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44期目の会社で、44歳の私が、4代目社長になった話

はじめに

客先での自社紹介で「創業40年以上のデザイン会社(Web制作で20年以上)です」と切り出すと、十中八九驚かれます。歴史があるってすごい…と。デザインスタジオ・エルに新卒で入って22年経った今年、代表取締役に就任しました。44期目・44歳・4代目という運命的な歩幅感。歴史ある会社を承継することについては身が引き締まるというかなんというか…背筋がつりそう…。

ヒラの取締役になったのが13年前。まさか自分に声がかかるとは思ってもみませんでした。そのころ「独立もいいかなぁ」なんて選択肢もあったわけですが、それは完全に断ち切り、エルと心中する覚悟を決めました。それからは自分のあらゆる行動をエルに捧げようと、ブログ年360本を10年以上続けるなど、すべての時間を自社プロモーションに紐づけて行動してきたといっても過言ではありません。ほんとに、いつ死んでもいいぞ、というぐらいやり切った感じ。

それだけ時間を捧げた甲斐あって、尋常でない「エル大好きマン」になり、その想いは社長になってさらに3倍強くなりました(妻調べ)。

先日、NOT4Hの配信にゲストで呼んでいただいたときにも言及されましたが、デザイン会社が40年以上続くってけっこうすごいことなんだなぁ、と改めて思う今日このごろ。ここで自社・自己紹介も兼ねてエル44年の変遷を振り返り、先人を讃えつつ、願わくば100年会社が続くことを祈って…新たな一歩を照らすための記録として残してみたいと思います。


まずは、デザインスタジオ・エルと私の歩みを、ざっと振り返ります。

1. 流通チラシ制作時代(’70~’90年代)

1976年10月1日に、エルは産声を上げました。創業社長、二代目社長時代は大手印刷会社の下請で、流通チラシ制作を主力業務としていました(それ以外にステンドグラスなども作っていたそうです)。つい先日、会社の断捨離を決行したのですが、次から次へと出てくる膨大な版下&ネガジャングルに当時の勢いが思い浮かぶようでした。

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90年代半ばになるとMacintoshを導入し、デジタル時代に突入。私が入社したのはその体制が整ってから。1998年、未経験の新卒グラフィックデザイナーとして入り、流通チラシのデザインに関わることもありました(このころはすでにデジタル)。

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Photoshop2やIllustrator3のパッケージも残っています。

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いつの時代かわからないけど、なかなかシュールな4部作出てきた。県の観光キャンペーン「さわやか信州」のポスター(案?)。アナログ時代なのでかなり古いはず。


<1998年~2001年ごろの私>

・1998年 グラフィックデザイナーとして入社
・すぐwebに従事。ただ、仕事はほとんどなかった
・2000年 HARDROCK TAXI公開。運よくMdNやWeb年鑑に載る
・2001年~ MdNやWeb Creatorsで執筆

二代目社長(権堂のロンリー・ウルフ)は先見の明があって新しいものにどんどん挑戦する人で、すでにwebサイト制作を行っていました。なんかやる気ありそうな若者が入るからやらせてみるか…この社長のおかげで入社と同時にweb制作に出会いました。まったく未経験の私にHTML辞書やホームページ制作関連本を渡し「これやってね」。それがすべての始まりです。

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まだ書庫にある「メイキング・オブ・ホームページ」。王道感漂う一冊。

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1998年当時(左)と、2000年当時(右)の弊社サイト。かなり凝ったtableレイアウト!お恥ずかしい!

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2000年公開の個人サイト「HARDROCK TAXI」。背景のGIFアニメは20年間動き続けています。


2. 広告制作時代(’80~’10年代)

のちの三代目社長が切り開いた広告代理店とのお仕事がメインの時代。私もがっつり、この時代に広告制作の経験を積みました。グラフィック半分、web半分といったハイブリッドな仕事をしていて、社内で唯一、どのチームにも属さないフリーなポジションを得ていました。自立心を鍛えるにはいい環境だったと思います。このときひたすらグラフィックデザイン(チラシ、パンフレット、新聞広告が多かった)に時間を割いたことが、Webデザイナーとしてのキャリアの土台になったかなと思っています。

会社としては、やはり大半が下請け案件。webも最初のうちは下請けが多かったのですが、「webから仕事を獲りたい」という想いから、選ばれるにはどうすればいいかと自社プロモーションに奔走し、徐々に直案件も増えていくことになります。(ちなみに下請けがイヤということではありません。)

2004年当時の売上でいうと、グラフィック : 96%/web : 4%でした(そもそも人数比率が15 :1ぐらいだったので、そんなもんか…)。ただやはり、社内ではかなりマイノリティな存在でした。

さらにこのころは同じエリアの同業者もほとんど知らず、寂しい想いをしていました。そんなとき、JBN坂田氏から声をかけてもらったのをきっかけに、長野のweb制作者コミュニティ「id=Nagano」が立ち上がり、横のつながりが急激に増えていきます。ちょうど30歳になる私にとって、人脈を広げていく機会ができたのは、ほんとうに大きなできごとでした。

<2002年~2006年ごろの私>

・2004年 Movable Type日本語版が出て、ブログ始める
・2005年 web制作者向けコミュニティid=Nagano立ち上げ
・2006年 ウルトラエル公開、Webプロモーションに力注ぐ

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仕事専用のサーバを借りる必要がでてきて、ドメインどうしようか...と。いくつかの候補のなかで、「ultra-L」になりました。ほかのドメイン候補は住所の地名をとって「nishiwada.jp」や、「HTM-L.jp」など。もしこれらにしていたら今はなかったかもしれません。

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公開当時のデザイン。Flashでした。


3. グラフィック&web両輪時代(2007年~2020年)

2007年にweb事業部を立ち上げ、そこからグラフィックとwebの両輪時代がはじまります。最初はWeb事業部の規模のほうがずっと小さかったのですが、営業を重ね人数も徐々に増え、2015年ぐらいには売り上げも半々ぐらいに。さらに2017年には、web制作ではじめて元請けが下請けを上回りました。長い時間がかかりましたが、ようやく自立できたんだ…という感触を得ることができました。

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<2007年以降の私>

・2007年 web事業部設立、担当取締役に
・2008年 初の著書。以降6冊上梓。海外翻訳版を含め累計16万部
・2011年 マンガ『Webクリエイター・ウルトラエル』公開
・2012年 三代目社長に交代。私が常務取締役に
・2014年 エルのロゴ刷新
・2019年 ブログを120ヶ月連続30本達成。記事数5000超
・2020年 代表取締役に就任

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マンガは、家に帰ってから夜な夜な鉛筆で描きました。週1で8ページをしばらく続けました。あれから9年経ち、何か描けたらいいなと思いつつ、全くネタが思いつきません。。

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ブログ120ヶ月連続30本という珍記録ホルダーです。Twitterに軸足を移したので、もうこのペースを維持することはやめました。


4. これから(2020年~)

ほんとうは、引き続きwebとグラフィックの両輪でさらに融合し、「デザインで世の中に“らしさ”を増やす」の戦術として、webなのか、マーケティングなのか、グラフィックなのか…という手段を選ぶというところを強化したかったのですが、後継問題などもあり完全な形はとれず、webに比重を置くスタイルとしての船出となりました。もちろん、グラフィックはやってます。

会社の歴史まるごと「制作」畑だったわけですが、作ってるだけではダメ、ということを7年ほど前から言いはじめ、今では戦略立案や運用ができる人材が活躍してくれています。そもそも私自身、「制作」にどっぷりと浸かってきた人間なので、これはもう、めちゃくちゃ変わった!というのが本心です。嬉しいです。今後の営業や人材にも変化が出てくるでしょうし、次の時代に向かって会社を支えてくれるはずです。

つまり、私はまだ社長になったばかりですが、必ずしも「自分の時代」だとは思っていません。そもそも、社長だから偉い、という考えは好きじゃないです。自分は自分の役割を果たし、チーム全体が役割で動く組織にしたいのです。このへんは、これからがんばっていきたいです。


次に、社長になるまでの経緯、なってからのことを少々。

会社の組織改革は一日にしてならず

これからのエルを自分に任せてほしい、と決意を固め、第一歩を踏み出した日のツイート。事業承継が決定したのがこの一週間後でした。

※ちなみに、鍋島直正は幕末の佐賀の殿様。私のルーツが佐賀にあることを知り、2019年4月29日、はじめて佐賀に訪れたのでした。翌2019年5月1日(令和元年初日)は大好きな西郷隆盛に会いに鹿児島へ。そのちょうど一年後に社長になるとは夢にも思わなかった…。


決断せよ

「君が決めたことに従う。自分で決めよ」

事業承継については前社長といろいろ相談しながら進めていこう…と思ってたところの、このひとこと。ガツン!そうか、自分で決断しないといけないんだ…。甘かった。覚悟を決めなければ。

ただ、44年も続いた会社ですから、社内外のさまざまな関係性のなかで「こうしたい」が自分の一存だけでその通りになるわけではありません。なので、わずか4か月での事業承継はなかなかのハードゲームでした。苦しい決断もありました。しかしこれは自分に課せられた使命であると、周りで助けてくれるメンバーや家族の支えを励みに、なんとか納得できる形に調整し、着地することができました。


思い出深い就任の日

コロナ禍でリモートワークまっただなか迎えた5月1日就任当日。当然出社しているメンバーはいませんから、誰もいない社内でリモートでの就任表明。これはなかなか記憶に残るというか、でも、とても前向きな気持ちでした。「新しい時代が来る」象徴的な一日だったかもしれません。


新しい取り組み

歴史がある会社だからこそ、新しい取り組みをして、さらなる輝きを出したい。これが私の想いです。初日に新体制の所信表明をし、できることは迷わず実施している最中です。

・透明性のある組織づくり(情報公開/リーダー会議)
・環境改善(断捨離/快適な作業環境(デスクなど))
・スキルアップへの取り組み(投資)
・組織づくり(階層ではなく、役割で動く組織づくり)
・評価(コンピテンシーを共有し、成長と評価ができる仕組みづくり)
・働き方(リモートワークや副業の検討 ※就業規則改変中)
 →この夏からリモート社員2名
・会社と個人のアップデート

「決断」から始まった事業承継。読んで字のごとく「決める」と「断ち切る」をあれこれ実践してきました。その一つが会社の断捨離。リモート中なのでみんなで一緒に作業できないことを前向きにとらえ、これは、今の自分に必要な歴史の旅だ。捨てるか残すかを自分の目で判断しよう、ひたすら捨てることを決意。結局、本や資料だけでも3トン以上を処分しました。見たことのない景色が広がりました。22年在籍している自分にこれほどスッキリ断ち切るアクションができるとは。

そんななか、Twitterでのバズりも体験…。


温故知新

古いものを処分したあとは、みんなの環境改善。デスクを新しくしました。ただ、せっかく歴史があるのだから真新しいもので買いそろえての模様替えはしたくなかったのです。今回こだわったのは、「古き良きモノは使う」。もともとあったデスク棚や本棚は、先人が仕事しやすいように自作した味わい深いものばかり。古さと新しさの組み合わせで、新しいオフィスのできあがり。断捨離と合わせ、ここまでくるのに2ヶ月かかりました。

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これからのスタンス

私自身、会社をもっと大きくしたい、といった野望は持っていません。人前で話すのも苦手だし、さぁ行こうぜ!と引っ張っていくタイプでもない。正直、経営者としてはどうかな、とも思います。
ただ、自分にもメンバーにも「らしさを増やしたい」という想いがあるので、大切な仲間と一緒に仕事をしていきたい。誰と仕事をするかが大事。そういう意味で、今は素晴らしいメンバーに囲まれていて、本当に幸せなのです。

私自身、ブログ、Twitter、マンガなどで、思っていることを全て吐き出してきました。マンガの登場人物は、それぞれのキャラクターに自分の一部を投影していて(設定としてはダメダメですが)、舵取社長のセリフに以下のようなものがあります。

「時代に寄り添いながら少しずつ、少しずつ改善を繰り返して今がある」
「その時代を一歩ずつ歩んできたつもりだ」
「ゆえに、今のスタンスでいる限り、つぎの10年も今より確実に進化している自信がある」

これを気負わず背負っていきたいな、と思っています。


まとめ

製品や企業にはライフサイクルがありますが、エルの場合はそれぞれの時代に事業のライフサイクルがあり、節目節目で変化・撤退・改革などで乗りこえてきた、ということになります。

そう思えば、長きにわたって事業を続けてこられたのも「デザイン」に対する志と技術を脈々と受け継ぎながら、ひとつのことに固執せず、変化を恐れず、新しい姿を作り出せたから、と言えるかもしれません。

全ての時代を経験している自分は、次の時代もしっかりと見据えないといけない、そんな風に思うのです。

徒然なる文章を最後までお読みいただきありがとうございました。まだまだ新米社長ですので、いろいろな困難も待ち受けているかもしれませんが、がんばっていきたいと思います。

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ふだん、仕事を通じて心がけていることや気づいたデザインに関する思考とTipsをTwitterで発信しています。よろしければフォローいただけると嬉しいです。

https://twitter.com/harahiroshi


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デザインスタジオ・エル代表取締役。webチーム「ウルトラエル」ディレクター/デザイナー。著書に『クイズで学ぶデザイン・レイアウトの基本(翔泳社)』など6冊(海外版含め累計17万部)。自社サイト5500ページのコツコツ派。経験に基づくデザインの思考・Tipsを発信します。