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【同乗者たち】第1章 監理者たち【04】

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あくびをかみ殺して窓口の中に座っているヨーイチの前には、長蛇の列ができている。

「前世証明書、一枚」
「用途は?」
「就職活動用で……このアドレスに送ってくれます?」
「ではそこの白線に立ってください」

ヨーイチの言葉に、窓口にやってきた青年は指示に従って数歩下がった。手元のボタンで、走馬燈再生を開始する。見えてきたのは、至って平凡な女の一生。大学で出会った男と結婚、娘を一人育てて立派に大往生。
ヨーイチが男の前世の再生を終えると、脳視界上に資料が表示される。さっきまで見ていた前世記憶との齟齬はなし。
モニターに表示された同一の資料にスタンプボタンを押しながら、定型文を呪文のように唱えた。

「証明書データの有効期限は1ヶ月です。期限切れ、データ紛失するとまたここで再発行する必要があるので大切に保存してください」
「……俺の前世、ほんとに女だったんすね」
「なお、前世証明書の改竄は前世偽証罪となりAランク認定されます。上書き、コピーも刑罰の対象となりますので気をつけてください」
「しかも結構美人」
「次の方どうぞ」

つまらない仕事だ。
前世管理センターは、「前世証明書」データの発行を受け持っている。監理官たちがシフト制で窓口業務にあたっているのだが、通常は前世学校を上がりたての新人や、現場を退いた引退直前の監理官が務める仕事だ。ヨーイチのような「働き盛り」は半年に数日程度しかシフトに入ることはない。それが1週間も連続で窓口に座っているとなると……仕事でヘマをしたか、走馬燈に溺れたリハビリか、どちらか。好奇心に満ちた同僚の視線が最初は痛かったが、一週間たった今ではもうすっかり慣れた。
じれったい気持ちでデスクの時計を見ると、終業まで1時間を切ったところだった。しかし、この最後の1時間が気が狂うほど長いことを、ヨーイチはすでに学んでいる。ここで見る走馬燈のほとんどが、普段見ている凄惨なものとは真逆の平凡なものばかりなのだ。他人の夢を延々と見せられているようで苦痛だった。

「あのぉ、前世証明書1枚いただきたいんですが」
「はい、そこの白線のところに立…って」

聞き慣れた声がして顔を上げると、窓口のガラスをのぞき込むようにして、にやにやと笑っている男がいた。

「よお」
「……ナオキ、何しに来た」
「なにって、前世証明書もらいにきたに決まってんじゃん、監理官さま?」
「証明書って、何に使うんだよ。おまえみたいな奴に必要だと思えないけど」
「取材だよ、取材! 次回作は『前世監理官もの』を書く予定だ」
「あのなぁ」
「だって友人が前世監理官だなんてそんなことある? ないでしょ? 美味しすぎない? 生かさないでどうしろと? これは小説の神様のお告げなのだよ、『次は前世監理官ものを書け』と!」

熱く語る親友のふざけた口調に、ヨーイチは思わず吹き出した。「あ、笑った」と、ナオキは不抜けた顔でそう言って、ため息をついた。

「なんだ元気そうじゃん。もっと落ち込んでいるものかと……せっかく傷をえぐりにきたのに」
「それなりに落ち込んではいる」
「しょうがねえなぁ。じゃあ今夜、一杯だけおごってやるからさ。もうすぐ定時だろ? 久々に『山小屋』行こうぜ」
「そう言っておまえ、俺から小説のネタを聞き出す気だろう。相変わらず嘘が下手だな」
「ばれた?」

そう言ってから、ナオキは両手を併せて懇願してきた。

「監理官モノを書くのは本気なんだ、協力してくれるだろ?」
「おごりは3杯だ。それで手を打とう」
「よしきた! じゃあエントランスのとこで待ってるからな。忘れて帰るなよ」

そう言って、ナオキは慌ただしくフロアから出て行った。証明書を発行するのではなく、本当に飲みに誘いに来ただけだったらしい。
ナオキは中学からの腐れ縁で、一応「小説家」、売れないデジタル小説を何冊が発売しているがもちろんそれだけでは食べていけず、バイトで食いつないでいる。給料の良いヨーイチに泣きついてくることもしばしばだ。おごると豪語しているが、また自分が支払う事になるのだろう。
そんなことを想像しているうちに地獄の1時間が過ぎ、閉館のチャイムがフロアに鳴り響いた。
長かったセンター勤務も今日でおわり。その日の戸締まり当番だったヨーイチは、人気の無くなったフロアに一人残り、機器や戸締まりの点検を開始した。窓口業務の仕事の唯一いいところは、定時きっかりに帰ることができるところだろうか。明日からはまた監理官という、不規則な生活に逆戻りだ。
それを内心で喜びながら、戸口に手をかけようとした瞬間だった。

「すみません」

背後から声を駆けられて、反射的に振り返る。
そこには、一人の少女が立っていた。
中学生くらいだろうか、長く茶色い痛み気味の髪が、くるくると顔の周りを覆っている。そばかすの散った顔につり目がちな瞳が、強気な印象を彼女に与えていた。
ほっとして、思わず腰に伸ばしていた手を下ろす。といっても、ヨーイチ専用のブレインスキャナは時崎に取り上げられていて手元にはない。しかしほんの一瞬前まで、この部屋には誰も居なかったはずだ。
一体いつの間に。

「君、どこから」
「前世をみてもらえませんか」

白線の上に立ち、少女は感情の読めない声音で言った。夕日を背にしているせいで逆光になり、表情もよくわからない。ただ唯一、ぼんやりと光る瞳が、ヨーイチをまっすぐに射抜いている。

「今日の受付は終了したんだ。……受験用か? また明日きてくれないか」
「今すぐ、見てほしいの」

何かがおかしい。ヨーイチの背中に嫌な汗が浮かんだ。夕日の差し込む薄暗いフロアが、さっきまで居た場所とは思えないのだ。少女とヨーイチとこの部屋だけ、まるでこの世から滑り落ちたような。
それはそう、たとえば、他人の走馬燈を見ているときのような。

「……悪いけど、もう機械は作動できない。大元の電源は5時きっかりで落とされる。やっぱり明日に……」
「でも、機械ならそこにあるでしょ」

少女はヨーイチの腰を指さす。

「何言って」

つられてヨーイチは自身の腰をみて、息を止めた。慣れ親しんだ重みを感じる。腰のベルトに、いつの間にかホルスターがぶら下がっている。
その中にはブレインスキャナが収まっていた。
なぜ。
さっきまでは、確かに無かった。
ヨーイチは、震える手でスキャナを抜き取った。シリアルナンバーを確認すると、確かに自身の脳とリンクしている、専用のものだった。グリップを握ると、いつもの感触が手のひらに確かに感じられた。幻覚なんかじゃない。
確かにここに在る。
まるで何かに操られるように、ヨーイチはスキャナの目を少女に向けた。
ロックオンしたその瞬間、少女の情報がヨーイチの脳視界に表示される。

【対象はSランクです。情報は閲覧できません】

「……は?」

【ゴーストスパイクを再生しますか】

何かに操られるように引き金を引いた。


けたたましい目覚ましの音。鼻をくすぐるお味噌汁のにおい。
ごめんね。
ああ、また姉が、自分に許しを請うている。
そうだ、あの頃は、どこにいても虐められた。

『許してあげてね』

姉に、優しく頭をなでられた。

『お母さんとお父さんはね、かわいそうなのよ。何もしていないのに、みんなから酷いことを言われるの。だから、あなたも許してあげてね』

俺はうなずいた。
お父さんも、お母さんも、かわいそうなのだ。たとえ俺と姉さんを、捨てた人間だったとしても。
姉さんがそう言うならば、そうに違いない。
姉さんの言うことは、いつだって正しかった。


『ゆるしてあげてね、ヨーイチ』



自分の叫び声で、意識が戻った。
乱れた呼吸音が自分のものだとわかるのに数秒かかる。痛む頭を押さえながら顔をあげると、少女はまだ白線の上に立って存在していた。夕日を背に、真っ赤な炎に舐め飲まれるように、彼女の輪郭は光って見えた。

「なにが見えた?」

静かに少女は尋ねるが、聞かれるまでもない。
しぼりだすようにヨーイチは問う。

「……おまえは、一体」
「わたしは」

少女の小さな唇が開く。


「あなたの来世」


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