オンボロサイクル・ダイアリーズ2
◆これまで
浪人時代、勉強が嫌になった僕は、予備校の友達と二人して、九州一周の自転車旅を計画します。
旅は順調に進みますが、途中立ち寄ったボートレース場で予想外の大負けをくらい、失意の中旅を進めますが・・・。
大勝負に負け、ボートレース場からぷりぷりと飛び出してきた僕たちは、そのまま自転車に飛び乗ると、怒りをぶつけるようにがむしゃらにペダルをこぎました。
こいでこいでしばらく走ると、道が少し登って海がよく見える峠にさしかかりました。自転車に変速ギアのない岡野が息を切らして登って来るのを坂道の上で待ちながら、僕は考えていました。なぜ負けたのか。
理由は簡単でした。僕はただヤマ勘で買っていただけで、それまで当たっていた方が不思議だったのです。
適当に買った舟券にあそこまで熱中していたのが途端に馬鹿馬鹿しくなってきて、僕はなんだか可笑しくなってきました。
「いやー負けたなー。くくく。」
レースが終わった瞬間の岡野の顔といったら、大の男が頭を抱えてみっともなく泣き叫んでいて、写真を撮っておけばよかったと思いました。
「負けも負け。大負けだ。くそっ!」
岡野は追いついてくるとひょいと自転車から下りて、地団駄踏んでまた悪態をつきました。
「お前すごい顔してたぞ。こんな風に頭抱えてムンクの叫びみたいだった。」
僕が岡野を真似をして笑うと、「お前だってひどい顔だったよ。」と返され、二人して笑いました。
「あーアホらしい。アホ過ぎて腹減った。焼肉でも食いに行こうぜ。祝勝会だ!」
実際、最終レースで残していた分の5万円は勝っていたわけですから、それで僕らはパーっとやることにしました。
近くの焼肉屋でたらふく肉を食べて、その日は終わりました。
これまで書くのを忘れていましたが、僕らが夜寝る時にどうしていたかというと、だいたいが田舎の駅の軒下や、公園や駐車場などで野宿していました。
幸いなことにずっと天気が良かったので、風が当たらなそうな所に厚めの柔かいシートを広げて、寝袋にくるまって寝ていました。
夏といえども夜は冷えるので、パンパンに着ぶくれするくらい着込んでから寝袋に入ります。そして蚊が寄ってこないように、枕元で蚊取り線香をたいておきます。
旅に出た初日の夜のこと、どこかの駐車場の隅で寝袋にくるまって寝ていると、誰かに声をかけられて目を覚ましました。
「君たちなにしてるの。」
寝袋から上半身だけ出して体を起こすと、まだ真っ暗な中、警察官が二人いて懐中電灯を僕らに向けていました。
「えーっと、自転車旅行をしてます。」
僕が寝ぼけた頭で答えると、どこから来たとかどこに行くとかいろいろ質問されました。
ゴソゴソと岡野も起きて「なにどうしたの。」とか言っていました。
こんな所で野宿していたのを怒られるかと思いましたが、そんなことはなく「火はたかないようにね。」と注意されただけで終わりました。
幸い僕らは二人とも悪人面はしてないですし、むしろいかにも無害そうなのが伝わったのでしょう。
最後に「じゃあ気をつけてね。」と言ってお巡りさん達は去っていきました。
旅の途中、何度となく野宿をしていましたが、こうやって夜中にお巡りさんに職務質問?されることが何度かありました。
僕らはたいてい、風を避けて物陰とかで野宿をしていたのですが、やっぱり警察というのはよく見ているものだなあと感心しました。
さて、山口県の防府の近くを通りかかった時のこと、ずっと走っていた国道を逸れてちょっと海の方に行ってみようという話になりました。
海沿いは平たんな道のりですが、ぐにゃぐにゃした海岸線を走っていると距離がとんでもなく延びてしまうので、僕らは内陸の真っ直ぐのびる国道を走っていたのです。
地図を見ると、峠を一つ越えた先が小さな入り江になっていて、海水浴場があるみたいでした。
国道を逸れて南に走ると次第に上りになり、30分ほどで切り開かれた峠の上に着くとその先に海が見えました。
僕らは下り坂をシャーっと気持ちよく下って行くと、みるみる海が近付いてきました。
そして、下り始めてものの10分もしないうちに海水浴場の駐車場に到着しました。駐車場は海側に木が鬱蒼と生い茂っていて、一箇所だけ人の通り道がトンネルみたいに開いていて、4、5メートルの緑のトンネルを抜けると明るい砂浜に出ることができました。
そこは小さくて静かな浜辺で、駐車場からの出入り口がトンネルみたいになっているのもあって、秘密の入り江という感じがしました。
海の家も一軒あったので、僕らはまず腹ごしらえすることにしました。まず、ビールを頼んで喉の乾きを癒やします。あとは枝豆や唐揚げなんかを頼んで、ゆったりと海を眺めながら疲れた体を休めました。
お店は、70歳くらいのお婆さん一人で切盛りしていて、お客さんは二十歳くらいの女の子の二人組とサングラスをかけた外国人が一人いただけでした。
浜辺には人っ子一人いなくて、静かな波の音が聞こえてくるだけの贅沢なプライベートビーチみたいな所でした。
「すげー穴場見つけちゃったな。」
岡野が枝豆をつまみながら言いました。
僕もビールに口をつけながら頷きました。
その後は、カレーとたこ焼きを食べました。カレーのお皿を下げにきた時に、お婆さん店主が「お兄さん達、旅行で来たの?」と話しかけてきました。
僕らが旅の計画を話すと、「青春ね~。」と笑っていました。
そして、ひとつ頼みごとをされました。一人で来ている外人さんが、午前中からいるらしいのですが、何も注文しないまま居座っているので、なにか頼むように言ってほしいということでした。
「なにか注文してくれれば、いてくれてもいいんだけどねー。言葉が全然通じないのよ。」
午前中からお婆さん店主を悩ませていたらしく、それならばと岡野がその外人に話しかけました。僕は英語は全然ダメですが、岡野の方は躊躇なくスラスラと話していました。ここはお店なので、なにか注文するように言っているようでした。
すると、背が高くて金髪にメタルフレームの眼鏡をかけている外人は、
「Why Japanese People❗」
と声を荒げ、ることはなく、ただ単に休憩所かなにかと勘違いしていただけのようでした。
それじゃあ、ということでその外国人もビールを注文して、僕らは一緒に飲むことにしました。
彼はミシガン州出身のアメリカ人でジェイソンといいました。
大学を卒業した後、バックパッカーで世界のあちこちを巡っているらしく、日本では長崎→福岡→山口と来ていて、この後は広島で平和記念公園に行ったら、四国に渡ってお遍路をしたいそうです。
ジェイソンがなぜこんな日本でも端っこの方に興味を持ったのか、岡野はいろいろ聞いていましたが、英語音痴の僕にはちっとも分かりませんでした。しかし、なにかしらの情熱を持ってやった来たのだなということだけはわかりました。
僕たちはどんどんジョッキをあけていき、ジャパニーズおつまみもたくさん紹介していきました。
お婆さん店主も悩みのタネが解消してスッキリしたようで、どんどんビールを運んでくれながら、
「ありがとね。今日はサービスするわ。」
と言ってくれたのでした。
そして、僕らが盛り上がっているのを見て、隣にいた女の子達が声をかけてきました。
「英語話せるんですね。すごい。」
僕は「イェー」とか「オーケー」しか言っていませんでしたが、岡野はペラペラだったので5浪するのも意味はあるんだなーと僕は感心してしまいました。
「地元の子?こっちで一緒に飲もうよ。」
岡野が自然に誘うと、僕たちのテーブルにやって来ました。
二人は近くに住む姉妹で、姉の真夏ちゃんは看護師の学校に通っていて、妹の佳奈ちゃんは高校生ということでした。
真夏ちゃんは明るい髪色のギャルで、佳奈ちゃんは肩くらいの黒髪で、2人とも目鼻立ちのくっきりした美人姉妹でした。
僕らはジェイソンの旅の話を聞かせてもらったり、僕らがボートレースで大負けした話をしたりしました。
真夏ちゃんは「馬鹿だねー。」と大笑いしていましたが、佳奈ちゃんの方は「狂ってる…。」と目を細めてドン引きしてしまっていました。
しかし、ジェイソンの方は興味を持ったみたいで、どうやら海外にはボートレースといううものがないみたいで、ぜひ行ってみたいということでした。僕らもどの辺りにあったのかよく覚えていなかったので、「海沿いに2日くらい行ったらあるよ。」と曖昧なことしか教えられませんでしたが。
そうして、静かな浜辺の一画だけガヤガヤと賑やかに過ごしていくうちに、段々と日が傾いていきました。
「今日はここに泊まるの?」
と真夏ちゃんに聞かれ、僕らもこんなに長居する予定はなくて、今日中にもう少し進むつもりだったのですが、ジェイソンとビールを結構飲んでしまったから、今日はもうここで野宿するか、と話していると、
「うち、民宿もやってるからよかったら泊まってけば。」
とお婆さん店主に言われたので、僕らもたまには宿で寝るのもいいか、と一泊することにしました。「じゃワタシも。」と言ってジェイソンも泊まることになりました。
「じゃあさ、暗くなったら花火しようよ。友達も誘って来るから。」
そう言って、真夏ちゃんと佳奈ちゃんは着替えてまた来るね~と車で帰っていきました。
お婆さん店主も、民宿の用意があるからと海の家を閉め始めたので、僕らはビールを何本かバケツに入れてもらって浜辺に移動しました。
夕陽が空をオレンジ色に染めていて、両脇を岬の昏い影が縁どっていました。次、絵を描く時にはオレンジ色の空にしようと思いました。
しばらくの間、そんなマジックアワーに黄昏れながらビールを飲んでいた僕たちでしたが、やがて周囲が薄暗くなっていきました。
「夜の浜辺と言ったら焚き火でしょ。」
岡野の提案で、僕らは流木や乾いた小枝みたいなものを集めることになりました。「暗くなるぞー急げー。」とせかせかと集めると、適当に円錐形に組んで火をつけました。
砂浜に落ちていた藁みたいな草がよく乾いていたおかげで簡単に火がつきました。
僕らはだんだんと暗くなっていく砂浜に座って、ぼんやりと燃える火を眺めながら、たまに小枝を投げ込んだり、ビールに口をつけたり、特に喋るでもなく、ゆっくりと時間がすぎるのに任せていました。
やがて、「おーい。」と言う声がして、真夏ちゃん達が懐中電灯とランタンの明かりと共に現れました。
「通訳を連れてきた。こっちは英ペだから。」
と言って、ギャルの友達の優子ちゃんを紹介してくれました。「英ペ」というのは英語ペラペラの略だそうです。
そして、真夏ちゃんが大量に花火を持ってきてくれたので、惜しみなく点火していき、ギャーギャーと大騒ぎしながら僕らだけの花火大会を楽しみました。
終盤に大きな打ち上げ式の花火を用意していたところ、「ピロン♪」と僕の携帯電話が鳴りました。見るとメールが来ていて、東京の大学に行った彼女からでした。
『今日から帰省しているので、よかったら会いませんか。勉強の邪魔でなければ。』
そんな内容でした。
「どのくらいいるの?」と僕が聞くと1週間くらい滞在するということでした。
僕はちょっと考えてみましたが、これから1週間で九州を回って家に帰れるとはとても思えなかったので、『夏期講習とか模試が詰まっていて会えそうにない』と返しました。
すると、ほとんど時間をおかずにメールが返ってきました。
『今日、石原君のお家にお土産持っていったんだけど、お母さんしかいなくて、あなたは夏期講習も受けずにどこかに自転車で旅行に行っちゃったって言ってたわよ。どういうこと!』
あわわわ。
彼女はうちには何度も来ていて、両親とも面識があったので母親がペラペラと喋ってしまったのでしょう。
僕は急いで、「見聞を広めるために」とか言い訳メールを作っていましたが、携帯電話に着信が入りました。彼女です。
僕はみんなから少し離れて、駐車場の方へ行って電話に出ました。てっきり彼女は怒っているものだと思っていましたが少し様子が違いました。
「私に会いたくないんだったら、嘘なんかつかなくていいから、そう言ってよ。」
と、シュンとして言いました。
僕が彼女と会いたくないがために夏期講習で忙しいと嘘をついたんだと思ったようです。たしかに嘘はつきましたが、それはサボっている後ろめたさからでした。
「いや、違うんだよ!」
僕は自転車で九州一周の旅を計画していること、1週間では帰れないだろうことを説明しました。
そして、出来るんだったら僕だって彼女に会いたいし、この半年ずっと会いたかったし、帰省すると知っていたら家で大人しく待っていた、と伝えました。
すると彼女は幾分か機嫌を直したようで、「今どこにいるの?」と聞いてきました。山口県の防府にいると答えました。
後ろで花火がパンっと鳴る音と岡野たちのキャッキャとはしゃぐ声が聞こえてきました。
「誰かと一緒なの?」
「うん。予備校の友達。あと今日知りあったアメリカ人と地元の子たちと花火してた。」
僕がそう答えると、「ふーん。」と声のトーンが下がり、
「それはお楽しみのところ邪魔して悪かったわね。でも、浪人生なのに夏期講習も受けないでふらふら旅行なんてしてる暇あるのかしら。のんびりしてると、あなたが東京に来る頃には私卒業しちゃうわよ!」
そう言って、電話は切れました。
彼女が言っていることはもっともでした。旅から帰ったら、ちょっとくらい勉強するかと反省しながら、駐車場の壁にもたれてビールを飲んでいると、佳奈ちゃんが木のトンネルを抜けて駐車場にやって来ました。
「あ、いたいた。」
そう言って、僕の方に歩いてきました。
「電話、彼女さんから?」
「いや、高校の時の友達。ずっごく可愛いんだけど、怒りん坊なんだ。今も夏期講習サボって遊んでるって怒られた。」
僕が笑うと、「ふーん。」と言って隣にきて壁にもたれました。
「お姉ちゃんと岡野さん、優子ちゃんはジェイソンさんと引っ付いちゃって、あっちいられなくなっちゃった。」
と苦笑いしています。
「岡野はモテるからな。めっちゃイケメンでしょあいつ。」
僕も笑いましたが、佳奈ちゃんは黒い瞳に街灯の明かりをきらりと光らせながら僕の方を見ました。
「私は石原さんもカッコいいと思うけどな。」
なんということでしょう。
こうして海辺の夜はふけていったのでした。
翌朝、ジェイソンとお別れしてさあ出発しようと言う段になって、岡野が何やらゴネ始めました。ここでもう一泊しようと言ってききません。
そんなこと言ってたら一ヶ月かかっても九州一周なんてできないぞ、と僕が言っても聞く耳を持ちません。
どうやら岡野は、お姉ちゃんの真夏ちゃんに心を奪われてしまったようで、ゴネているうちにもどんどんエスカレートして、ここに
移住するとまで言い出しました。
埒が明かないので、あと一日だけと約束して同じ宿でもう一泊することにしました。
その日一日は思う存分二人っきりの時間を過ごして、次の日には真夏ちゃんも学校が始まり違う街に行ってしまうということで、やっと僕らは出発することができたのでした。
つづく
次回、「九州上陸」
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