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心からの笑顔を取り戻した2022

心から笑える時間が1日の1%しかなかった去年の私へ、50%笑えるようになった今日のわたしから贈る手紙

こんな人が書いています

コロナ禍で知らず知らずのうちに心から笑うことを忘れていた人
何度も同じパターンの課題にぶつかって、このままではダメだ変わらなければと思ったときにコーチングに出会った人
人との縁は必然で出会いは奇跡だと思っている、クサイ台詞をさらりと呟く音楽大好きポエマー

こんな人に読んでもらえたら嬉しいな

・最近なんだか心から笑えてないなぁという方
・心が振れにくくなっている方
・つい自分を責めてしまう方
・真面目で不器用で、それでも懸命に何かを変えたいと踠いている方
・いつもツイートうるさいみどりんてどんなやつやねんと思ってくれている方
・光り輝くいのちであるあなた
・冒頭の文章をくれて、出逢いから今日この日まで共に居てくれたマイファーストコーチまーさんへ

いつだってnoteは自分に宛てた手紙





自分の笑顔が今最高に好きだと言い切れる。






※すごく長文です🙇‍♂️



誕生〜中学生

せっかくなのでざっくり振り返る。

生まれた時、わたしは産声を上げなかった。
羊水を飲んでいたらしく、呼吸していなかったとのこと。
即集中治療室に入れられ、母とは隔離された。
他の赤ちゃんと母親が幸せそうに授乳している相部屋のベッドで、母はひとり泣きながら母乳を搾っていたと話してくれた。
今や生意気に、逞しく育ったことに感謝。


無事に退院できたのち、赤ちゃんの頃は可愛すぎたらしい。
通りすがりの人に抱っこさせてくれと言われそのまま連れ去られるんじゃないかと思うくらいだったとのこと。
父談のため真偽はわからないが、話す表情を見ていると、可愛がられ愛されていたのだなと感じた。


幼稚園の時、平和だったなぁ。
男女関係なくわちゃわちゃしていたような。
あんまり記憶がないけれど温かいものが思い出される。
この頃から硬筆と書道を高校まで習い、とりあえず1番上の階級まで行った。
今やその面影は何処、、ではある。


小学生、仲良いけど弟と殴る蹴るのガチ喧嘩をする日々。
本が好きすぎて図書室に通い詰めた。貸出カードが何枚も更新されるのを楽しんでいた。
空想の世界に没入しながらも、自分の内面と知らず知らずのうちに向き合う時間になっていた。

親戚の集まりなどでは出来の良い従兄弟と比べられたり、まるまるとしていた容姿をいじられるのがものすごく嫌だった。
あの従兄弟のようにしっかりしていれば、ユーモアがあれば、スラッとしていれば、褒められ認めてもらえるかな、なんて思っていた気がする。
そして、しっかりしなきゃと思い始めていた気がする。
あの頃の自分を今よしよししている。

中学生、アホになれる自分としっかり周りの期待に応えたい自分の共存。
クラス委員とか吹奏楽部の部長をやったりして自分を奮い立たせないといけないときと、何も考えず感情爆発させて大笑いするときの振り幅がすごかったなと、振り返って思う。カオスだった。

楽しい日々だったけど部長の経験はとにかく理不尽なことが多かった、ように受け取っている。
顧問にも部員にもいい顔をしたくて嫌われたくなくて板挟みで
初めてストレスで体を壊した。

ここら辺の経験は、今にも続いているトラウマ的なものがありそうだ。
このときの自分をいつか受容してあげたい。



高校〜社会人

高校生、クラスで居場所を確保することに必死になる。ひとりになってしまうのでは、という恐怖はこの頃から生まれていそうだ。
あまりにも自分と違う(と当時は認識していた)キャピキャピ系の可愛い人たちに圧倒され、とにかく目立たないように、波風立てないようにと過ごしていた。

どこかで、自分はそんなふうになれないと羨む気持ちから、どうせあの人たちとはわかりあえないんだと決めつけていた気がする。

それとは裏腹に、部活動ではすごく自分を出していた。
副部長という、全体が見えてバランスをとりやすい立ち位置に落ち着き、理不尽なこともめちゃくちゃしんどいことも沢山あったけれど、仲間と音楽を奏でることを楽しんでいた。

この時期からたくさんのバンドの音楽にも救われた。豊かすぎる感受性も育んでいった。
ひとりになってしまうのではという恐怖は、クラスが無理なら他で居場所を作らないと!とわたしを駆り立て、仲間作りのために奔走する貪欲な力を与えてくれたように思う。

部活動に打ち込みすぎて成績は地を這い、進学校だったため親共々先生に叱られたけど。
模試では散々な点数を叩き出していたが、受験本番では自分史上最高点数を叩き出し志望大学に合格した。
このときなんとかなる精神が身についてしまって、ギリギリまで動き出せない性質が加わったかもしれない。


大学生、作業療法士になるための大学に行く。従兄弟が理学療法士をしていたから導かれるようにその道へ。
クラスではやはりなんとなくうまくいかないことが多かった。
多様な人と関わる上での処世術を身につけていなかった。自分を閉ざしていたからだ。
傷つくことを恐れすぎて、自分の思い込みでどんどん友人たちとの距離がおかしくなっていた。
いつもこうだなぁと、薄々パターンに気付き始めるけどどうして良いかわからなかった。

それでもサークルは新しく挑戦したくて、ダンスと走るサークルに所属した。
サークルは自分を出せるわたしの大切な居場所になっていた。
かけがえのない友人もできた。

振り返るとあまり恋愛に挑戦?してこなかったなと思う。
人と向き合い傷つくのが、失敗するのが、受け入れてもらえないと思うのが、とっても怖いから、一番憧れつつ距離を置きたい事象だった。
恋愛という距離感でぶつかり合ったり寄り添いあったりする過程で得られるものは、わたしのいままでの中には少なかったのかもしれないなと素直に思う。

社会人になり、クセ強めなわたしを受け入れてくれる、同じくクセ強めな同期たちや先輩に出会う。
わたしも自分自身を見つめて出せるように少しずつなっていたし、そのままのわたしを承認してくれる人に囲まれたことで大きく変化したと感じる時期だった。
そしてこのとき、とても好きだなと思える人もできるが、空回りしてうまくはいかなかった。それでもかっこわるくても頑張ってたんだよなぁとこの時の自分を褒めたいなと思う。
そして今、絶賛仕事に対してはモヤモヤ期であるが、すでに長い上にこれも長くなるのでまた別の場で。


2021のわたし


未知のコロナ禍で厳しい制限を強いられ、心許せる人との交流も激減し、フットワーク軽くどこにでも行っていた自分は息を潜めていた。
自分でも気付かないうちに鬱々としていて、植物を一人育てながら心が豊かであるようにと思い込ませていたけれど、明らかに心の器は乾燥しひびが入っていたように思う。
仕事でも何がしたいのかわからない、自分には何もできない、熱意も生まれない、といった気持ちになっており、挙句の果てに特大のクレームをもらうことになる。

今まで怒られないように、いい子でいるように先回りして回避してきた自分だから、経験したことのない衝撃にいとも簡単に心が折れる音がした。
このまま心をぽっきり折って、なにもせずすべて放り投げてできない自分良くない自分のままでいることもできたけれど、たぶん自分がそれを許さなかった。

コロナ禍に意味があったとしたら、きっと自分を見つめなおすチャンスをくれたのだと思う。

このままではだめだ、もう目を背けることができないと思った。
まーさんに出会い、コーチングに出会い、自分と向き合うことをしていった。

まじで笑えていない。
心が震えない。
全然心から笑えていないと、まーさんに泣きながら訴えた。
ぐっちゃぐちゃの感情を発露しながら
来年は何パーセント笑えるようになっていたらいいかなと話をした。

そんな日々のなかで抗えない気持ちが湧いてくる。
“きっとコーチングを学ぶだろうな”

湧いてはいても口には出せないまま2022年を迎える。


2022の旅路


やっと今年に入った。

今年の初めはかのこのさんに伴走してもらいながら、自分の醜さをひとつ、受け入れる体験をした。
…これ、今年だったんだな。
大きな出来事だった。
醜いものと思っていたけど、自分の幸せを願って生み出されていたものだった。

コーチングを学びたい気持ちになっていますと、勇気を出して言葉にしていた。

うじうじと、まーさんやかのこのさんに言葉を投げながら、根気強く背中を押してもらいながら、やっとTHE COACHの門をたたくことになった。
簡単に飛び込んだわけではなかったな。
なんとかなるって最初からわかっていたのに、何かを始めるときはいつもこうで不思議。

暖かい場で新しい人たちと出会うことは、感動と楽しさばっかりだったし、気づいたら大切な仲間が増えていた。

感動でめちゃくちゃ泣いて
めちゃくちゃ笑ってた。

今年を振り返るなら、湧いてくるワードは「コーチング」「動き出す」「体の声」

コーチング漬けの一年だったし、楽しくて没頭しすぎて体も壊した。
動けなくなった後、進んでいる周りの人たちのスピードに焦って頭ばかりが先走って心が追い付かなくなった。
頭と心と体の不一致を感じ、その度に自分に還ろうと、今はそう思えるようになった。

また、プライベートでは自分の好きなもの・ことに出会いに動き出すことが増えていた。
例えば好きなお菓子屋さん、パン屋さん、ラーメン屋さん…(食べ物ばっかり)、音楽、芸術、友人たち。

自分の「好き」を純粋に感じられるようになっていた。久しぶりの感覚だった。
器が潤ってきたことを感じる。


今年の7月に、再びまーさんのコーチングを受ける機会をもらった。
「あなたは宝石なのだ」と、衒いなく言い切ってくれたまーさんの言葉が、忘れていても多分ずっとわたしの中にあって
ことあるごとにそれが「思い出してくれ!」と光る。
わたしはわたしで、人と関わりながらぶつかりながら宝石を磨いていくことを知らず知らずのうちに受容していた。

傷つくことが怖くて行動できない今までだったけど、いまは大切な人たちと、傷つきながらも関わり続けたいと願っている。
すでにそのことをわたし自身は受容していたのだ。この曲が浮かんできた。



自分の不都合だと思っていた弱さを一部だったとしても受け入れることができてから、より周りの人たちの葛藤している姿や必死で闇の部分と対峙している姿をものすごく美しく尊いものだと思うようになった。

そこに向き合える強さが、そもそもその闇はもっと純粋な何かだったはずで、大切なもので、それを知ろうとして真摯に向き合う姿が尊くてたまらない。

きっと自分自身もそうだったのだと思う。
醜い部分ばかりで見たくなくて、自分みたいな人間はいないほうがいいってそう思うことで自分を下げて安心していたけど。

そこの気持ちに必死で向き合った。
コーチも必死に対峙してくれていた。
わたしをわたしよりも信じて共にいてくれた。


本当はひとに、宇宙に、愛されて育ってきたわたしで、笑えるようになったというより取り戻した感覚だった。
今までだって心から笑っていた時間はあったと思うけど、自分がそれに気づいていなかっただけかもしれない。
自覚的になって、心から笑える自分を、突き抜ける笑顔を取り戻した。
なんなら更新した気もする。

友人の結婚式で、初対面の参列者に「笑顔が素敵ですね!」と声をかけていただけて、こんなことがあるんだろうか、と思った。
とてもうれしかった。
大切な友人の最高の結婚式だったし、わたしも心から笑っているなと思った。


心からの笑顔とは、周囲の目を気にせず、どう見られるかなんて関係なく、自分の心とつながった感情を表情に乗せて出すこと、だと思う。
いま心と表情は直結しているから
さらに感情が顔に出る人間になってしまったかもしれない。
それでも、自分を抑えて自分の感情を麻痺させて生きているよりも何倍もマシだと思った。
自覚していればきっと大丈夫。
感じないようにしていると、知らないうちにわからなくなってしまうから。



なんだろう。
コーチングに出会った頃のわたしは、なんだかいつも重苦しくて
仕事で人と話して笑うことはあっても、それはわたし自身ではなくて
役割を演じている自分の笑顔のような
もちろん無理に笑っていたのとも違うけれど
何にも気にせずリミッターなく
楽しい!嬉しい!面白い!
という感情を出せていなかったのだなと思う。


制限をかけているのは自分だったんだな。


2022の漢字


ツイッターで見かけて考えた時
パッと浮かんだのが「湛」
たたえるという意味のこの漢字。
今目の前にあるものには相変わらず振り回されるし落ち込んだし無駄な自己否定もたくさんしたしこれからもするだろうけど
浮かんだのがこれということは
あたふたしていた中でも大切なものを見つけられていたんだなと思った。

知らないうちに美しいもので内から満たされていたと感じる。
それは笑顔の質感が変わっていることにもつながっている。
自らから湧いてくるもので満たされていることに気づけたからだったんだな。


日本語って美しいなとふと湧いてきた。
漢字だって、読み方が何個もあったり、漢字のイメージから想像できたり。

一年通して、ひだまり木漏れ日や、そんな暖かなイメージと共に常にあったのは水のイメージだった。
最初は人からいただいたイメージだったけど、そう言われるとどんどん水のイメージが湧いていたことに意識が向いた。
感情の波にのったり、心のダムから水を放流したり、自分から湧いて出る言葉の泉のようなものや、自分の中を潜る海のような感覚など、ずっと水があったなと思う。「湛」もそうだ。
(そういえばアドベントカレンダーのときもマーメイドとか言ってたな。)


そして音楽。
水のように、音楽のように、人の心に浸透するような、時に刺さるような、言葉にできないものも包み込むような、そんな自分でいたいかもしれない。


ひろのさんとのセッションにて、音楽が浸透するようにそこに居たいと願った


これから


好きな人たちには惜しみなく好きだと伝えたい。
恥ずかしいなら、ありがとう大切だよと伝えたい。
惜しみなく、もらった愛を回していきたい。
その言葉が、でも心からの言葉だとわかるその一言が、人の心を癒すと思うから。
出来事や言葉は忘れても、光る何かが必ず残る。
人と関わるということは、自分のかけらの交換だとも思うのだ。

そしてまだまだ傷つくことは怖いけれど、パートナーや家族と一緒に歩む人生というものも、生きているうちに体験したい。
心の器は育まれてきているから、きっと大丈夫だろうなと、なんとなく思っている。


そしてしいたけ占いのバブー元年が頭から離れないので、1年のテーマにおいておきたいかも。


綺麗事ばかりはいくらでも言えるけど、やんなきゃいけないことも山ほどある、口だけならなんとでも言えると私も思う。
それでも、マインドが変わればみえる世界が変わっていく。
行動もきっと変わっていく。
変えていけ自分!

来年はどうなっていくだろう。

楽しみだな。







こんな長いのをここまで読んでくださったあなたはきっとみどりんフリークなのでしょう。

…冗談ですが、本当にありがとうございました😊😊😊

支離滅裂かもしれないけど、書けて良かったなあ。

もしこれを読んでみどりんに興味持ったよー!と思ってくれる方がいたら、お気軽にご連絡いただけると嬉しいです!(Twitter)
2月からはコーチングプロコース受講予定で、もしかしたらお力になれることがあるかもしれないしないかもしれませんが!


最後に、今まで、そして2022年に出会ってくださったすべての方に感謝を💐
本当にありがとうございました!
これからの出会いも楽しみだ!



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