仕事#1
これまで経験してきた仕事について、何度かにわけて書いてみようと思います(気が変わり途中全然関係ないことを書く可能性はありますが…)。
まずは大学卒業後、新卒で入社した会社について。
…の前に、大学時代していたアルバイトのことについて。
私が就活していた頃はちょうど就職氷河期。専攻は教育学部で卒業と同時に教員免許が手に入る、周りは殆ど教師になる、家族や親戚も先生になって公務員として安定コースを辿ると確信している中、私は先生になるのだけは嫌でした。
大学時代4年間、個別指導塾の講師のアルバイトをしていて、正直「教える仕事」はめちゃくちゃやりがいがあり、何なら天職なんじゃねーかとさえ思っていたぐらいです。
学習塾という性格上、必ずしもお勉強が得意な子ばかりではなく「こんなこと勉強する意味わかんねえ、無理に勉強させようとする先生が憎らしい」と学校の先生を憎んでいるような子も一人二人ではありませんでした。そんな子でも、もちろん会話はできるわけで。当たり前のことですが。
はじめは何かの受け売りみたいなことや「みんなが言ってるそれらしいこと」を調子こいて言っているような子でも、時間をかけて目線を合わせて話を聞いてみると、それぞれちゃんと考えて自分の言葉を持っているんですよね。
こちらの言葉を理解できるということは、勉強もその子なりの筋道が通っていれば理解できるということで。
彼ら彼女ら自身が一番諦めてしまっていた「学習内容がわかること」。その成功体験が何度か重なると、「理解るから楽しい」には結構簡単に転じます。理解できると勿論点数も上がります。学校の授業もわかっていきます。先生なんかにもちいさく、時には驚いたように褒められたりもします。
その経験があればもう大丈夫で、目に見えて姿勢が変わっていくのでした。
学校では不良だったり不良ぶってたりまじめだけど成績に反映されていなかったり所謂落ちこぼれだったり、よく勉強ができたりこの子は天才ってやつだなと尊敬できるくらいだったりと本当にいろんな子が来ていて、そんな彼ら彼女らと話すのはとても楽しくてかわいくて、いつまでもこの仕事ができたらいいなぁと思いました。
それが教職に進まなかった理由です。
というと、なんでだよって感じですよね。
現在イメージする学校教育の現場だと、先生1-よくて2人が30-40人の子供たちを見なければいけません。そんな人数を相手にすると、どうやっても見落としてしまう瞬間やこぼしてしまう子が出てきます。そんな時にこぼれてしまうのは、「できない子」「できる子」ではなくて、「真ん中の子」です。
クラスを想像してみるとわかるかもしれませんが「真ん中の子」はいつでも注目されづらく、中くらいは理解でき、全然できないわけでもないから周りも本人も気付かないうちに足並みがずれていってしまう。
学校教育の現場で、自分が取りこぼしをしないイメージができませんでした。
もっと個人を見られる環境で、学習上でも考え方や周りとの折合いでも、何かしら困りごとがある子とお話をして気持ちが軽くなる一助になれるなら、そんな仕事に出会えていたなら、きっと私は教育から離れることはなかったでしょう。
でも、一介のスキルも何もない大学生が思いつく限りでそんな都合の良い仕事はなくて、小さなころからの夢を追ってみたいという気持ちも諦めきれず、いろいろそれらしいことを並べましたが、何よりも「人のために人生を捧げる覚悟」を持てなかったんですねーお恥ずかしながら。
ということで、こちらが私の仕事歴に関するプロローグにもならない前日譚です。
次から本題に入っていけたらなと思います。よろしくお願いします。