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【同乗者たち】第4章 探索者たち【19】

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真っ暗な暗闇の中で、ふたつの光がゆらゆらと辺りを照らす。足音はヨーイチと井坂の二人分、ヨーイチにはサキの軽い足音も余分に聞こえた。井坂によると、ここはどうやら旧時代の乗り物である「地下鉄」が走っていた跡らしい。大混乱以来、こうして使用されなくなった地下施設がたくさん放置されていると聞いていたが、これもその一つのようだった。
電波状況も最悪で、地下に入ると同時に指揮官とも連絡が取れなくなっていた。

「なんか怖い」

そう言ってサキはぴったりとヨーイチの服の裾を掴んでいるものだから、歩き辛くて仕方が無い。井坂の手前口に出せないいものの、睨んでやっても彼女は強ばった表情で「暗いところは苦手なんだよ」と言って憚らない。強気でプライドも高そうだな少女だが、今やそんな余裕も無いようだ。

「おばけが出るんでしょ、こういう暗いところって」

おまけにそんなことを言うものだから、ヨーイチは思わず吹き出してしまった。輪廻転生が周知の事実である今も、ホラーはエンターテイメントにおいて人気コンテンツのままだ。前時代にすり込まれた恐怖は、負の遺産として残りつつ、娯楽としての機能も果たしている。
急に笑ったヨーイチを、井坂が不思議そうに振り返った。

「なに、急に」
「いや……思い出し笑いです」
「こんな時に面白いこと考えるかなぁ? もしかして緊張してるの?」
「いいえ」
「だよね、ヨーイチ君だもんね」

井坂は笑って、「懐かしいよね、このやりとり」と続けた。
ヨーイチもそれを聞いて小さく笑う。井坂と初めて出会ったのは、矢土班に配属された初日だ。指揮官の下で働く監理官は、配属された一番最初に、直属の上司に自身の『走馬燈』を確認してもらう通過儀礼がある。
そこで井坂は「緊張しているか」とヨーイチに尋ね、ヨーイチはそれを否定したのだ。

「……あの時は初対面で俺のこと何も知らないのに、上官は面白そうに笑って言っていましたね。『だってヨーイチ君だもんね』って」
「君のことは、噂で聞いていたから。随分と熱心な学生が走馬燈学校に入ったって。予想通り、ブレインスキャナを眉間にあてても目の色一つ変えなかった。これからバディを組む人間に、過去のすべてを晒すことになるっていうのに」

反射する明かりでぼんやり光る井坂の横顔が、懐かしむように和らぐ。

「あの時確認したヨーイチ君の前世は、今の君とは似ても似つかない、おっとりした男性だったよ。目つきも君とちがって垂れ目でね、穏やかな性格で、でみんなから信頼されていた。小太りだったから、体は心配されてたけど」
「人工肉加工会社の職員でしたよね。結婚はせず、五八歳で心臓の病気で死去……」
「うん。でも幸せそうな一生だった」
「じゃあ、化けて出てくる必要はないですね」
「だね。殺されたわけでもないし」

井坂の言葉に冷たいものが混じる。この先にある『かも』しれない、死体のことを考えているのだろう。
もう、かれこれ2時間近くは歩き続けている。しかし、周りの風景は変わることがない。本当に自分達が求めているものがこの先にあるのか。永遠と同じ景色が続く地下で、不安にならないと言えば嘘になるだろう。

「……井坂さんはどう思っているんです? 本当にタワーから死体が出たと思われますか」
「絶対に無いと言い切れないのが悲しいね。24年前の隠蔽にしろ、アンチチップを使うやり方にしろ。純粋に走馬燈局のやり方が正しいと言い切ることができないくらいには、僕は色んなものを見過ぎてしまったし。そして一度知ってしまえば、もう知らなかった頃の自分にはもう戻れない」

諦めに近い表情をたたえて、井坂は誰に言うでもなく小さくつぶやいた。

「記憶ってのは妙なもんだね。なにかを知る度に、今まで積み上げてきた大切な自分が死んでいくような気がするよ」

そのとき、少し前を歩いていたサキが「ねえ」と声をあげた。

「なにかある」

サキの言葉に、ヨーイチは暗がりにペンライトを向ける。すると、ぎらっと光る車体が闇から姿を表した。小型のトラックだ。黒塗りで、随分使い込まれているように見える。
二人は咄嗟にブレインスキャナを構えたが、相変わらず人の気配はない。埃や汚れも見られないため、頻繁に使われている車のようだ。
荷台に回り込んだ井坂が首を横に振る。

「取り立てて珍しいものは何も無いけど……この大きさだったら、詰め込めば人間十人くらいは荷台に乗るだろう」
「詰め込むって……死体を、ですか」

井坂は小さく息を吐き出した。

「歩きながら嫌な予感がしていたんだよ。僕たちはあの町工場からずっと南に、おそらく直線上に進んでいる。僕らの足で歩いて2時間15分、おそらく14キロくらい進んだとしたら、この場所は」
「まさか、ここは走馬燈のすぐ下……てことですか」
「正解だ、監理官」

不意に女の声が聞こえて、ヨーイチはぞっとして振り返ろうとした。その瞬間、カチッという小気味いい音と共に、両足から力が抜ける。なすすべも無く地面に倒れ込みながらも右手でブレインガンを探ったそのとき、足と同様に両腕の力が抜け、無様に頭をコンクリートに打ち付けた。

「危険物は没収だ、ソーイチ……いや、新田ヨーイチ監理官」

握りしめていたはずのブレインスキャナを易々奪い取られる。うめきながら目だけを上に向けると、強い光で目が眩んだ。ペンライトも盗られたのだろう、頭上で女がくすりと笑った。

「……ナナシか」
「久しぶり。よくここまでたどり着いたね」
「誘導しておいてよく言う」
「あれ、気がついてたんだ。それでもノコノコやってきてくれるなんて、優しいなあ」
「あの男の話もデマか。死体を探しているって……わざと俺達に吹き込ませたな」
「死体を探しているのは確かだけど……はて、男って、なんのことだろ」

とぼけた様子でナナシは言った。
無理矢理床に転がされて、手を後ろできつく縛られる。隣でうめき声が聞こえることから、井坂も同じ目に遭っているようだ。
ライトの光に差され、チカチカする視界が次第に闇に慣れていくと同時に、井坂の手首を結束バンドで縛っているユータの姿が見えた。その背後には、小さな扉が一つ。大人の人間の腰の位置にある、小さな出入り口だ。暗闇の中、見つけられなかったのも無理はない。
サキが「どうする」と声をかけてきた。

「拘束くらい切れると思うけど」

パーカーの前ポケットの中から、いつの間にやら隠し持っていたらしいカッターナイフを取り出してサキが問う。

「まて」

ヨーイチは思わず口を出してしまい、ナナシが「何?」と尋ねる。舌打ちをこらえながら、ヨーイチはサキの目をじっと見て言った。

「……泳がせておくのが最善、だと思ったのか」

じっとこちらを見つめて言うヨーイチの意図をくみ取ったのか、サキはうなずいてカッターをしまった。イレギュラーな存在である彼女ならば、この場の形成を逆転できそうなものだが、今はナナシ達を泳がせて成り行きに任せた方が良い。相手に地の利がある以上、重要な証拠に近づくためには、忍び込むより連れて行かれる方が楽だ。

「ま、君たちを泳がせていたのは事実。ここに来て欲しいと思っていたのも、事実。話が早くて助かるよ、監理官」

ナナシはそう言いながら、ヨーイチの背中を突き飛ばすように押した。ユータが小さな扉を開ける。果てしない闇が続いているように思えたが、目が慣れてぼんやり浮かび上がってきたその先は、どうやら別の通路のようだ。

「進みな、ヨーイチ。この先にあんたが探しているものがある」

この先に自分が求めている答えがあるのか。どうしてあいつは嘘をついていたのか。どうして俺は、これからSランクに該当する大罪を犯すことになるのか。

「……ナオキは、どこにいる」
「焦らなくてもすぐに会える。でも、君たちの再会は、同時に別れを意味するだろう」

ナナシは冷たい声で、しかしどこかヨーイチを哀れむように言った。

「君がすべてを知る時は、君が死ぬときになるんだから」

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