奇の視線で三村は耐え難い苦痛を感じていた。

真梨子がキスをねだるなんて、付き合う前も付き合った後からもなかった。

「やだよ」
「うえ……ぐすっ。チュー、まーくんの唇がいいの。柔らかくて、キュンキュンするの。誰も見てないよ」
真梨子はべったり三村にくっつく。

メリーゴーランドに乗ったりもした。

とても恥ずかしいポーズでプリクラをとったり、金に余裕があるのにクレープを半分ずつにして食べあったりも。

三村と真梨子は40と少しの年月を生きている。

十分な大人だ。

その図体の大きな2人が、小学校高学年のはっちゃけた修学旅行のように、恥も外聞も捨て楽しむ様は……残念ながら注目を浴びた。

「あははー、まーくんたのしいよー」真梨子は豚型のマスコットキャラクターに抱きついている。

「あはは」三村は作り笑顔しかできなかった。

これで病気が治るなら仕方ないかと無理矢理納得させた。

しかし、真梨子の病状は治るどころか悪化していった。

4

来院から一週間後。
医者からの病状悪化の診断に、三村は納得いかなかった。
「んー、悪化してるなー。このままだと、2年・3年……もしかしたら一生治らないかもしれません。旦那さん、奥さんに何か大きなストレスを与えてたりしますか?」
「そんなことありません。今だって、会社に無理言って早めに帰ったりしてるんですよ。それに、」
とかねてからの疑問を三村は医師に訴える。

「どうして、妻は……その子供みたいな、幼い振る舞いばかりするんですか?私もこの感染症の書籍等読みましたが、あんな症例書いてませんでした」
ふむふむと、医師はうなづく。なぜかにやりと笑みを浮かべる。

「三村さん、確か問診票に『甘えたことなどない妻の異様な行動』って書いてましたよね」
「ええ」
「なら、簡単ですよ。奥さんはあなたに甘えている、それだけですよ」

三村は当惑した。
「どういう事ですか?」
「わかりませんか……じゃあ、たとえば三村さんが今までやったことのないスポーツをやるとします。もし、三村さんがほとんど運動しない人だとしておきましょう」
「はあ」

「まずは形からということで、三村さんは見よう見まねで、素振りをしたり、サーッ!とか得点する時に叫ぶとかするじゃないですか」
「それは卓球少女しかやりません」
「たとえです。つまり、奥さんも同じ状況なんですよ」

「妻も卓球で世界を狙えるんですか?」
「狙えません」
「はあ」何言ってるんだこいつと、三村は心の中で悪態をつく。
「おほん……、まあね、奥さんも病気を通して、はじめて人に甘えようとしてるわけです。おそらく、人の頼り方というのも不得手な方なんでしょう、あなたの奥さん。それが理由かはわかりませんが、甘え方を知らない人間が脳内でイメージした『甘え方』を必死であなたに行なっているんでしょう」

「そうなんですか。またつまらない冗談でも言うつもりですか」と三村は思ったことを口にした。

「さぁ、実際にそうなのかは私にもわかりません。ただ、もう少し奥さんを見てあげることが完治への一歩だと思いますよ。私の経験上」
別れ際、医師はにんまりと笑った。そして、ボソッとつぶやいた。
「旦那さんのあの感じ……もしかして、発症している?」

結局、三村はアドバイスをすんなりと受け入れられなかった。

あの遊園地の帰りから、彼は我慢に我慢を重ねて、妻の機嫌をとる。ただし、真梨子は夜の夫婦生活については遠慮した。
あまりにも幼い妻の対応に、そういう気など毛程も感じなかったのだ。それ以外はおおむね、妻の言うことは聞いた。

その成果が悪化だったなんて。妻のぎこちない『甘え方』なんて知るか。

三村は苛立ちながら妻と共に病院を後にした。

今思えば、そんな自分の様子に妻はうんざりしていたのかもしれなかった。

5

「はあはあはあ!くそっ、真梨子はどこに行ったんだ!?」
大学病院へ再院して次の日の夜。
白のブルゾンを着た三村は、右手に真梨子の置き手紙を握りしめ、真梨子の行方を追っていた。

『探さないでください。この一週間でまーくんがあたしのこと、嫌いなんだってわかった。だから、まーくんとバイバイしてお家に帰ります。さよなら、まーくん』
居間のテーブルにこの置き手紙が置かれていた。
そばには妻の携帯があった。

三村は葛藤する間もなく、家を飛び出した。こんな危機だからこそ彼には、わかった。

真梨子は自分にとって欠けるなんて考えられないくらい、当たり前で大切な存在だということに。

三村は奔走しつつ、彼女の実家へ連絡をかける。彼女の病気については、事前に話してあった。
しかし、当該人物は家に帰ってないとの事だった。

義両親は嘘をついてる様子でもなかったので、三村は真梨子がいそうな場所に片っ端からまわることにした。

だが、探し回っても一向に彼女の行方はつかめなかった。深夜帯になり、体力も落ちてきた頃、ふとけばけばしいディスカウントショップが三村の目にとまった。

トイレにでも入ろうか。

そして、ふと彼はある大切な事を思い出した。

6

「ありがとうございましたー」
元気な店員の声を後に、三村は店を出た。
ディスカウントショップで買い物を終えた三村は、もう一度彼女の手紙を読んでみることにした。

携帯のライトでじっくり読んでいくと……彼はびりびりと全身に衝撃が走った。

一つの事実。

真梨子にはお家が2つあったのを思い出した。

「真梨子の生家か!」


三村はタクシーを捕まえ、真梨子の生家へ向かった。

7

「あれ、なんでまーくんがここにいるの?」
明かりのない、真っ暗な古ぼけた空き家の前で、真梨子はきょとんとする。

三村は当然のように言った。
「真梨子と離れたくないからだよ」
えっ?と三村は自身の発言に驚く。

彼はこの空き家こそ、真梨子が幼少の頃を過ごした場所であり、幼なじみの彼との出会いもここだと説明するつもりだった。

だが、どうしてか言葉が出てこなかった。

「えっ、ホント?」真梨子がそばに寄ってくる。
「ホントだよ。照れ臭いけど、真梨子の事離したくないんだ」

「嬉しい!でも、」と突然彼女はストップした。

「どうしたの、真梨子?」

「なんで、いつもの時に言ってくれなかったの。あたしね、さびしかった。まーくん、仕事の帰りが遅くてさ、最初はご飯作って待ってたのに……電話で食べて帰ってくるって事がほとんど毎日になって。好きなのに、まーくんの事嫌いになっちゃったの。だから、嫌な事もしたくないのに、やっちゃったんだ。仕事が大変なこと、わかってるから正直に辛いこと、話して欲しかった」

三村は思ったことをそのまま言った。

「そうだったんだ……俺、仕事でいっぱいいっぱいだったんだ。繁忙期入って一層忙しくなって。本音なんて、真梨子に言ってもどうしようもないだろうなって思ってた。だけど、心の底では言いたかった、辛くてしんどくて仕事やめようとも考えてるってことを」

真梨子は笑った。爆笑しながら、泣いていた。

「はは!あたし達……似た者同士だね。ちっちゃい頃から、ずっとそう思ってたけどホントそっくり。不器用で甘え下手」

「そうだな」気づいたら三村も目頭が熱くなっていた。

「仕事も人間付き合いも下手くそ。でも、大切な人の為に……必死で探したりできる心の優しい人なんじゃないかなって思う。ねえ、これからもよろしくお願いしてもいい?」

三村は返事のかわりに、真梨子を抱き寄せキスをしようとした。

「待って!粘膜接触しちゃうと、あたしの病気うつるよ」

それでも、キスをする。

三村は言った。

「気にするな。もう伝染(うつ)ってる」

彼は二度と離れないように、ギュッと彼女を抱きしめた。

後日談

と、熱烈なシーンを2週間前に繰り広げた2人だったが……病気が完治するとまた元の生活に戻っていった。

以前に比べお互いの話をし、夫婦の仲も深まった。

しかし、劇的な何かは生じていないせいか真梨子は少し退屈していた。

日々の仕事として、淡々と台所で料理。

夫はあれから本音はあまり言わなくなった。

なんとなくさびしい。

そんなとりとめのないことを考えながら、いつものように食器棚をあけると、小さな箱が出現した。

箱を開けてみる。そこには……指輪が入っていた。

指輪に添えられたメモ用紙にはこう書かれている。

『今日が僕らの4回目の結婚記念日だ。これからも、ずっと愛してるよ』

真梨子は泣いた。

本音とは

本音とは包み隠しておくべきだと、三村は思った。
(了)

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