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【実話をベースに創作】代行バスを降りて【福島の代行バス】

こんにちは。
はれのそらと申します。
こちらのアカウントでは、VRについて語っております。
が、今回試験的に創作を上げて見ました。
理由としては、読んでいる層とマッチングしやすいのではないか。
との考えからです。

美しい写真はPicNos!さんです。内容的にリアル面多めなので、こちらを実写多めにする予定。

原作 熊右衛門さん



書いた人 はれのそら

※実際の出来事を一部モチーフにしていますが、この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

本編

次郎は帰る家がなかった。
ある日、両親は兄を連れて行方をくらました。事業が破綻した末の夜逃げ。
次郎の中から明かりが消え、父方の親戚をたらい回しにされる。
次郎には戻る故郷がなかった。
彼はうつむきながらもあきらめず、苦難の道を歩みバスの運転手となる。
途方もない債務の肩代わりをした親戚の家に、一生涯お金を入れ続ける為に。
彼の気が晴れる事はなかった。
本当は。次郎は役者になりたかった。
非日常的な……別世界なら、きっと家がある。
役を通して気持ちだけでも、別人になって幸せを追体験したかった。
でも、時代や環境が許さない。悔し涙も流せない。
そんな彼がとある事情から、福島県で特定区間の代行バスを運行するようになった。2011年3月11日の東日本大震災により、JR常磐線内で不通区間が発生。
人々の生活の足を守る為、不通区間の橋渡しをする代行バスの運行が、2015年1月31日から開始した。鉄道の復旧作業で区間は徐々に短縮され、2020年3月時点では富岡~浪江駅間での運行となっていた。

5年。
今年で46歳になる次郎にはあっという間だ。
節目ではなく、積み重ねた先の年数が5年。
その間、次郎はこう考えた。
彼の中では、端役に過ぎなかった自分が一瞬だけスポットライトに当たったかのように感じた瞬間もあった。
が。
実際は光の反射が自分に間違って当たっただけ。
例えるなら、人生というどでかい舞台の左手舞台袖にぽつりと立っている。
そうだ。
俺はハンドルを握って仕事をするだけだ。
それだけだ。
と、白手袋をした手でハンドルをさらに強く握る。

代行バス運行終了日の前日。
見慣れない客が乗車した。40代前半の男。
「へえ。これが代行バスかあ」後方席から車内を見渡しながら良く通る声で言った。
「そうです」と、いつも乗っている添乗員が休暇を取っていて一人だった為、次郎は思わず答える。
「結構長くやってるの?」
「このバスでは5年位ですね」
「そうなんだ。ねえ、変な事聞くんだけどさ」
「はあ」
「運転手さん、舞台とかに興味あったりする?」
「え?」
「で、あなたの生き別れの兄ちゃんが役者で。今度の講演で役者やめるって言ったら、どう思うかい?」

※※※※※

「正直言うとな。会うつもりはなかったんだ。だって、俺、次郎の事見捨てちまったからな」
「親の都合もあったんでしょ。それに嫌味かどうかはわからんが、俺の為に役者になったんだろ。もういいよ」
次郎の仕事終わり。
兄の一郎と共に、大衆居酒屋に立ち寄ってお互いの事を打ち明けあった。
一郎はもう大分前から、次郎の職業や昔役者になりたかった事を親戚伝いから知っていたようだ。聞き出すまでに、相当苦労したらしい。親については10年前に亡くなった事実以外、聞かなかった。
「でさ。何度も頭下げて、定期的に話しに行ってさ。半年かな。やっと、教えてもらった」
「ふうん」次郎は塩辛をつまみながら、日本酒で流し込む。
「その時さ、俺はお前の為に役者やらなきゃならねえって」
「なんで?」
「お前の人生めちゃくちゃになったからな」
「いいさ。生きててよかった。こうやって話せるだけで、ありがたいよ」
何気ない一言だった。
だが、長年仕事を通して利用者の悲喜こもごもに立ち会っている男の言葉だからこそ、一郎の胸へ強く響いた。
「…泣かせんじゃねえよ。俺はいいんだよ。だって、探そうと思ったらすぐにでも探せるのに、20年以上触れないようにしてた。最低だよ、てめぇ可愛さによ」後半、一郎は顔を伏せて泣いていた。
「そんなものか」
「そんなもんだ。まーそれももうやめだ」
「病気なんだってな」
「そうだ。社会人から役者に転身。そっから、無茶したからな。お前が自慢できるくらいの名優になりたくてな。まあ、ドクターストップで新しい生活がスタート予定」
「そうか」
「それが言いたかったんだ。もうお前には連絡も取らないし、接触もしない。でも、もう会えないかもしれないから今回、アクションしてみたんだ。お前がさっき言ったみたいに。生きてるから一遍会いたくなったんだろうな。きっと」
「…新しいステージにか」
「ん?まあ、大分すすんではいるな」
「あっ、なんでもない」
「それとさ、次郎」と一郎はごくりと唾を飲み込む。
「どうした」
「仕事してる姿、かっこよかった。スポットライトが当たってる感じだった」
「は?」
「誰かを演じる仕事ってさ。見えるんだよ、一生懸命な奴には光が当たる。派手なのとは違って、わかりやすくはねえけどな。でも輝くんだよ、それはそれは見事にな」
「役者目線で見たらってか」
「多分俺だけなのかも。でも、俺には運転席から降車する次郎の姿は、舞台の花道から退場してるように見えた。よくもやってくれたなって」
「大入り満員でもないのにか」次郎は苦笑いする。
「堂々としていて、眩しかったぜ」
次郎はわんわんと泣いた。
兄の言った他愛のない言葉。
どこにも戻る場所がなかった次郎にとって欲しかった言葉だった。
泣いている間、一郎は何も言わなかった。

※※※※※

「え、また会ってくれるのか?」
「話し足りなかったからな。連絡先はさっき渡した名刺のアドレスからだよ、兄さん」
2人は居酒屋を出て、最寄りの駅のホームで一郎の見送りをしていた。
一郎は次郎の言葉を聞き、黒縁のサングラスをかける。
彼は次郎へ深々と礼をし、改札口を通っていった。

次郎は帰り道をふらふらと歩く。
徐々に兄とは仲良くなったらいい。そう思う明るい心の動きを感じて。
ふと。
この身の置き所もないが、えも言われぬ満足感があった。
これが……一番欲しかった帰られる場所……家族という物なのかもしれない。

代行バスの利用者の感謝も特別に嬉しかったが。
自分が戻れる場所。
バスの入庫先の車庫。
舞台から舞台袖。
おかえりなさいと言ってもらえる家。
生き方は兄弟そろって下手だったが。
念願の居場所が手に入り、次郎はほくほくと笑っていた。
これからの人生は……そう、自分にライトが当たっている。
きっと左手舞台袖から、おずおずとまっすぐ躍り出るのだろう。
それは愉快であって、演目もようやく後半戦だ。
真打はこれからだ。

少し口元が緩みながらも。
次郎は家路へと着いた。


(了)

予告

最後まで読んで頂きありがとうございます。
元々、私の支援者様との個人的に作った共作を許可を頂いて多くの方へ届けられるよう、noteに掲載いたしました。
こういった共作を、今後も折に触れて書いていけたらと思ってます。
今後ともよろしくお願い致します。

次作は5月に掲載予定です。よろしくお願いします。


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