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きみと8月のすべて ④

太一が店を変えて数日後
”なかむら”開店前のカウンターで涼太は真由美の顔を眺めていた。
カウンターの向こうで真由美は仕込みをしている。
週に3度お酒の仕入れをするだけだったが、数週間もすれば懐かしい思い出話もする様になり仕込みの際、滞在時間が長くなっていた。
今日は他の配送を済ませカウンターで休憩させてもらっている。
 
「お店の雰囲気、ガラッと変えたんやね」 
『あれ?来てくれたんですか?そうなんすよ。兄貴が帰ってきまして。』
「あら。そうだったの。太一君が。笑 仲のええ兄弟ってええよね」
『そうですかね』
そう言いながら仲良い兄妹と言われて智那の不安と不満の顔が思い浮かんだ。
「それもこれも涼太君の優しさなんやろうけどね」
『え。いやああ』
智那の事で上の空だったのもあり、なぜ優しさと言われているのかわからなくて変な声が出た。

「でも、、あの雰囲気やと近づけへんかったなぁ」
考え事をしながら真由美の手際の良さに見とれていた涼太に
顔を見せずに伝えた真由美の言葉がひんやりと重く響いた。

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涼太は長く休憩してしまった帰り、軽トラで閉店後のはずの海の家に向かっていた。
今はどうしても店が気になる。

まもなく店の裏側に着くというあたりでひかるらしき女の子が歩いているのが見えた。
隣には男がいて、2人は話している様だった。
智那にひかるの気持ちを聞いて以来、少なからず意識していた・
なんだ。彼氏いるじゃないか。と思いながらも、男と並んで歩いている様子に目を離せなかった。

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ひかるはうつむいて相手の顏も見れずに歩いていた。
まただ。最近はお店で見かけるようなお客さんと帰り道に遭遇する。
「いえ。帰り道なんで、、、」
『ええやん いこーや。』
「いや、ほんとに。」
『えーええやん~そんなところもかわええなー』
『なぁ?ほな、連絡先おしえてや』
こういう時はもう、無視して行くしかない。
『なんやねん!無視かよ!おい』
男の人の大きな声は怖い。
身体がビクッと反応してしまう。

うつむいていて地面しか見えない視界に男の靴が入って来た。
驚いて止まると男と自分の間にもう一本足が入ってくるのが見えた。
『はぁ?誰やねん』
という声に驚き顔を上げると目の前ぶつかりそうな近さに知ってるたくましい背中があった。
「え。えー。・・この子守る役割やからな・・保護者?」
優しい声と潮風を感じる匂い。涼太さんだ。
『は?おれその子と話したいからどいてくれへん?』
「それはできひん。嫌がってるから」
なんでここにおるんやろ。
さっきまでついてきていた男が私の顔を覗く様に体をずらしたが
私からは涼太さんの後頭部しか見えなかった。
チッ という舌打ちの音がと聞こえて男が去っていく音が聞こえた。

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夏は夜がくるのに時間がかかる
海に太陽が沈んだあとも少しの間、紫色が残る。
涼太とひかるは太陽の匂いが残る堤防を並んで歩いている。

うつむいていたひかるが立ち止まった。
「あの」
『ん?』
「ありがとうございました」
『ええって。怖かったんちゃう?通りかかってよかったわ。』
顔を上げたひかるの顔に街灯の光がオレンジ色にあたった
「2回目 なんです」
『?』
「3年前 海の家の近くで暴力振るう彼氏とけんかになって」

*********
3年前、当時の彼氏は嫉妬深くて、気に入らない事があると人前でも大声を出す人だった。
私はかき氷を買ってくるように頼まれたけど並んでいたら
買うのに時間かかってしまって場所取りしていた場所を見ると
彼は知らない黄色のビキニの女の人と話してた。
誰かなって思いながら
「やっと買えたよー!」
って笑顔でごまかしてイチゴとブルーハワイのかき氷を持っていったら
『おまえ、よくそんな顏で戻って来たね?』
「え。並んでたの・・・ごめん」
『また色目使てたんじゃないの?どうせ男としゃべってたんでしょ。』
彼、怒っちゃって。
黄色のビキニの人はびっくりしたみたいですぐ居なくなっちゃった。
その時、グラッて視界が揺れてやっとの思いで買えたかき氷も両手から落としちゃった。
彼のスイッチが入っちゃった時、
いつもの事だけど周りの人たちはみんな見て見ぬふりで。
もう一回叩かれるって思って目をつぶった時、数秒しても痛みが来なくて。
恐る恐る目を開けたら、知らない人が彼の右手を抑えてました。
その人が「あかんで」って。
そのあとすぐ警備の人とか寄ってきて、周りに人だかりも出来てて。
彼は走ってどっか行っちゃいました。
私を置き去りにして帰っちゃった彼とはそのまま音信不通になりました。
*********
「たまたま涼太さんの海の家の前だったんですね、海の家から出てきてくれて、助けてくれたのが涼太さんだったんです。」
『・・・そんなことあったっけ?』
「はい。」
『覚えてへんなぁ、、』
と歩き出す涼太の背中にひかるの声がささる
「すきです!」
涼太は立ち止まり振り返った。ひかるはまたうつむいている。
「あの時からずっと。」
『あ。あの。ごめん。。』
遅い夜が訪れて、街頭のオレンジだけが道しるべになる。
暗闇からは波の音が聞こえる。
『えっと、、ありがとう』

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涼太が帰宅するとリビングで太一が一人、酒飲んでいた。
『ただいまー』
「よぅ! おかえりーー! 我が弟よ!」
『めっちゃ酔ってるやん』
涼太は汗だくの店のTシャツから部屋着に着替える   
「おぅおぅ。店主さんご苦労さまです!どおや?店ええ感じやなー」
『、、、そうやな』
ここ数日の評判や、売り上げは”ええ感じ”と言えるものではない。
涼太の顔は引き攣っていた
智那の重く響くような言葉が思い出される。
”ええの?これで”

太一は酔っ払い上機嫌だ
「バイトの女の子もかわいい子多いし!兄弟って好みが似るんやな」
部屋着に着替えたは涼太は智那と管理している金庫から売り上げ袋を取り出し配達の分と合わせて計算を始める。
『好みとかで雇ってへんよ』
「なぁ~つくづく 酒屋ってええよなー飲み放題やし、海の家開きゃかわいい水着の女の子に囲まれてなー!な~んで今まで教えてくれへんかったんやー! 一人で美味しい思いしてたんやなー!」
涼太は自分の顔がこわばるのを感じた。
太一の顏を見ない様に冷蔵庫から麦茶を出す。   
「なーんでやねん!お茶かよー! お前なー?お茶ちゃうやろー
              お前もこれのめ! 酒屋の特権やぞー?」
太一は自分の飲んでいた酒を涼太にもすすめる。
グラスを用意し注ごうとしているその小瓶には、紫の朝顔の書かれていた
『え。この酒、、、』

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