連載小説『廃坑』 #1
あらすじ
都会の生活に疲れた主人公は、癒しを求めて気分転換で田舎に向かう。気付かぬうちに謎の廃坑に迷い込んだ。そこに待ち受けていたのは、現実から切り離された空間だった。この場所の真相を知り、逃げ場がなくなり恐怖に陥る。葛藤の上で主人公が下した決断とは…
⬜︎ #1求めている場所
1.
大学の授業が急遽休校になり、俺は、ひとけのない場所を探しに、一人旅に向かった。たぶん疲れてたんだろう。自分と向き合う時間が欲しかった。
いつもとは反対方面の電車に乗った。こっちは東京じゃない方面。埼玉の田舎に向かう。平日だったこともあって、車内は空いていた。
俺は、ヘッドホンからいつも聴いている音楽を流した。いや、適当に流した。なんでも良かった。耳を塞ぎたかった。
知らない駅を降りた。呼吸がしやすく、ひとけもない。天気も良く、清々しい気持ちになった。
ここにはきっと気分を変えられるなにかがある。そんな気がした。
散歩した。何も考えず、散歩した。本当に何も考えなかった。いつも何かが頭の中にあるのに、今だけは何も考えずにいられる。心地よさだけを感じていた。
風が吹いた。蝉が鳴いた。
「涼しい」
漏れた声に驚いた。でもいまは俺1人しかいない。
一応辺りを確認し、誰もいなかった。
「あーーーーーーーー」
だれにも怒られない。
やっぱり今日はこういう日だったんだ。気分転換をしろって言われた気がしたんだ。
しばらく歩き、視線の先に惹きつけられるものを感じた。
滝だった。吹いた風と一緒に少し水が肌にかかった。「またここに来たい」そう思った。
観光名所なのだろうか…。
誰もいないけど。
スマホを開き、調べようとした時、バランスを崩し、そのまま落ちた。スマホも自分も。
ギリギリ重症を負う高さだった。
「ぶるるるぅぅわ」
めまいがした。気づいた時には廃坑にいた。
溺れて流れ着いたのだろうか。記憶が点々としている。
「いっっっタァ。」
「死んだかとおもっとぅワぁーーーーー」なんやねんここ。めっちゃ声響くんだけど。ってかめっちゃええやん。なんやねんここ。めっちゃええやん。え!ええやん。
心が高鳴った。俺こういうとこ探してたんだけど。
え、でも帰れんくね?え、どうしよう。ま、いっか。
とりあえずここを色々見たい。
俺は進んだ。歩き回った。灯りがあるってことは、誰かいるんかな。なんか誰か住んでて、その人と仲良くなってここで生活する的なパターンないかな。いやないか。
ってかどちらかというと誰もいない方がいいんだけど。
いや、それにしても寒いんだが…
「ふるぶるううう」
唇が震えてきた。
それはそうか、やばいよな、ビショビショだよ。この服どうしよう。とりあえず着替えたんだけど。
まあいっか。我慢しよう。
おれはそこでとんでもない光景を目にした。
この廃坑の自然に馴染むことのない、全面ガラス張りの空間を見つけた。中の様子が見える。机に椅子、それから大きなスクリーン。パソコンがあった。
機密性に満ちた部屋の存在に、俺は好奇心と同時に恐怖を覚えた。
絶対ここ来ちゃだめなところだよな。だけど、なんでここにだれもいないんだよ。見つかったらその時に説明すればわかってくれるよな。どうせバレるなら、その前に色々見ておいた方がいいよな。
おれは、その部屋のドアを開けた。おれは腰を抜かした。ドアの後ろに人が死んでいた。
2.
俺は昔から、願いは一つだった。自分だけの場所がほしい。なにか、誰にも見つからない、俺だけの場所が欲しかった。
幼少期、よく秘密基地を作った。
家のベッドの隙間。保育園の倉庫の裏。ある時には、田舎に住むのおじいちゃんの畑に穴を掘って、地下室もどきを作ったこともあった。そこに段ボールを被せ、誰にも見つからないように、アジトを作った。
「なにしてんの」
笑われた。
家のベッドの裏は親に馬鹿にされて消えた。保育園の倉庫の裏は他の園児に指をさされ、なんか隠れてるよと人を呼ばれ、地下室に関しては、一番虚しい消え方をした。
最初は小学校の友達2人と俺で、
「俺たちだけの秘密」
誓いを交わし、親友になった。
しかし、その友達が、他の友達を呼んだ。
いつしか年の3つ上の上級生たちまで集まり、知らない人たちに占領された。
そもそもおじいちゃんの畑なのに。胸糞が悪く、その2人とは絶交した。
その時はムカついたけど、やっぱりあの時のような、場所が欲しいんだ。
「疲れてるの?」
こんな妄想を楽しく誰かに話したところで、そう言われるんだろうな。
だから、今度はひとりで、誰にもバレない秘密基地を作りたいんだ。
いつしか一人暮らしのできる年齢になっていた。大学生になり、賃貸の一部屋を借りた。その部屋は、自分の思うように作り替えた。壁紙から、カーテン、本棚にガラスの机。木材の様々な家具。ヴィンテージなイメージの部屋にしたかった。ガラスの机に関してはヴィンテージじゃないけど。いいんだ、好きなような場所にしたいんだ。
それでも、物足りなかった。隣の部屋から物音がするだけで疲れた。
完全に防音で、人けが一つもなく、誰からも俺の存在を知られてない、秘密の場所。そんな場所が欲しかった。
いつか、一軒家を買えるだろうか。
でも、それでもきっと満たされない、誰にもバレていないというロマンを、きっと俺は求めているんだ。
俺は、この廃坑に入った時に、これからそんな自分の心が満たされる「なにか」があるんじゃないかと期待した。
たしかに、「なにか」はあった。だけど、この時、おれは引き返すべきだった。これ以上、この場所にいるべきではなかった。
だけど、このときの好奇心は、どんなものにも邪魔されず、突き進んでいってしまった。
この場所の真相に近づくにつれて後悔するのだった。
3.
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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件とは一切関係がありません。
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