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【創作小説】最後の一週間。#2

「おはよう。」
「おはよう…。」
 なんとなく元気のない母を見て、覚悟しながら、ポチの方へと向かう。いつもの場所にいるものの、横になって、動かなかった。元々、アレルギーで鼻詰まり気味なこともあり、少しだけ鼻息が荒い。僕に気づくと、目を開けて、手をなめる。そんなポチの頭を静かに撫でた。
「なんか、朝ドックフード食べられなくなってね…。」
お椀にはドックフードが残っていた。普段なら、すぐに平らげてしまうのだから、その異常さはよく理解できた。
「腎不全って…味覚が変わっちゃうんだって。だから、今まで食べていたものが食べられなくなる子は多いって。」
食べることが大好きなポチにとって、それがどれほどのことか。僕はポチを撫でて、側にいてあげることしかできない。今、なめている僕の手も今までとは違う感じなのだろうか。側にいられているようで、ポチにはわからない存在になっているのだろうか。弱々しく目を開けるポチに、「寝てな。」と一度撫でて、その場を離れる。
「ポチ、もう一回だけでも遊ぼうな。」
ポチの背中はとても大きく見えた。僕の願いであるそれを、ギュッと受け止めてくれる、そんな大きな背中に見えた。

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「食べた!!」
 その日の夕方に、むくっと起きたポチは缶詰を口にした。ドックフードは、もう食べられないと思い、缶詰やおやつ、ヨーグルトなど、ポチが食べられそうな物を用意していた。
「良かったぁ…。」
少し涙ぐむ母と、周りで喜ぶ父と兄。みんなで、ポチが食べているその様子をじっと見ていた。当たり前だけど、当たり前じゃない。目の前の幸せに、安堵する。
 缶詰を食べたポチは、少しだけ歩きたかったのか、外へ行きたがった。まだまだ冷たい3月に、君を外へ出していいものか。悩んだ末に、玄関のドアを開けることにした。すぅーっと、冷気が流れ込み、僕とポチを包む。雪の深い僕の地域では、毎年膝くらいまで雪が積もる。今年も例外ではなかった。つい、一か月前には一緒に走った雪道。隣で眺めるポチは今、何を考えているのだろうか。足の短いポチは歩くたびに、跳んで進む。その冷たさが心地いいのか、雪道の散歩もどんどん進んでいた。
(なつかしいな…)
思い出すだけでも、頬が緩む。今、隣にいるポチのためにできることを尽くそうと、覚悟を決めた。

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